04

緑風の迯水

内心、絶叫をしながら、ボウフラ将軍こと、藍 楸瑛と目が合ってしまった。が直ぐさまに目を逸らす。

(……か、関わってはいけない……ふ、普通に、普通にしていれば……)

この場を雑用少年として乗り切ればいいのだ。そうだ、普通に──。だか、意識した普通ほど普通でないことに、焦っている若葉は気がつかない。
慌てて、教えられた上官に対する礼をとり、やや低い声を作って答えたのだった。

「は、白大将軍、黒大将軍に命じられ、官舎の清掃をしておりました」

顔を上げなくて済むというのは、この場合なんて便利なのだろうと思いながら、上からの視線を感じる。
なんか、値踏みされているのか、不審がられているのか、じーっと刺さる視線が痛い。
だが、なんだか顔を見せてしまえば、何となく……いや、90%くらいの確率で女と嗅ぎ付けられそうだ。

「……ふーん、それは大変だったね。顔、上げて構わないよ?」

「い、いえっ! そんな訳には」

「おい、楸瑛。何をしているんだ、早く府庫に行ってだな──誰だ?」

聞こえてきた声に眉を潜めた。この声、もしかして……。

「ああ、絳攸。大将軍たちに清掃を命じられたそうだよ。えーっと名前は?」

やはり、絳攸か、と思いながら名前を訊かれた若葉は冷や汗が流れる。
いやだ、名乗りたくないし、顔を合わせたくない。
どうしよう、どうしようと考えていると横から声が掛かった。

「おぅ、ここにいたのか、葉流。楸瑛じゃねーか、主上付きになったからってサボってんじゃねーぞ」

俯いたまま横を見れば、白大将軍と黒大将軍がいた。
ナイスタイミング!とばりに若葉は、そのまま口を開いた。

「わ、私、これを片付けて参りますので、失礼致します」

下げていた頭をそのままに若葉は逃げるように、その場から去ろうとしたが、台車から瓶が転がった。
やばい。と思い、慌てて拾おうとすればあの迷子の足元へと転がっていく。
わたわたとそれを追い掛けたが、僅差で絳攸がそれを拾い上げてしまう。

「ほら」

「あ、ありがとうございます」

ちらり、と顔を見上げれば目が合ってしまった。
一瞬、眉を潜めたかと思えば

「お、お前っ、わっ──」

咄嗟にその空の酒瓶を絳攸の口に突っ込んでしまった。

「ああっ! 申し訳ございません、手が滑ってしまいました…………ここで私の名を出すなっ!」

謝りながらも、後半は絳攸だけに聞こえるよう小さな声で呟いた。
絳攸はといえば、複雑そうな顔をしたのち、頷いた。

「……き、気をつけるんだぞ」

「はい、申し訳ございませんでした。それでは失礼いたしますっ!」

そういうなり若葉は物凄い勢いで、ガラガラと台車を押して行ってしまったのだった。
その姿を若葉を知らない楸瑛だけがポカンと眺めており、両大将軍は笑い(白大将軍のみ)、絳攸は聞きたいことがあった!と若葉を見ていたのだった。
ガラガラ、いやガチャガチャと音を鳴らしながら、若葉はゴミ棄場に来ていた。
ガチャガチャと地面にそれらを置き、ダンっ!と樽を踏み付けた。

「〜〜〜〜くっそ〜〜、あんの親父ぃぃっ!」

こんな目に合うのもあの飛翔がOK出すからだ!大体、女官吏に反対するんであれば、なんで私を此処で働かせるんだっ!!
腹がたち、そのまま地面をダン!ダンっ!と蹴る。

「ムカつくムカつくムカつく〜〜っ!!」

その姿を見ている一人の青年がいた。なにやら訝しがりながら、地団駄を踏む侍僮らしき少年を眺めていた。

(……邪魔だな)

早くどこかへ行け。と思いながら、眺めているとダンッ!と地を蹴り終わったらしく、はぁ、はぁと肩で息をしている。一通り終わったらしく、くるりとこちらを向いた。

青年──シ 静蘭は休憩の時間を廃材置場に来たのは彼が仕える邸の補修に必要な物があるからだが、今は目の前の人物に小首を傾げるしかなかった。
なぜだか知らないが、こちらを見てギョッとしたかと思えば、いきなり俯いたのである。
静蘭はますます訝る他なかった。初対面であろう侍僮にそんな態度を取られる覚えはないはずだ……たぶん。

一方、俯いてしまった若葉は泣きたくなった。

(な、ななななんで、ここに静蘭がいるのよ、米蔵門番のはずよねっ!?)

と、ふと、思った。おもむろに後ろを振り返る。自分が持って来た酒瓶や樽がある他に廃材やらがある。

(…………ま、まさか、ここからなんか持ち帰って屋敷の修理してるのかしらっ!? か、瓦あるし……)

まさにそれはドンピシャであった。
こうなってはここにいては余計マズイと若葉は思い、振り返って台車に手をかけると一気にガラガラガラ、と走ったのだった。
静蘭はいきなりの事にただ驚き、その後ろ姿を見てなにやら既視感を覚えたが、とりあえずは仕える邸の為に使える物を選んだのであった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


行きとは別の焦りで空の台車をガラガラと押し、再び若葉は羽林軍の官舎に戻って来た。
どうやらあのボウフラ将軍はいないらしい。ホッとして台車を片付ければポンッと肩を叩かれた。

「ぅわぁぁぁ〜っ!」

「なんだ、どうした?」

振り返れば、そこには白大将軍と黒大将軍がいた。

「お、驚かさないで下さいよ! びっくりするじゃない」

「そんなにビビることかよ」

「……まあ、ちょっと、色々ありまして……うん」

「何言ってんだァ? んなことよりすげー片付けたんだな、床があるなんて珍しいぜ」

ぐりぐりと頭を撫でられるが、白大将軍の言葉に顔を引き攣らせた。

(今、床があるっていった……? どんだけ散らかってるのが当たり前なんだよ!?)

