第08話

天に舞う蝶

蝶子は嬉々として宋太傅と藍 楸瑛の仕合を見る為に外へと出た。真剣を使う剣術なんて、まず蝶子のいる世界ではなかなか見れるものではない。
普通の人が許可なく帯刀していたら、銃刀法違反で取っ捕まってしまう。
キンキンと剣と剣が響き、おぉっ!と始めこそ見ていた蝶子であったが、ここはさんさんと照り注ぐ太陽の真下。二人ほどではないが、蝶子たちも汗を流している。

(……ぼ、帽子……いや、かき氷は…?)

あまりの暑さに蝶子の仕合への興味は薄らいでいく。
せっかく見せてくれているのに、まずい……。と自ら言った手前見ているのが礼儀だ。だがこの恰好にこの炎天下、限度というものがある。
そして、とうとう暑さに耐え切れなくなり、すっくと立つと、その場に一礼をした。

「……蝶子?」

「どうしたんだ?」

心配そうに見てくる劉輝と絳攸に目線を合わせるも、何も言わずにふらふらと歩いて回廊へと上がっていった。
宋太傅の剛剣をなんとか受け止めながら、楸瑛は小首を傾げた。
彼には急に蝶子が立って歩いていく姿しか見えない。すると宋太傅が笑ったのだった。

「あやつなかなか弁えておるな。霄の孫とは思えん」

「……はっ?」

「蝶子の奴、感謝の礼をしていきおったわ。見せてくれてありがとうと言っておったな、あの瞳はっ!」

「なんで…………」

そんなのが分かったんですかっ!?と聞こうとしたが、宋太傅が力任せに撃ち込んでくる。
楸瑛はなんとかそれを受けるのでいっぱいいっぱいだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その頃、暑さに耐え切れなくなった蝶子はふらふらと室へと戻った。扉を開くとそこには劉輝に頼んだ宇治金時の材料とかき氷が置かれ、じい様がいた。

「お? 蝶子どうしたのじゃ? 仕合は終わったのか?」

「……あまりの暑さに見てる場合じゃなかった……」

汗だくになりながら、用意された削り氷と、徳利に入っている抹茶とつぶあん。盆に並び載っている徳利の中の抹茶を舐めて蝶子は小首を傾げた。

「……ねぇ、じい様? これどうやったの?」

「なにがじゃ?」

「これ、ただの抹茶じゃないよね? どう考えても抹茶シロップなんだけどっ!?」

抹茶だけでは苦味があるはずなのに妙に甘い。どう考えてもシロップだ。
霄太師はニヤリ、と笑うと、ずいっと蝶子の前に徳利を突き出した。

「な、なに……?」

「蝶子は昔から宇治金時よりこっちの方が好きじゃったやろ? なんで抹茶にしたんじゃ?」

「……は?」

手渡された徳利を見て、蝶子は瞬きをした。いったいなんなのだ?不思議に思いながらもその問いには答えた。

「え、だってひいじいは昔から宇治金時派だったじゃない。だからだよ」

それにイチゴ味ないと思っていたし。と言葉を続ける孫娘に霄太師は目を細めた。

(かわいいことを言うのぉ〜)

自分の好きだったかき氷の味を覚えていて貰えて、霄太師は笑った。
キョトンとしながら、じい様の意図が分からずに蝶子は徳利を嗅いでみた。甘い香りに思わず顔を上げる。
霄太師はまたニヤニヤと笑っていた。

「ちょっ、これ、どーやったのっ!?」

「ちょっとした小技を使ったのじゃよ。嬉しかろう」

「うん! イチゴイチゴーっ!」

とても二十歳とは思えないくらいのはしゃぎ様である。曾祖父がいるからだろうか、昔に返ったような感覚だ。
そして、蝶子はまだ仕合を見ているであろう劉輝たちへウキウキと削り氷にシロップをかけて、持って行くことにしたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……なぜ、こんなことに?」

藍 楸瑛は炎天下の中、呟いた。未だ宋太傅に捕まり仕合をしている。見たいと言っていた蝶子の姿はもうないというのに……。
羽林軍の稽古場でないだけマシだろうか、こんなことをしていたらあの上司たちも混ざり、乱闘に成り兼ねない。
いっそ、そうなったらどさくさに紛れて逃げられるか?とも考えたが、劉輝や絳攸たちがいるところへ蝶子がかき氷を持って現れた。
後ろには霄太師の姿もある。なぜか、緑色のと赤い色のを持って。

「はーい、お待たせしましたー」

宇治金時とイチゴのかき氷を持って現れた蝶子に劉輝はもちろん、絳攸もその物体に凝視した。

「はい、劉輝。はい、絳攸さん」

「ちょ、蝶子……?」

「……なんだこれは?」

手渡されたかき氷らしき物を見て劉輝と絳攸は、蝶子と渡された物を見る。

「どしたの? 宇治金時、美味しいよ! 劉輝たちには合うと思うけど?」

「こ、これが宇治金時……とやらか?」

「うん、抹茶と小豆餡だけど美味しいよ。あ、私のはイチゴ味。こっちも食べたい?」

赤い何かがかかっているかき氷を見て、劉輝も絳攸もぶんぶんと首を横に振る。ちなみに横では霄太師は旨そうに宇治金時を食していた。
劉輝と絳攸は互いに顔を見合わせながら、恐る恐るかき氷に口を付けた。
途端、口に広がる甘くさっぱりとした冷たいものが広がり、キィーンと頭を痛くする。だが、まずくなどはなかった。

