第07話
またしてもを突き破るようにバンッ!と大きな音を出してドアが開いた。
「つまらんっ! 一体、誰だっ! わしの楽しみを盗りやがっ……なんじゃ、おぬしたちは?」
いきなり現れたガタイのいいおじいちゃん(なんか言葉が変だ)に蝶子は呆然とした。
劉輝や絳攸も入ってきた宋太傅に少し驚いていた。というのも、なぜか上半身をはだけさせていたからだ。
「宋太傅こそ、何を怒っているのだ。それにそんな恰好をして……」
「ふん、暑いからに決まっておろうが! 主上も、それに藍家の若造は何をしてるんだ」
今だ床に倒れていた楸瑛を見て、宋太傅は首を傾げるが、見慣れない女性がいることに気付いた。
「誰だ、おぬし?」
「……えと「わしの孫じゃ。宋よ、もう少し静かに入ってこんか」
答えようとするが、それを遮って霄太師が答えると驚いたのか宋太傅はまじまじと眺めた。
「煩いわ、梅茶梅饅頭くそじじいは黙っとれ! それよりもお前の孫だとっ!? いつ結婚していたんだ!」
霄太師はやれやれといった風に入ってきた老人を見上げた。
「──秘密だ。蝶子、わしと同じ朝廷三師の一人、宋じゃ。太傅を務めておる」
「霄 蝶子と申します。……祖父がいつもお世話になっております」
にっこりと笑うその姿は、さっきまでの態度とガラリと変わったので、劉輝や絳攸は少し驚いていた。
「ほぉ、隠し子、いや隠し孫までいたとはな。わしは宋 隼凱だ。よろしくな! 蝶子」
はっはっはっと笑いながら、ポニーテールをしている頭を撫でられた。
(隠し孫じゃなくて、曾孫だけどね……でも、こんなおじいちゃんがよかったかも…)
豪快すぎるが、なんとなく好感がもてる老人に蝶子はしみじみと思ってしまった。しかし──。
(……確実に部屋の温度上がったよ…暑い…)
マッチョな老人をみたのだった。
「蝶子や、あまりこいつには近寄るなよ。ただの剣術馬鹿だからな」
「……剣術…」
「興味があるのか?」
「わしの孫がそんなのに興味あるわけがなかろう!」
「うるせー! お前には聞いとらん!」
「なんだと、蝶子は昔はそれはそれは可愛い孫じゃったんじゃ!」
ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ二人の間で蝶子はため息をついた。
剣術も気になるが、今の状況に必要なモノは他にある。蝶子は劉輝の方をむくと口を開いた。
「ねぇ、劉輝。アイスとかない?」
さっきまでも暑かったが、老人たちの喧嘩でますます室内温度が高まり、蝶子は思わず劉輝に訊いた。
「あいす?」
「…………あー、ないならいいや。なんか暑いからさー冷たい物が欲しいなぁ〜って思って」
パタパタと持っていた団扇で風を起こすも生温い風が当たる。なんともアンニュイな気分になる。
「暑いならかき氷なら出来るが?」
「かき氷!」
その素敵な響きに蝶子はキランと目を輝かせた。
ガシッと劉輝の手を握ると蝶子はにやっと笑った。その笑みはどことなく霄太師に似ていたが、言うのはやめておいた。
傍らで見ていた絳攸は顔を引き攣らせたが、蝶子は気にしなかった。
「……食べたい、かき氷! 宇治金時っ! さぁ、劉輝、食べましょう」
「う、うじきんとき? かき氷は蜂蜜かけだろう?」
「……蜂蜜、だけ?」
蝶子の言葉に首を傾げながら絳攸がいうと、劉輝がうんうん頷き、蝶子は「はぁ?」と驚いている。
「蜂蜜だけって、蜂蜜だって高価だぞ。それに氷なんて今の時期高いだろ」
「……じゃあ、なんか悪いからいいや……」
しょぼんとする蝶子に劉輝はなんだか慌ててしまった。さっき楸瑛を投げ飛ばした人物とは違うように見える。
「あ、あの蝶子? そのうじきんとき? とはどんななのだ?」
「え、でも……氷って高いんでしょ? 悪いからいいよ……」
「大丈夫なのだ、今日はかき氷を出してくれるように頼むから」
そういえば、王様なんだっけ。と思いながら、うーんと考えた。
小豆くらいはあるだろうし、抹茶もあるのかな?本当は練乳も欲しいし、ぶっちゃければイチゴミルクが食べたかったりするが、シロップがな〜。
ブツブツと呟く蝶子に劉輝たちは内心ドキドキしながら、待った。
「……ねぇ、劉輝? 今から言う物揃えられる?」
「物によるが……なんだ?」
「かき氷と、抹茶と、つぶあん」
「それなら、大丈夫なのだ」
返ってきた答えに蝶子はやったー!と手を上げたのだった。
その成り行きを見ていた絳攸は、なんとも言えない気分だった。そして未だ茫然としている楸瑛を眺めた。
「おい、いつまでそうしているんだ?」
「……絳攸、私は女性に投げられるなんて思ってもみなかったよ…」
羽林軍の将軍職を拝命しているのに、油断していたとはいえ女性に投げ飛ばされるなんて誰が思うだろうか?