「……どうかしたのか?」

「い、いえなんでもないですよー」

ひらひらと手を振り、若葉は苦笑した。まさか、某腹黒元公子が城から瓦などを掻っ払っていた、なーんて言えるはずがない。

「そうか? 今日はもう終わりにしていいぞ。明日もまた頼むな」

「……明日もですかぁ…」

今日だけでかなりの快挙だと思うのだが……。

「なんだ? 嫌なのか?」

「だって、綺麗になったし、暫くは大丈夫じゃないんですか?」

「もって一日だろうからよ」

「…………一日って…二日は保たせて下さいよ」

「まぁ、やってみるぜ」

あてにならないと、がっくりとうなだれるしかない。そういや、飛翔でさえ綺麗に片付けた部屋をほんの数刻で散らかすのだ。
男だらけの羽林軍では一刻もつか……いやもたないか……。

「………………分かった…」

泣きそうになるのを我慢しながら呟くと大きい手がぐりぐりと頭を撫でる。

「……黒大将軍…」

「すまんな。助かる」

「……いえ…」

くそ、そんな風に言われると照れてしまうじゃないか。

「そぉいや、おめぇ、楸瑛の事知っているのか?」

「ん? ああ、噂だけ。ボウフラ将軍ってね。近付いたらなんか女だってバレそうだから焦ったよ」

「ボウ……ってすげぇあだ名だな。あぁ、確かにアイツなら気付きそうだな……」

じーっと若葉を眺め白大将軍は呟いた。
今は男の恰好をしているが、顔は整っているし立派な「美少年」に見える。
きちんと女の恰好をして、大人しく座っていれば深窓の姫君に見えなくはない。黙ってさえいれば。

「なに? じろじろ人の顔見て。何も出ないわよ」

「まあ、気をつけるこった」

「うん? あ、じゃあまた明日来ますね」

「おう、また頼むな」

「はーい」

そう言って、一応礼をしたのち若葉は手を振って彼らから離れたのであった。
軒置場で飛翔の軒へ行くと、馭者が待っていた。歩いてくる若葉の姿にホッとしたらしく、笑顔で迎えてくれた。

「お疲れ様です。若葉様」

「うん、ずっごい疲れた〜〜。あっ、一応此処では『葉流』って名前だから!」

「そうでした、申し訳ございません。葉流様」

「いいよ、別に。飛翔はまだ?」

軒に乗り込みながら訊くと馭者は頷いた。

「でも、もうすぐいらっしゃると思いますよ」

「そう? あ、はい。お疲れ様」

「は? え?」

キョトンとする馭者に若葉は飴を渡した。ひそかに黒大将軍がくれたのだ。

「ただ待ってるのも疲れるでしょ?」

「いえ、大丈夫です。寧ろ葉流様が召し上がって下さい」

「私のはあるから大丈夫だよ」

ニッと笑うと何も言えなくなったのか、苦笑しながら「ありがとうございます」と言って口へ入れた。

「美味しいです」

「そうだね」

ほのぼの会話をしながら、飛翔を待ったのだった。
やがて、喧嘩をしながらも仲良くやって来た工部尚書と工部侍郎に若葉は呆れてしまった。
そして、欧陽 玉は若葉を見るなり「なんです、その恰好は!」と言った。

「え、飛翔のお下がりだけど?」

「この、トリ頭のっ!? 若葉、今からでも遅くはありません、家を出る事を奨めますよ」

「いや、でも……」

何処に行けば?と思うと、ついと顎を上げられた。

「せっかくまともな顔が勿体ない」

なんだそりゃ?と若葉はため息は吐いた。というか会って言う事がそれかい。とうなだれる。
欧陽侍郎も女人官吏反対派じゃなかったか?私がここにいることに疑問もたないのか?

「全く、若葉を宮城に連れてくるなんて本当にトリ頭ですね」

「うるせーな、面白ければなんだっていいじゃねぇか、陽玉」

「玉です。この酔いどれ尚書。しかも羽林軍にだなんて危険極まりない」

なるほど、欧陽侍郎は彼なりに心配しているらしい。

「ありがとう、欧陽侍郎。なんとか大丈夫だよ。それに飛翔には後でしこたま文句言うから」

「……若葉、あなたは女性なんですからもう少し言葉に気をつけなさい」

ぴしゃりと言われ肩を竦めて若葉は謝ったのだった。
その後、帰宅した飛翔邸では恒例となってしまった義父義娘の激しい口論が始まったのだった。

「アンタのせいで、会いたくない奴らに会ったわよーっっ!!」

それは言うまでもなく藍 楸瑛と、一瞬だったが、シ 静蘭のことであった。



To be Continued


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