第04話

天に舞う蝶

ぐいぐいと手を握られ、蝶子は引っ張られていた。

「ちょっ、劉輝? どこへ行くのよっ!」

十数年ぶりに会った幼なじみ(というのか)は思わず足払いした後、驚いていたが、蝶子の手を掴むといきなり歩き出したのだ。

「府庫へ行く」

「……府庫?」

それってどこよ?と疑問に思いながら連れて行かれた場所は、大きな建物だった。中に入ると本、らしき物が沢山あって、図書館のようにだった。

「図書館?」

「としょ? いや、図書ずしょ室だ。少しここにいてくれないか? 余、私は今から公務があるから、休憩の時話をしよう」

「ん? あーいいよ。本でも読んで待ってるし、だけど、劉輝が王様だなんて思いもよらなかったよ」

そこが一番不思議だと蝶子は笑うと、劉輝はううっ…と言葉に詰まった。つい春頃まで昏君をしていたせいもあったからだ。

「おや、劉輝様。このような時刻に何を? そちらは?」

急に現れたおっとりという雰囲気の中年のおじさんが、気配なく現れたので蝶子はびっくりした。

「邵可! 蝶子、紹介しよう。府庫を管理している邵可だ。邵可、こちらは私の幼なじみの蝶子だ」

「……劉輝様の幼なじみ、ですか?」

「そうなのだ、余が小さかった頃よく清苑兄上と三人で遊んだのだ」

「そうですか、私は紅 邵可と申します。ここ、府庫の主をさせて頂いております」

「あ、えと、しの……霄 蝶子です。よろしくお願いいたします」

名前を告げた途端、なぜか二人が固まっていた。蝶子は訳が分からず小首を傾げると邵可さんが訊いてきた。

「……霄って、まさか……霄太師の……」

「……不本意ながら、孫です」

「「な、なにぃっっ!?」」

珠翠さんに続いてここまで驚かれるとは、あのじじい、嫌われ者か?などと考えていると、劉輝が質問してきた。

「余、余はそんなこと初めて聞いたぞ!」

「あー、言った事なかったしね。それに私も当時は知らなかったし」

そもそも二つの世界に存在してたって方がびっくりだ。そんな事を思っていると、劉輝と邵可さんにポンと肩を叩かれた。

「「……不憫だ…」」

「…………ははっ…」

もう乾いた笑いしかでない。蝶子は無理矢理にでも話題を変えた。

「そ、そういえばさー、清苑兄ぃは? いないの?」

今度はそれに二人がピクッと反応した。

「あ、その、清苑兄上は……ずっと前に流罪になって……」

「えっ! 嘘、じゃあ、もう会えないのっ!?」

「そ、そんな事はないのだが……」

なんだか歯切れの悪い言い方に蝶子は眉をひそめる。

「こらっ! 言いたい事ははっきり言いなさいよ!」

「は、はいっ! 『清苑』はもういないのだ!」

「そっか……悲しいな…」

そう呟く蝶子に実は名を変えているとは、面と向かっていえない劉輝だった。

「主上、そろそろ行きませんと絳攸殿が待っているのでは?」

「はっ! そうであった! 蝶子、休憩の時にまた来るからな。どこにも行かないでくれよ!」

「あー、はいはい。いってらっしゃい」

蝶子はひらひらと手を振って劉輝を見送ったのだった。そして、邵可の方をを振り向いた。

「えーっと……そういう訳でここにいてもいいですか?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます」

互いに笑みを浮かべ、蝶子は頭を下げた。
邵可にどれでも好きな本を読んでもいいと言われ、せっかくだから彩雲国の国語りを読むことにした。
意外にも中身は日本語表記……ますます理解出来ないと蝶子は思ったのだった。
そうして本を読もうとしていたら、邵可さんに声をかけられた。

「そうだ、せっかくですからお茶を淹れてあげましょう」

にっこりと笑いながら邵可さんは茶筒を取り出した。

「あ、お構いなく。お仕事して下さい」

「いえいえ、仕事といってもたいしたことないんですよ。お気になさらずに」

そこまで言われたら拒むのも悪い気がして、頂くことにした。出されたお茶?の苦さに泣きそうになったのは秘密だ。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