「……まあ、そんな気にするな」
絳攸は訳のわからなかったので、そう言うしかなかった。かの女性といえば、劉輝はと宋太傅とで何か揉めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「蝶子、武術に興味があるのだろう?」
宋太傅に問われ蝶子はなんと言っていいのか、口ごもった。
「………」
「どうした」
「えーっと、興味というか、剣舞とか見てみたいだけです。いえ、剣術見せてくれるだけでも」
「だから、興味があるのだろう?」
「まあ、興味といえば興味でしょうか……」
ただ単に見てみたいだけなんだが、かき氷を食べながら。柔道を嗜むが、あくまでも趣味である。痴漢撃退程度であればよいのだ。
宋太傅はじーっと蝶子を見たのち、にっかと笑い背中を叩いた。
「気にいった! いいだろう、見せてやるぞ。さっ、行くぞ」
ぐいっと腕を取り、そばにいた劉輝の首根っこも掴んだ。
「なっ、何をするのだ! 宋太傅!!」
「蝶子に剣の仕合を見せるのにわし一人では無理だろう! 手伝え」
賊退治で誰か「親切な者」のせいで暴れることが出来なかった宋太傅は、変わりに今暴れてやろうと思ったのは、誰も分からなかった。
「こ、絳攸、楸瑛っ! 助けてくれぇぇ〜っ!」
必死になりながら名前を呼ぶが、あの宋太傅相手では絳攸は何も出来ず、楸瑛はというと目を合わせなかった。
うぅ〜と泣きそうな劉輝を見て、蝶子はポリポリと頬をかいた。こんなことになるとは。
「あー、えっと……宋太傅さん? あの、今じゃなくても、劉輝もほら、仕事で疲れてるみたいだしっ!」
その言葉に劉輝は「蝶子っ!」と目を輝かせていた。
なんだか泣き顔を見るのは昔から苦手だったような気がする。そんな記憶がふと蘇る。
「ふむ、──では、藍家の若造、おぬしが付き合え」
「わ、私がですかっ!?」
「李侍郎では話にならんからな、それにお前は暇そうにさっき寝ていたではないか」
文官の絳攸には出来るはずもなく、白羽の矢が立ったのは将軍職を拝命している楸瑛だった。
「あ、あれは、寝ていたのではなく、蝶子殿に…………」
そこから先はもごもごと聞き取れなかった。
まさか不意を突かれたとはいえ、女性に投げられたなど言えるはずもない。
「なんだ? 蝶子がどうかしたのか?」
「あ、その……」
「セクハラされたから投げただけです」
すぱっと言い放つ蝶子に、楸瑛はなんだか身を縮める思いがした。宋太傅は眉を潜めて、楸瑛を眺めた。
「……藍 楸瑛。女子に投げられるなどとは情けん! わしが一から鍛え直してやる!!」
「えっ、あ、あの宋太傅っ!?」
ぎょっとして、楸瑛は劉輝たちを見るが誰も助けようとはしてくれなかった。
むしろ、目を輝かせた蝶子の姿に楸瑛は苦笑せざるおえない。
こうなったらさっきの名誉挽回といこうではないか、と自棄になったのだった。
ズルズルと連れて行かれる楸瑛を見ながら、蝶子は劉輝に早くかき氷の準備っ!と言っていたのだった。
蝶子の趣味は、読書、柔道、そしてスポーツ観戦であった。
To be Continued