第06話
「蝶子さん、少し休憩してみてはどうかな?」
邵可に声をかけられ、蝶子は顔を上げた。
どうやらかなり没頭していたらしく、見れば積み上げられた本が高くなっていた。
「……そうですね、すみません。熱中してました」
「随分たくさん読みましたね」
コトンとテーブルに置かれた茶碗を見て、さっきの苦い味が口中に蘇った。
「……え、あー…はい……」
「よかったらお茶をどうぞ」
にこにこと笑みを浮かべてくる邵可に蝶子は苦笑いしか出来なかった。
どうしよう、どうしよう。と考えてもせっかく淹れてくれたのに断るのも悪いと悩んでしまう。
これは覚悟を決めるしかないっ!と恐る恐る茶碗を手に持った時、バターンっ!と扉が開いた。
見ればそこには壷を片手に、なぜか頭や服に葉っぱをつけている曾祖父こと霄太師がいた。
「…霄太師……?」
「……ひぃじ…じゃなかった。じい様……何してるの?」
ぜぃぜぃと息を切らせ、霄太師は蝶子の手元を見た。
「……お、お茶…」
「えっ? あ、はい……ぁ」
言われるままにお茶を差し出した後、蝶子は曾祖父を見た。
走っていたのか、出されたお茶を一気にあおるとそのまま顔が青くなっていく。
(……あー、やっぱり……)
やはりさっきと同じく苦いということが分かり、目の前の霄太師に悪いことしたなー、と考えた一方、飲まなくてすんでよかったと思ったのだった。
無論、父茶を飲んだ霄太師は豪快にそれを噴き出したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
蝶子は霄太師に連れられ、朝廷三師の部屋にいた。
あのお茶のせいで一気に体力が奪われたのか、霄太師はテーブルに突っ伏していた。それに蝶子は手刀でズビシッと叩いた。
「ねぇねぇ、じい様。聞きたいんだけどさー」
「……蝶子よ、もう少し優しくせぬか。でなんじゃ? まだあっちには帰れないぞ」
「いや、それもなんだけどさー私、しばらくどこで暮らせばいい訳?」
幼い頃はどこで夜を過ごしていたのかは、はっきりいって記憶がない。多分、遊び疲れてすぐ寝ていたのだろう。あの時もどこにいたのやら。
「ん? わしの邸でよかろうじゃて」
「じい様の屋敷? まあ、普通に考えればそうだよね。オッケーわかった」
蝶子はそう答えるとまだ突っ伏している霄太師に団扇で風を送った。
さすがにさっきのはまずかったかも……とほんの少しだけ反省したのだ。でも、お茶を飲まずに済んでよかったとも考えている。
「……おぉ、やはり蝶子は優しいのぉ」
しみじみとしながら霄太師は壷を抱えたままでいた。蝶子はそれを見て多少なりと苦笑をし、窓の方を見遣った。
なんて、静かすぎるんだろうか──木々のせせらぎや人々の行き交うほんの少しの音しかここにはない。
走り回ったのか霄太師はそのまま寝息をたてている。
(……時計もないんだもんな…)
元の世界でどんなに静かにしていても、外から聞こえる車の走る音とかの喧騒音。部屋では時計、電子音などに慣れているからなんだか不思議な気がする。
それでも蝶子は元の世界がいいと思った。
(……ありえないくらい暑い……クーラー欲しいわ…)
まだ室にいるからマシなんだろうが、ここへ移動する途中の外はありえない程暑い。
(半袖着たい……)
ひらひらと長いこの服は暑さを倍増にしている気がする。
避暑にきたのに、なんだこの暑さは!
