02
『今日はもう遅いから泊まっていったらどうだい?』
帰ろうとした矢先に邵可様からとんでもない提案がなされ、若葉はぎょっとした。
「い、いいえっ! そんな恐ろ……じゃなかった、そこまでお世話になる訳には……」
邵可様宅に泊まるなどとそんな恐ろしい事をしたら、明日にでもあの兄一家ラブーなストーカーから殺し屋が送られてきそうだ!
若葉はぶんぶんと顔と手を振った。だが、邵可と秀麗は「でも」と言葉を濁す。
「ゆ、夕飯をご馳走になった上に泊まるだなんて……ご、ご迷惑でしょうし……や、養い親が心配するので……」
果たしてあの酒飲んだくれ親父が心配するかは怪しいが、ここに泊まるのはやはり避けたい。
「でも、本当に遅いし、引き止めたのはこっちだから迷惑だなんてことはないのよ」
「で、でも、やっぱり、初対面の方の家に泊まるのは非常識ですから」
というか、私にとってはなにもかもが非常識の極みなんだが。
「そんなこと気にしないで。若葉さんといるとなんだか、楽しいって感じがして、同じ年頃の女の子がいないからかしら」
そう言われるとなんとも言えなくなる。確か、王位争いの内乱で三太以外の友達亡くしたんだっけ?
つか、それよりも……。
「……あ、あの、秀麗さん…」
「なあに?」
「さん付けやめて貰えないかな? むず痒いんだ。若葉でいいから」
昔から友達には呼び捨てにされていたし、なにより「ちゃん」や「さん」呼びされるのは苦手だった。
「じゃあ、私も秀麗って呼んでね」
「うぇっ……あ、はい。で、あの、やっぱり帰りますから。本当にご馳走様でした」
頭を下げる私にさすがに彼らはため息を吐いた。
(やった! 諦めてくれたっ!)
勝った!そう思ったのもつかの間、秀麗の一言で背中をばっさり斬られた気分になりました。
「また遊びに来てね、若葉。静蘭送って差し上げてね」
「はい、お嬢様」
(…………は? なんだって?)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
てくてくと月明かりの中、アスファルトではない土の道路に二人分の影が伸びていた。
紅邸から少し離れたところで「一人で帰れますから」と言ってみたが「いえ、きちんと送らないとお嬢様に叱られてしまいますから」とにっこりと笑われた。
普通に見れば綺麗なんだろうが、はっきり言って怖い。このお嬢様至上主義男が。
若葉は苦笑しながら、邸へと向かった。一度通った道は覚える事が出来るという訳のわからない特技はある意味便利だ。
普通なら迷いそうだし、と考えながら歩いていくと邸が見えてきた。門前には門番と侍女さんが立っていた。
「若葉様っ!」
「あー、ただいま……」
「心配致しましたよ! お出かけになったままお帰りになりませんので!」
「へっ? 私手紙出したよ、ご飯食べて帰るーって。親父宛てに」
その一言で静蘭はブッと噴き出しそうになった。
外見は整っている方で、姫と呼ばれてもおかしくなさそうなのに、あまりにも口が悪い。
「そちらの方は?」
「あー、えっと、ご飯ご馳走になった方の家人さんで、送ってくれたの。えと、静蘭さん、送って下さってありがとうございました」
きちんと頭を下げる所作は優雅だったのに静蘭は一瞬目を見張る。あまりにこの少女の実態が掴めない。
「いえ、では失礼します」
静蘭は頭を下げ、来た道を戻って行き、若葉は侍女に促され邸内へと入ったのだった。
養い親の部屋に向かえば、むっとする酒の匂いで若葉はくらくらと酔いそうになる。
「ただいまー、飛翔」
「若葉、おめぇ何処に行ってた」
「酒臭い! ご飯食べて帰るって手紙送ったでしょーが」
「あんなきたねぇ字が読めるかってんだ! 女ならもしっとマシな字書きやがれ」
「煩い! こっちは筆を使うなんて小学生以来なんだから仕方ないでしょーがっ! それに元はと言えばご飯食べて帰ることになったのも飛翔のせいなんだからねっ!!」
若葉は飛翔が持っていた徳利を奪い、放り投げたが既に中身はない。
「なんで俺のせいなんだ?」
「あんたが私の服を酒臭くしたからでしょーがっ! 欧陽侍朗に言って酒捨てさせるからねっ!!」
「おめーかっ!? 最近酒が減ってるのはてめぇのせいかっ!?」
「ははんっ! 今頃気付いた訳? 」
ふん、と鼻で笑った。欧陽侍朗と酒の臭さについて語り合い、どうすればと考え、酒豪だらけの羽林軍へ流してやった。
酒がなくなるならと欧陽侍朗はむさ苦しい武官たちに譲渡したらしい。
「はっ、んなことしたところで俺が止める訳ねぇだろうが、」
またぐびぐび飲む飛翔に若葉はため息をついた。もう、付き合ってられない。
「……じゃあ、私寝るから。あ、そうそう黎深に言っておいてね、もう近付かないからって」
「あ? 黎深? なんかしたのか?」
「……したっつーか、なんつーか、不可抗力よ、不可抗力。私だって行きたくて行った訳じゃないし……」
「……邵可殿の邸に行ってたのか?」
「当たり〜。さすが『悪夢の国試組』の仲間ね。つーわけでよろしく〜」
若葉は踵を返して、与えられた部屋へと行った。
お風呂の支度はしてあるからと侍女さんたちに言われ、準備をした。
かなりお世話されているのは気のせいではない。初めてここへ来た時は危うく身体を洗われそうになり、大変だった。
赤の他人に身体を見られるのは頑固拒否した。むろん親しい人にも見せたくはないが……。
という訳で支度をしてお風呂に向かえば、侍女たちが居て立ちくらみがおきる。今夜も身体の洗濯攻防戦だ。
飛翔の面倒を見ればいいものを、彼女たちは嫌がっているらしい。はは、ざまーみやがれ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、起きたらそこにはストーカーがいました。いや、兄馬鹿姪馬鹿のだけど。
「やっと起きたか、若葉」
「…………なんでいるかなー?」
「ふん、そんなことよりもお前、昨夜事もあろうに、あああ兄上と秀麗の申し出を断ったな、なんて生意気な小娘だ」
「…………」
やっぱり影がいたのか。こうも筒抜け、見張られ生活だとやってらんないだろうな……。
邵可様、静蘭は知っているだろうけど、年頃の秀麗にとってはかなり、嫌だろうに。まあ、知らぬが仏だ。……意味合ってるかな?