本を読み終え、うーんと背を伸ばしていると、隣の書棚の方で声が聞こえた。

「紅 秀です。本を返しに来ました……って、父様いないのかしら?」

ひょこっと棚から顔を出すと、その子は驚いたのか、本を落としそうになった。

「っわわ! 危なかった……」

「だ、大丈夫!? なんかごめんなさい。驚かせたようで」

隣の棚から出て来た女性に、紅 秀と名乗った子はふるふると顔を振った。

「い、いえ、大丈夫です。女の方がいるとは思ってなかったから……」

それに蝶子は小首を傾げた。

「え? 女の人……ってここは女子禁制なの?」

「え、あの、……基本的に外朝は女人禁制ですけど」

「はあ? なにそれ? あれ、でもあなたって……女、の子だよね? なんでそんな恰好してるの?」

じーっと秀と名乗る子を見て蝶子が尋ねると、その娘は慌てたように顔を横に振った。

「ま、まさか! わ、私は男で……きゃあっ!」

「いや、女の子でしょ」

否定する彼女の胸に手を当てて蝶子が話すと、悲鳴を上げられた。

「ちょ、ちょっと何するんですっ!!」

「え、だって女の子じゃないとかいうから、確認?」

「なんで、疑問系なんですかっ!」

小首を傾げる蝶子に秀麗は怒鳴っていた。

「あ、な、あなた……ここで何しているんです?」

「え、ここで待っててくれって頼まれて。えーっと、紅 秀さんだっけ? 私は霄 蝶子。蝶子って呼んで、よろしくね」

「……紅 秀麗です。でもこの恰好の時は紅 秀って呼んで下さい」

胸も触られ観念したのか、女の子は本名を名乗ったようだった。

「ねえ、なんで男の子の恰好してるの? 可愛いのにもったいない」

「だ、だから、外朝は女人禁制なんですよ」

「……それってもしかして、男尊女卑? いや、政治は男の仕事ーとかいうヤツ?」

「はい、女の子は官吏になれないから……まあ、政治は男の仕事ですか…」

その答えに蝶子は顔を引き攣らせた。

(いつの時代よ! ここはっ!!)

「何よ、それ。女は政治が出来ないとかそういう風に思われている訳?」

「え、あの、普通はそうかもしれないわ」

秀麗の言葉に蝶子は頭を抱えたくなった。

(……なんだ、それは)

自分がいたあの世界には女の政治家は少数ながらいたし、周りの国にも政治家はもちろん統治者さえいた。
無論、女性が政治に介入するにはかなりの年月が必要だったらしいが……。

「……変なの。女だって役人になったっていいのに」

ボソッと呟いたその科白は秀麗に届いたのか、秀麗は蝶子を見た。

「……え、なに? どうかした」

「あ、あの……蝶子さんは官吏になりたいんですか?」

「うーん、どうかな。でも"は"って事は秀麗ちゃんってその官吏になりたいの?」

「……っ! でも、無理なんですよね。なりたいと思っても叶わない夢ですから……」

「でも、諦める気ないんでしょう? いいんじゃない? 無理だとか決めつけなくたって」

あっけらかんという蝶子に秀麗は瞬いた。

「だって、無理だと思ってたら何もならないわ。いつ、何が変わるかなんて分からないわよ。それこそ、明日とか、一年後とか、十年後に女も役人になれるかもしれないじゃない」

「……思ってても、夢みてもいいのかしら…」

「それを決めるのは誰でもない、貴女でしょ? 他人に決められたり、決めてもらうものじゃないわ。無駄とか考えちゃ、何も出来なくなるじゃない。そんなだったら夢なんてみないでしょ」

「……そう、かも。ありがとう、蝶子さん!」

礼を言ってくる秀麗に蝶子は肩を竦めた。

「…………あー、なんか偉そうな事言っちゃったかも、ごめん」

「そんなことないです! あ、そういえばここで何してるんですか?」

「ん? ああ、ここにいてくれって劉輝に言われて、て……? どうかしたの?」

急に黙り込んだ秀麗に蝶子は小首を傾げた。そして顔を上げると今にも逃げそうな雰囲気である。

「あ、あの……劉輝って……その、」

思い当たるのは一人しかいない。名前といい、場所といい、彼が一番来そうな場所ではないか。しかし──この人は誰なんだろう?
秀麗がそんなこと考えているとは知らず、蝶子はアレでも劉輝は王様だということを思い出した。

(…もしかして、呼び捨てにしたのがマズかったかな?)

蝶子にとっては劉輝は小さい頃に遊んだ幼なじみという認識しかない。
もしかして、ああ見えてすごい王様とか……?でもあの様子からはそうは見えなかった。犬のように突進してきたしなぁ〜。

「あー……えっと〜…」

王様、と言うべきか悩んでいると遠くから『蝶子〜』と呼ぶ声が聞こえた。
本当にアレが王なのか?なぜ、わざわざ遠くから呼びながら来る?
ガクッとなりつつも、目の前の秀麗を見た。なにやら冷や汗をかいている。

「えっと、どうかした? 秀麗ちゃん」

「あ、あのっ! 私がここにいたことは秘密にして下さいっ! と、特に今から来る人には絶対!!」

言ったら恨むというような形相に、蝶子はあっさりOKを出した。

「あー、いいよ。言わないし、名前も出さない。それでいい?」

「あ、ありがとうございます! じゃ、私行きますねっ! 後、また会って下さい」

「へっ? いいよ。また会いましょ」

礼をして慌ただしく出て行く秀麗に蝶子は手を振った。
やっぱり、男装とかしても女の子がいたら大騒ぎになるのかしら?まして、それが国のトップにばれたら大変なんだろうな〜。と蝶子は考えた結果だ。
すると遠くで呼ばれていた名前はだんだんと近づいてくる。
そんな事を思い、名前を呼ぶ劉輝がやってくるのを待ったのだった。



To be Continued


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