考えれば考える程余計に暑くなる気がして、蝶子は腕まくりをし、尚且つ彩雲国ではありえない恰好をした。
下衣を腿脚までめくり上げ、裾で縛った。
「……さっきよりは、マシ…かな?」
うん。と頷き、自分に団扇を扇いだ。
今、この部屋には蝶子が仰ぐ団扇の音と霄太師の寝息しかしない。が、それも僅かな時間だった。
「蝶子っ!!」
名前と共にドアを突き破るようにバンッ!と大きな音を出して開いた。
「……劉輝…?」
パタパタと仰ぎながら見上げると呆然としている男三人の姿がある。霄太師も顔をあげ三人を見た。
それぞれ三者三様の様子に蝶子は首を傾げた。呆然としている劉輝、顎に手を当てて見てくる……女たらし、ぱくぱくと真っ赤な顔をしている絳攸さん。
蝶子は立ち上がると劉輝の前に立ち、パタパタと団扇で扇いでやった。
霄太師は蝶子の姿を見て、額を覆った。説明し忘れていた。
「おーい、どしたのー?」
「……ちょ、蝶子…」
ようやく声を出したかと思えば、下から上へと視線を向けられる。
「ん?」
「なっ、ななななんだその恰好はぁぁぁ〜〜っ!!」
劉輝の代わりに隣にいた絳攸が蝶子を指差し、真っ赤になりながら絶叫した。
「えっ? なに、なんかおかしいっ!?」
「お、おかしいに決まってるじゃないか──っ! 脚、脚を隠せっ!!」
「脚? ああ、暑いから捲ったの」
「捲くるなっ!」
「まあまあ、絳攸。いいじゃないか、とても目の保養だよ。白くて美しい脚じゃないか」
「黙れ、常春っ!!」
怒鳴る絳攸に蝶子は首を傾げるが、楸瑛がまあまあと執り成した。そして蝶子の方を見てにっこり笑った。
「すごく綺麗な脚をしているね、まるで誘われているようだよ」
その言い方にヒクッと顔を引き攣らせた。
「あー、全くそんな気はありませんから」
「おや、つれないことを言うね。私は蝶子殿と仲良くなりたいのだが」
「劉輝ー、この人どっかに連れてってー」
付き合ってられないと蝶子はくるんと劉輝の方を向き、親指で楸瑛を指した。
「いや、蝶子……とりあえずは裾を元に戻してはどうだ?」
「なんで? 暑いし、別に誰もいないからいいじゃない」
「俺たちがいるだろうがっ!」
叫ぶ絳攸を蝶子は軽く無視をした。
「主上、せっかく見せてくれると言うんですから、構わないじゃないですか。ね、蝶子殿」
背後から抱きしめられるような体勢に蝶子は目の前にいる劉輝と絳攸に聞いた。
「…………ねぇ、投げてもいい?」
「は?」
「いいぞ、こんな常春投げてやれ!」
蝶子の呟きに、劉輝は目を丸くし、絳攸は楸瑛の行動に嫌な顔をしていたのでそのまま返したのだった。
霄太師もさすがに可愛い孫(曾孫)に手を出されるのは嫌なのか、声をかけようとした時
「……わかった…」
そう呟かれたかと思えば、次の瞬間ズバンっ!と楸瑛が床に倒れていた。
「うっ……」
「……なっ!?」
「…………っく……」
「ふん、」
劉輝、絳攸はさっきまで目の前に立っていたはずの楸瑛が自分たちの背後で倒れているのに驚いた。
楸瑛もまた何が起きたのかわからずに、呆然としている。
蝶子といえば、パンパンと手を叩いていた。
「な、なんだ今のは……」
「す、すごいのだ、蝶子! 今のはどうやったのだ!?」
呆然としていた絳攸だったが、劉輝はすごいすごいと目を輝かせていた。
「え、投げただけだけど……やっぱりダメだった!?」
「いや、そんなことはない」
ついセクハラ紛いのことをされて、投げてしまってまずかったかなーと思えば、絳攸に自信満々に言われた。
「あ、そう……?」
「またなんかされた時も遠慮せずに投げてやれ」
「ちょっ、絳攸っ!?」
床に寝転がっていた楸瑛は親友のいいっぷりにぎょっとした。その時、またまた扉が開かれたのだった。
To be Continued