第16話
理由はまだ教えて貰えないが、美貌の君の屋敷に足止めをくらった蝶子は、コクコクと茶を飲んでいた。
曜春の容態は秀麗と葉医師が看ている為、蝶子にはすることはない。という訳で、テーブルを美貌の君、燕青とで囲んでいた。
なにやら燕青とこの目が眩むような美貌の君は知り合いらしい。
だが、そこでわざわざ聞いたりしないのが蝶子だった。
気にはするが、名前を明かせないらしいというのを察して、聞いたりはしない。
「……蝶子、なんか寛いでんなー」
「んー? だって、訳分からないし、なんか気構えてるのって疲れるじゃない。お茶飲んだらほっこりするし」
「いや、だからって……」
お茶を飲んだだけで、目の前に絶世なる美貌があるというのに寛げる彼女に改めて驚かされる。
その様子を見ていた美貌の君こと黄 奇人はついまじまじと蝶子を眺めていた。
霄姓を名乗ったことから聞いてみれば、やはりあの狸爺の縁者であった。
そのせいなのだろうか、彼女は驚きはしたものの、その後はごく普通に自分の前で茶を啜る。
結い上げられた黒髪はさらり、としているが柔らかそうで、意外に睫毛が長いのかあの狸爺と同じ金色の瞳が印象的だ。
「あの、何か?」
視線を感じたのか、真っ直ぐに見つめてくる姿に、隣にいる燕青と共に真っ向から自分の素顔を見据えてくる者を久々に見つけた気がする。
「…………いや」
「そうですか」
そう言って、にこりと笑い、また茶を啜った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
蝶子がまったり茶を飲んでいる頃、邵可邸に集まっていた男たちはうーんと眉を寄せていた。
燕青からの文と、霄太師からの文があった。
「な、なぜよりにもよって今日なのだ…っ」
宮城を抜けてお忍びでやってきた劉輝は、到着時の朗らかさはどこへやら、怒りでぷるぷると震えていた。
「申し訳ありません、主上。娘が帰ってきたら伝えようと思っていたものですから……」
邵可は困ったように文面を見下ろした。
「主上もつくづく間が悪いですねぇ。やっぱり縁結びの赤い糸は三月前にぷっつりと切れたのかも」
「もともと繋がってなかったんだろ。諦めて城へ帰るか」
面白半分、護衛ついでにくっついてきた絳攸と楸瑛がひどいことをいう。
「だったら、結び直せばいいんだろう! この文にある邸に行くぞ! なんでそこに蝶子もいるのだ!? 訳がわからないぞ、それに燕青って誰だ」
二人に文句を言いながら、霄太師からの文にも驚いたのは言う間でもない。
大体燕青からの文と同じ文面だった。
「私の旧い友人ですよ。ちょうど今居候してまして」
さらりと応じた静蘭に、劉輝は驚いて訊き返した。
「……静蘭の?」
静蘭はそれ以上口を開かなかった。無言で腰に剣を佩く。
そして、文にある邸に行く事を告げ、夜通し走り回る事、燕青が賊に追われている男によく似ている事を告げた。
邵可に明朝必ず帰る事を言い、静蘭、劉輝、楸瑛、絳攸は、燕青、そして霄太師からの文にあった『黄東区の変わった邸』へと向かったのだった。
道すがら、静蘭は劉輝に尋ねた。
「そういえば、主上」
「なんです──、なんだ? 静蘭」
「あの蝶子さんは、主上の幼なじみというのは本当ですか? いつから城に?」
「えっ、あの……蝶子は、蝶子です。えと、つい最近です」
「霄太師の孫、というのも?」
「はっ、はい。二人共そう言ってました」
なかなか会えないせいもあり、静蘭に伝えるのが遅くなってしまったせいか、劉輝は畏まりながら答えたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
燕青が庭院を見てくる、と言ったのち蝶子はやはり暇だった為、目の前の美貌の君に自分も見てきます。と告げ、庭院に出た。
さくさくと草を踏みしめ、庭院で何かをせっせとしている黒影を見つけた。
大きさからいって燕青だろう、と思い声をかけた。
「……燕青? 何してるの?」
「おっ、蝶子か」
近寄って、隣にしゃがむ。
「で? 何が起こるか訊いてもいい?」
覗き込むように、やや悪戯めいた視線を向けられ燕青は苦笑した。意外と蝶子が鋭い事に感心してしまう。
「んー、まあ、説明は後からでもいいか?」
燕青がふと顔を綻ばせたのと、蝶子が視線を塀に向けたのが同時だった。
「やっぱきてくれたんだなー静蘭。さすが竹馬の友。大感激。でもそんな大人数でくるとは思わなかったけど。おお! 左羽林軍将軍さんまで。なんと豪華な面子」
「え?」
見た高い塀から人影が落ちてくる。最初の三人は身軽に、最後の一人は多少運動能力が落ちるのか、ややぼてっと。
しかしこの高い塀を登って落ちてくるだけでもなかなかのものである。
だが、蝶子は燕青が発した言葉と共に落ちてきた三人を見て驚いた。
「劉輝!? 絳攸さんに、楸瑛さん!?」
「蝶子っ! 無事だったか?」
蝶子の姿を見て、劉輝は近寄って来た。まさか一人で街に行っているとは知らなかったし、こんなことに巻き込まれてるとは思いもしなかったからだ。
「え? うん、別に平気だけど」
「そうか、ならばいいんだ」
「うん?」
一体、なんなんだろう?と蝶子は小首を傾げるしかなかった。
その時、横では、静蘭がどこかで引っ掛けてきたらしい緑の葉っぱやら土埃やらを髪からはたき落としながら、不機嫌を隠しもせずに悪びれない燕青を叱りとばしていた。
「……へー、静蘭さんも怒るんだね。竹馬の友って本当なんだ」
かなり親しげな二人の様子に、見ていた蝶子はふーんと眺め、劉輝はムッとした。
「誰だお前は! 兄…静蘭の竹馬の友だと? お前の顔など記憶にないぞ!」
横から怒鳴られて、燕青は目をぱちくりさせた。
「おや新顔。誰?」
「余…わ、私は…っ」
周り、というか蝶子と燕青にバレるとまずいと思ったのか、言い直した劉輝だったが、それはしっかり蝶子に聞こえていた。
(……今、『兄』とか言わなかった?)
じっ、と劉輝と静蘭を見比べる。
(…………なんか、似てない? この二人……つか、やっぱり静蘭さんってなんか……)
顎に手を当てながら考えていると、ポンっと肩を叩かれた。
「悪いんだけど李侍朗さん、あっちの離れに姫さんとここのご主人がいるから。お相手と事情説明よろしく〜。蝶子も戻ってろよ」
「ん? あ、うん。じゃあ、絳攸さん行こうっか」
足手まといになるだろう絳攸の顔をさりげなく立ててくれる言葉選びは、まったく顔に似合わず繊細でうまい。
燕青の言葉に考えていたことが霧消したが、あまり気にせずに絳攸を見た。
「わかった。俺はおとなしく引っ込んでることにする。行くぞ、蝶子」
「うん、こっちだよ」
「あ、余──私もちょっと秀麗の顔を見に!」
いそいそと蝶子と絳攸のあとにくっついていこうとした劉輝の襟首を、静蘭がむんずとつかんだ。
「君、何しにここへきたんです?」
「……お、お手伝いです」
兄の非情な一撃に劉輝はあっけなく撃墜された。
その光景を一瞥した後、蝶子は何か引っ掛かるな……。と思いながら、先ほどまでいた離れへと向かったのだった。
To be Continued