舞い降りたのは気高き蝶
何年前だったろうか…。
かの蒼玄王から数えて、何人の認めるに足りる王に仕えていたのは。
深淵の闇夜を霄 瑤旋は禁苑を歩き、とある場所を目指す。
一番造りが古い風雅の宮は、かの蒼玄王が仙の為に建てた仙人の住処──仙洞宮。
別に鍵がかかっているわけでもないのに、なぜか開かない。邪心ある者には死を与え、ただびとには扉を閉ざす。彩八仙しか入ることはできないと言われているが、瑤旋がスッと手をかざすといつもは入れることも、開くこともない扉が開いていく。
まるで月の光のように、スッと中に入ると扉は勝手に閉まり、また荘厳たる建物は何事もなかったかのように月光を浴びていた。
彩八仙のみが入れる仙洞宮の暗闇のなか、彼は階を上がり、楼閣に出る。
風が凪ぎ、月の光の中、彼の姿は今の姿より若い姿に変わった。
ふと、思い出す。あれは何時の頃だったろうかと。
あの時もこんな月夜の晩だった。あの、妻と呼ぶ者に会ったのは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
まだ一介の官吏であった霄は、何かに惹かれるように、高楼へと来ていた。が、なぜか生い茂る草を掻き分けて茂みに入ると、胸を圧するような何かを覚えた。
仙たる自分に何が、と思った時、目の前に美しい女がいた。
鋭い目つきをし、こちらを見ていた。
まるで、かの薔薇姫の如く美しく、かつ触れてはいけないような存在が目の前にある。
思いがけない事に普段動じることもない自分の背筋がゾクリとした。
「おまえがか」
そう発する声は、見下したような言い方だか、なぜか不快な感じはしない。だが、意味が解らない。
霄は口を開き、問い掛けた。
「お前は何者だ」
「私が誰か解らないのか」
「俺が訊いている。名前はなんだ」
女の口端が上がる。訝りながら霄は彼女を見た。
異質を感じる。目の前の女に、そして、この場の空気に。違和感を覚えずにはいられなかった。
「名を訊くからには、それ相応の対価をもらうぞ」
口を開く女に霄は答えた。
「なにをだ」
「私の名は揚羽。そなたの妻にしてもらうぞ」
「……なんだと、」
「名前を聞いたからには、と言ったであろう。そなたは、私の夫となるのだ」
思いがけない女──揚羽の言葉に彩八仙の一人、霄 瑤旋こと紫霄は珍しくも呆気に取られたのは仕方なかったのかもしれない。
「それを俺が頷くとでも思っているのか」
「言ったであろう、対価を貰うと。私が名を教える、それはお前に捧げたに同位するのだ。名を聞いたからには私を妻とするのだと。それに人間でないのであろう。お前は。妖の類ではないな、かといって天人でもあるまい、仙の類か何かか」
「…………」
「それにお前からは異質を感じる。この世界の者ではなさそうだな」
「……この、世界だと?」
紫霄は辺りを見渡した。確かに先程まで王宮にいたはずにも関わらず、すぐ近くにあった仙洞宮すらなくなっている。
「この地に赴けば、伴侶と出会うという予知は真であったか、さあ、どうする。私を妻とするか?」
美しくたなびく黒髪に、魅惑的な朱い口唇。揚羽という名の女の言葉に紫霄は口端を上げた。
(──それも面白い)
「よかろう、俺の名前は紫霄。揚羽よ、今より俺がお前の婿で、お前が俺の嫁だ」
「紫霄か、分かった」
揚羽は近づくと、右手を上げ、方向を示す。
「ようこそ、我が社へ。お前を迎えるぞ」
霧が晴れ、彼女の背後に荘厳なる建物が眼に入った。
「…………ここは…」
「ここは私の住む世界、紫霄よ、我が夫」
それが妻、揚羽との出会い。
社はいずれ別荘となり、霄が彩雲国と行き来する場となる。
妻が亡くなり、孫、曾孫が生まれ、そして再び会った。妻と同じ「蝶」を持つ娘。
「飛翔」を現す「蝶」を持つ者。
やがて来るであろう、きっかけを持ち。
「……早く逢いたいのぅ…」
────彼女に。
END
あとがき
もうなんですかね。まあ、夢主の曾祖父である霄太師と、その妻(曾祖母)の出会いみたいな話。
なんとなくで書いたので、深く考えないで下さい。
ありがとうございました!