05

緑風の迯水

昨日の今日である。
白大将軍も努力する、みたいなことを言っていたし、なにより下っ端の下っ端──武官にもなっていない新人くんの従卒の少年がいるのだから──せめて、1日くらいは……!
そう思っていたのに……昨日、なんとか片付けたはずの室が酒樽に埋まってました。

「…………」

「おぅ、葉流。今日も頼むぜ」

朝だし、挨拶に行った白大将軍にそう言われ、葉流こと若葉はぷるぷると震えた。

「ん? どうしたんだ、おめぇ? なんかあったのか?」

「…………これは……いったい…」

「アァン?」

ぐわしっ!という勢いで若葉は白大将軍の服を掴んだ。気分的には胸倉を掴みたいが、届かない。

「なっっっっんで、昨日片付けたはずなのに、こんなんなってんですかーっ!?」

「ああ、そりゃあ、酒盛りしたからよぉ」

「二日位もつって言ったよね!?」

「もたなかったな」

平然という白大将軍に若葉は泣きたくなった……。
今日は、シーツ類とかを片付けようと考えていたのに、これでは無理っぽい。
ならば、放っておけばよいのに散らかっているのは自分が許せない。
まだほんの少しなら見逃せるが、こうもだと、無理だ。
が、先にこっちをやってしまうと、シーツ……敷布などが乾かなくなる。もう後回しだ。

「おい、どうした? 葉流、腹でも痛ぇのか?」

「…………後回しする」

「アァ?」

「洗濯、してくる」

くるっと方向転換すると、若葉はすたすたと歩いていってしまった。

「……なんだァ、ありゃ?」

ボリボリと頭を掻きながら、白大将軍は稽古場へ向かったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


若葉は本日は敷布を取り出して、またしてもザッシュ、ザッシュと竹炭石鹸で洗濯していた。

「あーっ! 洗濯機欲しいーっ!!」

年頃の娘が望む物ではないが、今の彼女には切実な願いだった。
なんだってこんなに汚れているのか、知りたいようで知りたくない……。
普通なら抵抗があるが、現代でも男兄弟に挟まれていた為に、ショックを受けることはあまりない。
盥に水を張ると泡のついた敷布を入れ、濯ぎ洗いをした。
絞ろうとして、ハッとした。流石にこれを一人で絞る事は出来ない。

「うわ、どうしよ」

びちゃびちゃのシーツを持ち、どうしたものかと考える。
下っ端の下っ端くんは雑用とかで、武器の手入れをしているし……昨日は皐武官が手伝ってくれたんだよな。
さすがに昨日一日、稽古をしなかったから今日は猛鍛練だろう。
仕方ない、と思い若葉は端を持って地道に絞ることを決めた。

「……何をしているのだ?」

ぎゅむ、ぎゅむと絞っていると、不意に声をかけられ顔を上げた。そして、若葉は急いで俯いた。

(なっ……ななななんっで、こんな所に劉輝がいるのよっ!?)

そう目の前には、この物語の国の王であり、主人公・秀麗に猛烈片思いするの紫 劉輝が立っていた。

「……えっ、あの……」

「そなたは誰だ? うぉっ!?」

ガンッ!

なんと答えたらいいのか……呆然としてしまう。
本当に、なんだってこんな羽林軍の官舎に国王が足を向けるのか。と、考えてハッとする。そうだ、この人『国王』なんだっけ。そして、現在の私は羽林軍の掃除人。
ヤバイ、と思った時には遅かった。だって、せっかく洗った敷布を寄りにもよって蹴っ飛ばしたのよ。まあ、躓いたというべきだけど。

