第03話

天に舞う蝶

恒例の夕食会の時は、絳攸による秀麗の勉強を見る日でもあった。
絳攸と秀麗は、室にて勉強をしており、邵可は調べ物があるからと自室に篭ってしまった。
静蘭は、燕青と客人で来ているはずの楸瑛に後片付けをさせていた。

「……私は君よりはるか高位の武官なんだけどね…」

何故に下っ端武官にこうもいいように扱われなければならないのか。そう思いながらも、遥か昔の関係のせいだろうか──とも考えた。
目の前にいる紅家家人、シ 静蘭はかつての彩雲国第二公子、現王が敬愛してやまない異母兄なのだ。
そして、まだ公子と呼ばれていた彼に、自分から手合わせを申し込み呆気ない程簡単に負かせられた人でもある。
その時の事を思い出し、自分はいつまでもこの方には勝てないのだろうかと思うとなんだか泣きそうになった。

「藍将軍、手が止まってますよ。ちゃっちゃと拭いて下さい」

「あ、ああ……ごめんよ…あれ? 燕青殿は?」

「お嬢様と絳攸殿にお茶を運ばせてます」

「……あ、そう……」

そんなことよりも手を動かしなさい。という視線を受け、楸瑛は手巾を持ち替えた。
そして、ふと昔を思い出したせいか、第二公子との手合わせをした時にあの場に現れた少女を思い出す。
あの時、借りた手巾は結局返せずしまいになり、一応、今も取ってあった。
女官になっているかもしれなかったし(あの場にいたから単純に)また会えるかもしれないと思いながらも、ちっとも会えなかった。

「あ〜〜、静蘭?」

「なんですか?」

「えーっと……、ちょっとお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

口調が変わった事に静蘭は眉を潜めた。静蘭はそれに対し無言で通した。
楸瑛は、訊くというよりは語るように話始めた。

「その昔、私が王宮に上がった際に公子一優秀と謳われた第二公子の清苑様と手合わせした事があったんだけどね。その時、ある少女に出会ったんだけどそれ以来見たことがなくてね。とても笑顔が可愛くてね、君、知らないかな」

「……私が知るはずないでしょう」

はぁ、とため息混じりに呟くも静蘭もその時の事を思い出した。
この男は「蝶子」の事を言っているんだと察し、確かにあの時、この男は彼女に会った。だが、それ以来会ってはいない。
毎年夏しか会っていなかったが、劉輝は“清苑公子”がいなくなってから蝶子も来なくなったと聞いた。

「そうかい、残念だね。あの時の手巾を借りたままでね」

そう呟いた楸瑛の言葉に静蘭は「そうですか」としか言えなかった。
そして、ふと思い出す。そういえばあの少女が現れていたのはいつも夏だったな……と。
今頃、どうしているんだろう、公子の自分たちと同じ目線で話してきたあの少女は。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


薄闇の中、蝶子は微かに瞼をあげた。蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れ、見知らぬ天井を照らしている。
そして、掛かってる布団が重いのを感じながらも、寝返りをうとうとしてまどろんでいた瞼をカッと開いた。

「ここって……っ!」

蝶子はがばっと起き上がると、辺りをキョロキョロと見渡した。どこをどうみても、文明の利器がなく、中華風な家具などが並んでいる。
眩暈を起こしそうになり、両手を布団の上についた。

