第18話

天に舞う蝶

「──しかもなんだってあんたまでいるわけ」

劉輝的に久々の再会なのだが、燕青、翔琳以外は久々ではないことを知っている。
ご飯の合間に傷薬を塗りながら、秀麗は劉輝をじろりと睨みつけた。

「……ちゃ、ちゃんと文は出した。邵可に返事も貰ったし!」

「まったく父様ったらなんにも言わないんだから。もう、あんたもほいほい出てこないの!」

秀麗の言葉を聞きながら、蝶子はふむ。と考える。邵可さんが言わなかったのはやはり「夜這い」だからだろうか?
そんな風に思いながら、見ていると劉輝はしゅんとうつむいた。

「……でも……三月も我慢した」

ポツリと言われた言葉に、蝶子は秀麗を見た。なんだか申し訳ないような顔をしている。
考えてもみれば、秀麗は劉輝に会っていた──いや見ていたのだ。それを劉輝は知らない。
蝶子も邵可さんも、楸瑛さんや絳攸さんも秀麗がすぐ近くにいることを知っていながら、誰も教えなかった。あの、ひいじいですら。
淋しそうにしている劉輝を見るのはやはり見たくはない、でも教えなかったのは約束をしたから。

「秀麗は、余に会えて嬉しくないのか」

「そうね。あんたがぞくぞく届けてくれるヘンな手紙やら贈り物やらで、三月も会ってないなんて感じなかったから。でも、本人に会えてまあ嬉しいわ」

途端、劉輝の顔が嬉しそうに破顔した。なんとも言えないくらい、劉輝が秀麗にメロメロなんだと解り、微笑ましいな、と蝶子は笑みを浮かべる。

「文、読んでくれたか」

「読んでるわよ。でも勿体ないからあんな高級な料紙に一行だけっていうのはやめなさい。しかもわけわかんないわよ。『今日は雨だから池の鯉が元気だった』って何よ」

それを聞いていた蝶子は傷薬を塗っていた手を止めた。

(……それが好きな相手に送る手紙の内容?)

一行しか綴られていない、とは聞いてはいたが、手紙にする内容ではない。むしろ、日記だ。

「楸瑛が、文はマメに書けば書くほどいいっていうから」

劉輝の発言に蝶子は目の前で傷薬を塗っていた相手──楸瑛を見た。それは果てしなく胡散臭そうな視線で。
それに気付いたのか楸瑛は責任を押し付けられまいとさりげに口を挟んだ。

「言っときますが、中身が大事なんですよ。ね、蝶子殿」

「……はぁ…」

パチンとウィンクしてくるが、二十代半ばの男性にされてもあまりなんとも思わなかった。
それが美男であるにせよ、というか楸瑛だから心が動かされるわけではなかった。
秀麗と劉輝の会話は続いていた。

「贈り物は? 氷はどうだった? 暑いから特別に大きいのを切り出してもらったんだ」

「……最後はかき氷にして子供たちと食べたわ。涼しかったしおいしかった」

「卵は? 秀麗は茹でたのが好きだっていってたから茹でて届けた」

「近所の人とおいしくいただいたわ。おかげで食費が浮いたわね」

「赤い花は? 調べたら曼珠沙華というそうだ。綺麗だったろう」

「ええ。押し花にして本の間にはさませてもらってる」

「藁人形は?」

「室に飾ってあるわ」

変な物ばかり贈ってくるの!と聞いてはいたが、会話を聞きながらを頭痛がするな〜とこめかみを押さえた。
二人の会話に耳を傾けていた燕青も、ご飯を食べながら眉根を寄せる。

「なぁなぁ静蘭、あの天然ボケの若様の話、あれって嫌がらせ? 藁人形ってナニ?」

「曼珠沙華辺りからすごい間違ってるよね。まあ、どれもどこかズレてるけど……曼珠沙華って仏花よね? 普通贈る……?」

「……あれは心の底から、本気でいいと思ってやっているんですよ」

何故か申し訳なさそうに静蘭が答えると、蝶子はややホッとした。

「……あ、やっぱ普通じゃないのか……てっきり、あっちとは違うのかと思ったわ…」

『あっち』という言葉に静蘭や燕青が不思議そうにしていた。
楸瑛たちも劉輝たちの会話を聞いていたので、静蘭にこっそり訊いてきた。

「静蘭、いま秀麗殿のいってること、本当かい? その室に飾ってあるとか」

「ええ。戴いたものは全部きちんととっておいでです。いろいろ文句をいっても、劉輝様が一生懸命考えて贈ってくれているのをわかってますから。そういうものを捨てられるようなお嬢様じゃありません」