「……泊まるのは遠慮したでしょ、あんまりストーカーし過ぎていると秀麗に嫌われるよ」
「なっ!? しゅ、しゅしゅしゅ秀麗に嫌われるっ!? ななななんでだっ!?」
『秀麗』に『嫌われる』と言っただけで、このどもり様、笑える。ただし、目の前で見るのではなく、傍目から見ていたいものだ。
「……そんなの普通に考えれば────あー、なんでもない」
彼らには『普通』という枠組みがないことを思い出し、若葉は面倒臭そうに手を振った。
「なんだっ! どうやったら秀麗に嫌われないんだっ!?」
「(……知ったことか、)」
若葉は嘆息するしかない。というか本当になぜここにいるんだ?さっさと仕事行きやがれ、着替えも出来やしない。
「天才なんでしょ? 自分で考えなさいよ。つか、着替えるから出ていけ」
「ふん、誰もお前の着替えを見たりはしない。そんなことより秀麗に嫌われない方法を教えろ」
「…………」
はい、見事に話が通じません。若葉はため息をついて立ち上がると服を持ち、出ていこうとする。
「待て、若葉」
「……だーっ! うっさい! 自分で考えない人なんて秀麗は嫌いだろうね!」
「なっ…!?」
なーんて知らないけどさ、なんて思いながら黎深を見ればショックを受けている。本当に訳がわからん。
すたすたと服を持って部屋から出れば、部屋の前に迷子がいた……。昨日から厄日かなんかか?いやこの世界に来た時から毎日が厄日だ。
「「…………」」
しばし、見つめ合い、ハッとしたのか絳攸は訊いてきた。
「れ、黎深様は?」
「中にいるよ、絳攸さん。なんとかしてよね、着替えも出来ないじゃないか」
「お、俺に文句を言うな……」
「いや、君ら義親子ならなんとかしてよ……あ、幽霊退治頑張ってね〜」
「は? 何を言っている」
「んー、その内分かるよ。主上付きになったんでしょ?」
「あ、ああ……それと幽霊がどうっ……」
若葉はこれから起こる事は大体知っている。だが、当たり障りのないアドバイスだけをした。
秀麗に会ったが、まだあの狸じじいは来ていない。だが、絳攸は主上付きになったのであれば、『幽霊退治』の話があったはず。
「あと、饅頭はひらべったくないからね」
ひらひらと手を振りながらわからないことを言う、管工部尚書の養い子に絳攸は小首を捻る。
まあ、だが、彼女の言った事を覚えておこうと思ったのだった。
なぜなら、彼女は『異世界』から来た。『俺達』を知る者だからだ。初めて会った時に、自己紹介すらしていないのにズバズバと経歴を言い当てられた。
しかも自分だけではなく、養い親である黎深も一緒に同伴した黄尚書も、管尚書もだ。彼らしか知らない国試の時の話や、おにぎりで喧嘩した話も聞いた。
その時の絳攸は(当時の)自分が提案した事であったのだが、意味が解らずにいた。
初めは信じられなかったが、彼女が持っていた『携帯デンワ』とやらを見せられた時は、妖しに操られているのかと思ったくらいだ。
完全には信用する気はないが、多少は信じてもいいと思ったのだった。
「絳攸、若葉はどこに行った?」
そんなことを思いながら若葉が歩いて行った方を見ていると、黎深から声をかけられる。
「着替えに行きましたよ」
「生意気な小娘だ! いくぞ、絳攸」
「……はぁ…」
絳攸は黎深の後を追い掛けたのだった。
その頃の若葉は、飛翔に果てしなく文句を言っていたのだった。
「勝手に乙女の部屋に黎深を通すんじゃねぇぇぇ〜っ!」
「誰が乙女だっ! っつか、いつまで寝てる気だ、てめぇはっ!!」
ギャーギャーと義親子喧嘩が勃発したのだった。
ちなみに若葉がやって来てからは日々恒例であった。
To be Continued
なんか、飛翔、黎深、奇人、絳攸、あときっと欧陽侍郎は若葉が異世界から来た事を知ってる模様……。