「あっ! ひいじいはどこっ?」

はっと思いつき、ベッドから降りようとすると、さっきまで人がいなかったはずなのに曾祖父が現れた。

「ここじゃよ。起きたのか、まだ朝には早いぞ」

「……ど、どこからっ?」

「蝶子よ。懐かしい相手に会わせてやるぞ。着替えなさい」

「はあっ? って、ちょっと!?」

ぐいっと着物を押し付けられ、蝶子は霄太師を見た。

「なんじゃ? 着方がわからんのか?」

「いや、それもあるけど……ってちゃんと説明してよ!ここはどうなっているの? 私は戻れるの?」

「……ふむ。そもそもおぬしはどうやって来たのだ?」

霄太師は白髭を扱きながら蝶子を見ると、蝶子は思い出すように話した。

「私は、別荘に、ひいじいが所有していたあの別荘を二十歳になったから相続したのよ。そして、まあ、久々にやって来て…懐かしいな〜って庭に降りたら此処にいたのよ」

「その時、なにか思い出したか? わしの事とか、誰かの事など」

「……ああ、思い出したかも。誰かと遊んだよな〜って。劉輝と清苑兄ぃ……だよね?」

「……だからか」

「なにが?」

「おぬしがいつも此処にやって来とった季節はいつだった?」

「へっ? 夏でしょ、夏休みに来てたんだし」

「それに記憶が戻ったことも重なって、飛んで来たようじゃな。まあ、あの二人が再会したのもあるようだが……わしが見込んだ通り飛んで来たわい」

ほぉっほぉっほぉっと笑う曾祖父の姿に蝶子は、首を傾げるだけだった。

「そ、それで私は帰れるんでしょうね?」

恐る恐ると訊くと霄太師は、ニヤリと笑い

「今すぐは無理じゃが、昔のように夏が過ぎる前には戻れるわい」

その言葉を聞き、蝶子はホッとした。ようは昔のように夏休み終了前には戻れるらしいと。だが、霄太師が小さな声で呟いたのは聞こえていなかった。

「帰るも帰らないも決めるのはそなたじゃ」

それから身につけていた服は違うからといって着物に着替えさせられた。
が、着付けが分からず、どこから呼んだのか、超美人のお姉さんがやってきて手伝ってくれた。

「はい、出来ましたよ」

「ありがとうございます。えーっと……」

「ああ、私の名は珠翠と申します」

「珠翠さん。ありがとうございました。私は紫のく……じゃなくて、霄 蝶子と申します」

先程、着替える前に蝶子は曾祖父から色々と注意を受けた。
姓を名乗る時は「霄姓」を名乗ることを始めに、この「彩雲国」についてもかい摘まんで教えられた。
ちなみに今いる場所が王宮──王様がいる城と聞かされた時はびっくりした。

「……霄、と申しますと霄太師の…?」

「はい、ひ、じゃなくて──孫になります」

「お孫さんっ? 霄太師の!?」

驚く珠翠に蝶子も苦笑いするしかなかった。まったく、なんだってややこしい世界に来たのかと蝶子はため息をつきたくなった。

「おお、似合うのぉ。さて、最初は彼に会わせるかの」

「ちょっ、ひぃじゃなかった。じい様……あ、珠翠さん。ありがとうございました」

現れた霄太師は、腕を掴み、引っ張られていく中で蝶子は珠翠に頭を下げたのだった。それを見送った珠翠は

「……あのくそじじいにお孫さんが…」

そう思うと蝶子と名乗った女性を憐れに思うのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ずりずりと引きずられていくと、庭院に出ていた。ここで待っとれ。という霄太師な言葉に蝶子は多少なりとムッとしていた。
こちらの世界に来てからというもの、曾祖父、いや霄太師に振り回されっぱなしだ。おもしろい訳がない。何度投げ飛ばしてやろうかと思ったくらいだ。
深呼吸をして、庭院を見渡すとここはかつて劉輝と清苑兄ぃと遊んだ場所だと思い出した。並べてあった石に腰を下ろして辺りを見渡した。

「懐かしいな、元気なのかな? 二人は」

「──そなたは誰だ? このような場所で何をしている」

急に声を掛けられ、振り向くと茶金の髪を垂らした青年が立っていた。

「えっ、あの、あなたは?」

じっと見上げてくる女性に劉輝の方が驚いた。自分は王であるにも目の前の女性は、跪拝することもなく顔を上げている。
そして、此処が昔、兄上と友達と遊んだ場所だと思うと彼女をじっと見つめた。
黒髪なのに金色の瞳、じっと人を見てくる仕種はどこかで──と考えて鼓動が速くなった。
恐る恐る遠い昔、兄上と一緒に遊んだ少女を思い出し、口にした。

「──そなた……蝶子、か?」

「え、なんで名前……わっ!?」

──知っているのかと思った瞬間、突っ込んでくるように抱きしめられ、蝶子はびっくりした。
だけど、こんな風にいきなり抱きしめてくるのは一人しか覚えていない。
遠い昔、探し出して名前を呼ぶといつでも抱き着いて来た幼なじみ。

「も、もしかして……劉輝?」

名前を呼んだ途端、ますます力いっぱい抱きしめられた。

「……蝶子、会いたかったのだ…」

そんな切なげな言葉に恥ずかしくもなり、申し訳なくもなった。なにしろ、この歳まで忘れてたいたのだから。
そして、ぎゅうぎゅうと抱きしめられ苦しくなった蝶子は、懐かしさで抱きしめてくる彼を思わず足払いをしてしまったのだった。

ドンッ!

「あうっ!?……っ!?」

「あっ! ご、ごめん、劉輝っ!」

地面に手をついて見上げてくる青年に蝶子は慌てて謝った。
ともあれ、懐かしい幼なじみに再会したのだった。



To be Continued


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