「……うーん。秀麗殿、佳い女性だなぁ。今のはぐっときたな」

「本当、偉いなぁ」

「藍将軍、そういう台詞は、華々しい女性関係を全部きれいに清算してからいってくださいね」

「…………」

「バカめ。墓穴を掘ったな」

絳攸が鼻で笑ったのだった。

「あー、やっぱり女ったらしなんだ」

「ちょ、蝶子殿……」

「珠翠さん、言ってたから。楸瑛さんとは二人きりにはならない方がいいって。まぁ、なる気もないけどね」

「つれないね」

ふわり、と頬に手を添えてくるが、蝶子はドプッと消毒液を傷口にかけてやると、楸瑛は硬直した。

「気安く触るな」

「「「……………」」」

傷口を押さえ悶える楸瑛とは別に、静蘭、燕青、絳攸は蝶子の行動にやや驚いていた。
静蘭にしては、一体なぜあんな風に……。と幼い頃の蝶子を思い浮かべた。

(昔は傷ついた藍 楸瑛に手巾を渡していたというのに)

在りし日の姿が重なりながらも、それは今とは全く違う光景だった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そんな隣ではまだどこかほほえましい会話が続いている。

「実は、今日も贈り物を持ってきたのだ」

「ええ?」

劉輝が袷の奥をごそごそと探る少しの間、今度はなんだ?と見ていた。
蝶子は、お土産を思い出し、懐に入れておいた花簪に手をやった。

(一緒に出した方がいいだろうか──?)

だが、劉輝が取り出したものに、秀麗が瞠目した。

「これ……?」

取り出されたものは、木の枝のようなもの。あれは?

「桜の枝だ。苗木は大きすぎて持ってこられなかったから、とりあえず枝だけ先に。前に、桜が咲かなくなったといっていたから。今日には苗木が届くと思う」

話しを聞いていて、蝶子は邵可邸の違和感を思い出した。
庭院に緑や花がないことを。全て枯れていたことを。
じっと眺めていると、はた、と秀麗の頬から涙が零れていた。

「……────」

「え!? その、な、何か余は間違ったか!?」

秀麗の涙に、劉輝は仰天し、オロオロしていた。しかし、秀麗は首を横に振った。

「……違うわ。…………ありがとう──……嬉しいわ。今まででいちばん」

涙を拭いつつ、秀麗は笑った。

(──綺麗な涙、ね)

なんとなくそんな風に思えてしまった。秀麗は素直なんだと思う。
変な贈り物をされて、口では文句を言ってもきちんと捨てることなく、取ってある。
自分にはない素直さ。少し羨ましい。なんて思っていたら、秀麗の頬にそっと手が伸ばされ、気が付けば劉輝と秀麗がキスをしていた。
呆然としている秀麗に、にこにこ笑う劉輝。そして──呆気に取られる自分たち。

「……チュウ、しちゃったよ…」

蝶子の声に、秀麗も静蘭たちもハッとなる。秀麗に至っては、色々な意味が混ざり、ぷるぷると震えている。

「……劉輝、あなた今自分が悪いことしたっていう自覚はある……?」

「悪いこと? なぜた? かわいいから口づけただけだ」

劉輝の返答に蝶子は額に手をやる。なんだそれは。
さすがに女として劉輝の返答は許されるものではない。しかもあの悪気のなさはなんだ。

「説明しても理解不能だろうから省くわ。とにかくしたの。だからおとなしく殴られるわね」

「え」

劉輝の返事を待たずに秀麗の張り手が飛ぶ。しかし劉輝は素早く手首を掴んだ。

「秀麗、そういうのは理不尽というのだ。ちゃんと説明しないといけないぞ」

「あんったにだけは理不尽なんていわれたかないわ! この頓珍漢男────ッ!!」

一発殴ろうと猛然と暴れる秀麗を劉輝が驚いたように押さえ込んだ。

「……うーん。今まで頓珍漢な贈り物を届けて気を緩めておいて、いきなりど真ん中を射貫く贈り物か。ものすごい恋愛高等技術だよ。あれで意識してないところがすごい」

唖然として傍観していた楸瑛はいっそ感心したように呟いた。

「あそこで止めておけば良かったんだけどねぇ。もしくは二人きりになって口づけすれば少しは違ってたかもしれないのに。肝心なところで詰めが甘い」

「お前はそういうことばかり考えてるから頭が万年常春なんだ、このバカ」

「……本当、男ってそういうところが最低よね」

楸瑛の言ったことに蝶子は冷たく答えた。

「手を出して、陥落させさえすればいいとか思っているのはもっと最低ね」

「……蝶子殿はやたら厳しいね。そういうことがあったのかな?」

「そんなのはあなたには関係ないわね」

蝶子はすっくと立ち上がると、ギャーギャー騒いでいる劉輝と秀麗の傍に寄った。そして背後からガシッと固められた。

「ちょ、蝶子……?」

「蝶子さん?」

「劉輝、秀麗ちゃんの言う通りよ。ここはきちんと殴られなさい!! さ、秀麗ちゃん、ガツンと殴りなさい」

主上と、国の王と分かっていながら、殴りなさい。という蝶子に驚きはしたものの秀麗は頷いた。

「え? え? ちょ、やめるのだ! 楸瑛、絳攸、助けてくれっ!!」

二人に助けを求めるものの、それは蝶子の一瞥で、側近である二人は主を見捨てたのだった。

「女の子の口唇奪っといで、何を言うのよっ!」

パシーン!と乾いた音が室内に響いたのだった。




To be Continued


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