01
「あー、ムカつくくらいいい天気だわ!」
ブツブツと文句を言いながら、とある少女は街の中を歩いていた。
この国に来て数日。養い親からせしめた金子を持ち、少女は買い物をしようと街へと繰り出していた。
ならば天気がよいならよいでいい筈なのにも関わらず、なぜ機嫌が悪いのか、それは彼女はこの国の、否、この世界の人間ではなかったからだ。
「あんの酔いどれ親父、よくも私の服を酒臭くしてくれたわね〜」
せっかく侍女が用意してくれた服を養い親である男がその上で寝てしまい、普段から酒臭い匂いが見事に移ってしまった。
よりにもよって気に入った服であるから、激しい罵倒が繰り広げられたが、それはいい。
大人げないと珍しく引き下がったが、多分面倒になったんだろう。もしくは飲み過ぎて眠くなったかだ。
とりあえず折れた親に新しい服を買うから金寄越せ!とヤンキーばりに巻き上げたのだった。でも酒代かかっているだろうに、流石は高官。金がある。
ルンルンと街を歩いていると、よそ見をしていたのか、わざとなのか、二、三人のむさ苦しい男たちとぶつかった。
「おい、姉ちゃん! どこ見て歩いてんだ」
「え、あー、ごめんなさい」
「ごめんなさいで済んだら役人はいらねーんだよ」
「(……いらねー訳ねーだろ)」
「あー、いってぇ……」
「あーあ、こりゃ慰謝料貰わねーとなー」
「……は? ちょっとぶつかっただけじゃない、慰謝料なんて払う義務ないわよ」
あまりの馬鹿馬鹿しい絡みに頭が痛くなる。こんなのが通用するとでも思っているのか。
少女はため息を吐くしかなかった。その態度が気にいらなかったのだろう、男たちの眦はキリキリと上がっていった。
「てめぇ、この女っ! 下手に出てればいい気になりやがって!」
ぐいっ!胸倉を掴まれ、あーヤバイかも。と思った瞬間、掴まれていた胸倉に手が添えられていた。
は?と不思議に思いその手を辿り、いつの間にいたのか横に美人がいた。次の瞬間、目の前の男の首筋に剣先がぴたり、とついていた。
「この辺でおしまいにしないと、首が失くなりますよ」
「っ……くそっ…」
当たり前かのように言った声音に顔を引き攣らせた。本当にとんでもない世界だ。
バタバタと逃げ出していった男たちを見送り、振り返った男性を見て、少女は顔を引き攣らせた。
「大丈夫ですか?」
「…………」
「せいらーん、大丈夫?」
硬直してる間に今度は横から女の子の声がして、恐る恐るそちらを見た。
「お嬢様」
"お嬢様""静蘭"……そうだ、この街には彼らがいたんだっけ。
「ねぇ、あなた大丈夫? いくらなんでもあんな破落戸に対抗しちゃダメよ! 危ないわよ……ねぇ? 本当に大丈夫?」
見つめてくる少女と紫銀の髪色の青年の姿に、少女は顔を引き攣らせたままだった。
「どこか、具合でも悪いんですか?」
「……い、イエ、ナンデモナイデス。あ、アリガトウゴザイマシタ……」
覗き込んで来る二人に対し、ぶんぶんと顔と手を振り、少女は逃げるようにその場を立ち去った。
「ど、どうしたのかしら?」
「さぁ……」
紅 秀麗とシ 静蘭はしばし首を傾げて、走り去った少女の後ろ姿を見たのであった。
バタバタと走り、ようやく少女は立ち止まった。
「あーっ! なんっで、会うのよーっ! 私は平穏に生きたいだけなのにーっ!」
少女──若葉は頭を抱えながら、その場にしゃがみ込んだ。平穏に、平凡に。そう願っていたのになんでこんな特異な体験をしなくてはいけないのだ。
「トリップなんてネットや本の中で充分だってのーっ!」
そう、若葉にとってこの世界は、彼女のいた世界にある『彩雲国物語』というの本の中の話であった。
普通に読むだけで満足であるのに、なにゆえ本の世界に入り、あまつさえキャラクターたちに出会わなくてはならないのだ。
「ぶっちゃけた話、脇役に会うだけで充分なのに──」
なぜ主要人物、ましてや主人公に会うなんて……。ちなみにすでに準主要人物たちにはつい先日会ってしまった。
その中に主要人物の一人がいたが、関わらなければ害はないから構わなかった。厄介なのは、主人公の傍にいる腹黒元公子……。あれと生粋のホストっぽい常春将軍である。彼らだけには関わりたくはない。
ちなみに既に会った迷子や仮面や兄馬鹿姪馬鹿もあまり関わりたくはない。とくに兄馬鹿姪馬鹿には。
「まだ拾ってくれたのが飛翔だったのが幸いかな……」
まあ、弊害もあるけれど。一応高官だし、金はある。しかもあの狸爺に会えるコネはあるはずだ。
はあ、とため息を吐き、若葉は歩き出した。気を取り直して服を買いに……ではなく小腹が空いたのでお団子屋さんへ。
──神様、あなたは私が嫌いなんですか?