「……美味い、のだ…」

「ああ……美味い…」

いつもは蜂蜜をかけていて甘いだけだったが……こちらは甘くてさっぱりしていて美味い。

「じい様ー、練乳ある?」

「あるぞ、ほれ」

横を見れば蝶子が霄太師からなにか水差しのような物を受け取り、赤いかき氷の上にとろーっと白い物をかけていく。
しゃくしゃくとスプーンらしきもので氷を崩し、それを口に運べば甘い味が口に広がり蝶子は満足そうに笑った。

「おいひ〜。やっぱ、夏はこれよね〜!」

実に美味しそうに食べるものだから、劉輝はコクン、と喉を鳴らした。

(……ちょっと、食べて……みたいのだ…)

それを察したのか絳攸は止めようとした。
いくら普段から昏君、昏君と怒鳴っているとはいえ、彼は『王』なのだ。そんな不明な物を食べさせる訳にはいかない。側近として止めるべきである。

「おい、まさか食べた「なに、劉輝? 食べたいの?」」

絳攸の言葉を遮り、じーっと見てくる劉輝に気付いたのか蝶子が声をかけた。

「うん、食べてみたいのだ!」

「じゃあ、一口あげるね〜。あーん…」

「あー……」

「おいっ! 王たる者がそんなものをっ……んぐっ!?」

好物を『そんな物』発言されて、蝶子は多少ムッとした。一口分のかき氷を劉輝の口ではなく、怒鳴る絳攸の口へと突っ込んだ。

「あーっ! 絳攸ばかりズルイのだーっ!!」

「だったら、絳攸さんが最初に味見しなさいよ!」

やや口煩い絳攸に氷イチゴを突っ込めば、劉輝はズルイと騒いだ。絳攸といえば、いきなり入ってきた氷イチゴに驚いたが、甘くて旨かった。

「……う、まい…」

「そうでしょ! はい、劉輝にもあげるよ。アーン…」

「アーン…………美味いのだ!」

絳攸の感想に蝶子はニッと笑った。そして劉輝にも食べさせると喜んだ。

「でしょ、小さい頃から大好きなのよね〜」

るんるんとしながら、また一口食べるのを見て、絳攸は今更ながら真っ赤になった。

(……か、間接……)

だが、そんなこと蝶子はちっとも気にしていなかった。
結局、仕合は案の定宋太傅の圧勝であったのは言うまでもない。
蝶子は御礼を兼ねて、宋太傅に宇治金時を渡すと「美味い!」と喜んでくれたのに笑った。ふらふらとしながら、楸瑛がやってきて劉輝たちは「お疲れ」と慰めたのだった。

「……わ、私が大変だと言うのに君たちは……」

汗だくになりながらぜはぜはとしている彼に劉輝たちは「……あ、」としか言えなかった。
宇治金時、氷イチゴが美味しくてすっかり忘れてたいたと言っても過言ではない。

「……しゅ、楸瑛も食べぬか? 美味いぞ」

「そ、そうだ。悪くはない」

「…………」

「……どうしたの?」

なにやら、険悪ムードに蝶子は話しかけた。
ぱっと振り返る楸瑛に蝶子は宇治金時を差し出す。

「はい、楸瑛さん。仕合見せて下さってありがとうございました。それと……はい」

差し出されたかき氷を受け取り、袷からごそごそと出された物を見て、楸瑛は瞠目した。

「お疲れ様です」

なかなか見せて貰えなかった笑みをようやく見せてもらえた。初めて会った時と同じように手巾を差し出されながら。
じーっと見てくる様に蝶子は不思議に思った。

「?」

「……いえ、有り難く使わせて頂くよ」

少し小首を傾げる姿にフッと笑みが綻ぶ。

(やはり、あの時の優しい少女だ)

そう確信した楸瑛だった。



To be Continued

↓おまけがあります。











おまけ


「出来れば、」


さらり、と上げていた髪を一房指に絡めて楸瑛は口唇を寄せて言った。


「蝶子殿に食べさせて頂けると嬉しいのですが」


にこり、と通常の女性が見たら歓喜をあげそうな笑みとともに耳元で囁いてみれば、ふるふると蝶子は震えた。


「恥ずかしがる姿もまた可愛いらしいですね」


とどめとばかりに囁いたが、次の瞬間楸瑛は体勢を崩し、地面にドンッと身体をぶつけそうになった。なんとか受け身をとったのだ。
が次の瞬間、喉元に靴の感触がある、いや、足が乗っていた。


「――――劉輝っ!」

「は、はいッ!!」


冷っとしそうな声音で呼ばれ、劉輝は思わず姿勢を正して返事をした。


「……この気障ったらしい男をどこかに埋めて来いっ!」

「は、……えぇっ!?」

「えっ……ちょ、蝶子殿……?」

「黙れ、常春野郎」


どこぞの誰かと同じように呼ぶ蝶子であった。
その変わり身に霄太師は「なぜ、あんな風に……」と歎き、宋太傅は「ほぉ…」と感心していた。
劉輝といえば、どうしたものかとオロオロし、絳攸は「それはいいな」と呟いたのだった。
楸瑛は、なんとなく(なんだか、静蘭と似ているのかもしれない……)と彼女のもう一人の幼なじみを思ったのだった。


蝶子の嫌いなモノのなかにあるのは「女たらし」であった。



END


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