茶屋の店先の椅子に座り、団子を美味しく頂いていたら、先程助けて下さった親切な方々にお会いいたしました。
「あら、あなたさっきの…」
「……んぐっ!?」
危うく団子を喉に詰まらせるところでした。
「ちょっと、大丈夫!? はい、お茶」
テーブルに乗ってたお茶を持ち、渡してくれたので急いでそれを流し込んだ。
ぜはぜはと息をすれば、背中をさすってくれた秀麗。あー、やっぱりいい子なんだね。
「……けほ、…ご、ごめんなさい。一度ならず二度も助けてくれて……えっと……」
「ああ、私は紅 秀麗っていうの。別に気にしなくてもいいわよ」
「いえ、そんな訳には……」
いかないようです。あなたの後ろに立つ腹黒元公子様の笑顔がやたら怖いです。裏側を知っているからかな、知らなかったら爽やかな笑顔だろうね!
なんせ街行くおばちゃんとかの顔が赤らんでいる。まるで韓流スターを見てるようだよ(笑)
「あなた見掛けないけど、最近貴陽に来たの?」
「え、あ、まあ……」
ええ、ついこないだ来たばかりです。この本の世界に。
そして、言いたくなかったけど自己紹介をすることにした。
「あ、ごめんなさい、名前まだでしたね。私は菅 若葉と言います。……えと、さっきのお礼も兼ねて、お団子ご馳走しますけど……」
「ええっ!? いいわよ、そんな気をつかわないで?」
「……でも、そんな訳には…」
だって後ろの方の視線が怖いです。助けたのに礼の仕方も知らないのか!という感じが……だから関わりたくなかったのにっ……!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
──神様は、やっぱり私が嫌いなんですね?
「たいした物じゃないけど、食べてってね」
「え、あ、……ありがとうございます…」
なぜ、こんなことにっ!?
若葉はそう思いながら箸を片手に紅 邵可邸にて夕飯を食べていた。
目の前には邵可様、左には秀麗、右には静蘭。きっとこの国の王である劉輝が一番味わいたい場所であろう。……ん?そういや、今は原作ではどこなんだ?
「────なのかい?」
「へっ? え、あ、なんでしょう?」
気がつけば話し掛けられていた模様です。あの邵可様に。
「若葉さんは今どこで暮らしているんだい?」
「へっ?」
「いや、貴陽に来たばかりであるようだし、住む場所がなければ邸に泊まっていったらいいよ」
にこにこと笑みを絶やさず話す邵可様にびっくりしてしまう。ってか、いきなり居候の話でビビる。まさに夢小説な展開だ。
「あ、いえ。お気になさらずに。ここに着いた時ある人に拾われましたから」
あっけらかんと話す若葉に邵可たちは思わず黙ってしまった。
「え、あの、拾われたって……」
「あーなんか、倒れていたらしくて、最初は邪魔くらいからほっぽって行こうとしたらしいんですけどね、なんか気が変わったらしいです」
「た、倒れてって、大丈夫なのっ!? 若葉さん」
「えぇ、まあ、大丈夫ですよ。ってか、一緒に暮らしている人がとんでもないですよ! あんの酒飲み親父っ!」
もとはと言えば、奴がせっかくの服を酒臭くしたのが悪い!それがなければ街になど繰り出す事もなかったのに。
拾ってもらった恩も忘れないが、ここにいる元凶の元はまず衣類に酒の匂いが染み付いたことだろう。そりゃ、欧陽 玉も怒るわな。
ジャラジャラ飾りを付けた彼を思い出し、若葉はため息を吐いた。〇ーコのファッションチェックよりも彼の評価は怖いかもしれん。
「酒飲み親父って……だ、大丈夫なの? そんな人と暮らしてて」
「うん? 大丈夫だよ。暴力振るうとかないし、平気です」
「ぼ、暴力って……」
ボケッと違う事を考えていたら、酒飲み親父に反応された。そういや、起きたかな?また酒飲んでそう……。
とりあえず手紙出したけど大丈夫だよね?
電話があれば一番簡単なのに、筆で手紙書くなんて面倒だったな…。それかメールあればいいのに。一番手っ取り早い。
ちなみに若葉が飛翔に宛てた手紙の内容はこうである。
「飯食べて帰る」
毛筆など久しぶりで書いた字はミミズがのったくったような字であった。(つまり汚い。飛翔は解読が出来くて大変だったらしい)
「……そういえば、秀麗ちゃんって今何歳?」
「え、何? 急に? 十六だけど?」
「…………ふーん。じゃあ、私と同じ年なんだ」
「えっ!? そうなの!?」
「うん、ピチピチの十六才よ」
うふふ〜と笑いながら、考えた。
今はまだ三月だから、つーことはもうすぐ原作の一巻に入る訳か、……ハハハ、愉快愉快。
まあ、自分は劉輝たちに関わることはないだろう!……たぶん。
こうなったら、リアル彩雲国世界を堪能してやろうじゃないか!
そんな事を思いながら、美味しいと評判だった秀麗の料理を味わったのだった。
To be Continued