「ちょっ、何すんのよーっ!!」

「えっ、余、いや私は躓いただけ……」

「だからって、なんでよりにもよって水溜まりに落とすのよーっ! うわーん、洗い直しだわー!!」

慌てて落ちた洗い物を拾うも、じんわりと泥水を吸い取っていた。
ううっ、泣きそうだ。これさえ絞れば、後は干すだけだったのに。そうTVCMのように空一面に。

「す、すまぬ! わざとでは…」

見ればオロオロとしている劉輝がいた。
やばい、なんか本当に犬みたいだし……なんか可愛いな……。
わたわたしながら、しかもキョロキョロしているから余計面白い。

「……っく……アハハハハっ」

「ど、どうしたのだ!?」

思わず、可笑しくて笑ってしまった。

「ご、ごめんっ! だって、なんか可笑しくって……」

「……可笑しい、とは酷いのだ…」

「挙動不審なんだも…………あ、」

──しまった。
いくらなんでもマズイだろ。
若葉は冷や汗をだらだらかいた。彼は(ああみえて)国王、自分はしがない一般ピーポー。ついでに異世界人。
普通なら、不敬罪。打ち首、張り付け……嫌だ。
やっべぇ、劉輝だからと安堵しちゃったけど、さすがにマズイよね。
今度はピシッと固まった少年に劉輝は小首を傾げる。
さっきまで笑っていたのに、なんだ?

「どうかしたのか?」

「い、いえ……あの、申し訳ございません!!」

「な、なにがだ?」

「自分は侍僮という立場なのに、笑ってしまうなんて」

とりあえず、王とは気付かない振りをしよう。うん、そうしよう。

「い、いや気にするな。こっちこそ洗濯物を台なしにしてしまってすまなかったのだ」

「もう一度洗いますので、気になさらないで下さい」

幸い汚れたのは一枚。なんとかなる。つい怒鳴ったのはまずかったとこちらも反省。

「…………」

「…………」

なんだか劉輝が思案しているのか、やや無表情で黙っている。
なるほど、これから秀麗に出会って、感情豊か……というかおかしな方向へいくのか。
そんな失礼なことを思いながら、若葉も黙っていると、とんでもないことを言い出した。

「よ……私も手伝おう」

「…………は?」

「いや、洗い直す洗濯物を私も一緒にやろう」

至極真面目な顔で宣言され、若葉は目が点になる。
何を言い出すんだ、この昏殿は。

「……いえ、そんな訳には……えーっと…」

「気にしなくていいのだ。余いや、私の名前は…………」

とりあえず知らない振りをしてみたら、偽名を使う気なのか考えてるらしい。

「…………」

「えーっと……ら、藍…あ、いや」

まさか藍 楸瑛と名乗る気だったのか?
そしたら阿呆だ。ここは羽林軍の官舎裏だぜ?
気付いたのか、また考えている。

「わ、私の名は李 絳攸だ」

(────馬鹿だ)

この人、本当に馬鹿殿だ。

「…………李 絳攸様、ですか。私は管 葉流と申します。羽林軍の掃除夫をしております」

「葉流か……かっこいい名だな……しかし、そなたには似合……いや! なんでもないのだ!」

ちら、と見ると劉輝は慌てていた。
まあ、似合ってたまるか! そんなヤクザちっくな飛翔の通り名なんてさ。

「気にしないでください。自分でも分かってますから」

すたすたと歩いて洗い場まで行くと、トコトコと付いてくる。
はあ、と若葉はため息をつくと盥に水を汲み、汚れた敷布を浸ける。また石鹸で洗い、軽く濯ぐ。
そんなに汚れた訳ではないので、簡単に落ちた。
その間も何気に劉輝は隣にいた。ちなみにかなり邪魔だったのは言うまでもない。
そして──。

「はい、端っこ持って」

「えっ? う、うむ……」

敷布の片方を持たせ、絞るのを手伝ってもらう。
ただいるだけなら、邪魔なんだし手伝って貰おうじゃないか。

「そのまま持ってて下さい」

そう言って若葉は敷布を捻って絞ると、地面に水が落ちる。
やはり一人で絞るよりは楽だ。
ギューッと水滴で出なくなったのでそのまま広げた。

「ありがとうございました。これで終わりです」

劉輝が持っている端っこを合わせ、小さく畳むと若葉は一応礼をした。

「……そうか…」

「はい。……それじゃ、私はこれを干してきますので」

もう用はないとばかりに礼をして去った……つもりがまた付いて来た。

「……あ、の……何か…?」

「手伝いをするのだ。葉流、それが終わったら一緒にお茶にせぬか?」

「……は?」

「葉流と話してみたいのだ」

「……はあぁぁぁ!?」

思わず、声を張り上げたのだった。
やめてくれ、これ以上は関わりたくないのに!!

「あ、こほん。申し訳ないですがまだやることがありますので」

「終わるまで待つから大丈夫なのだ」

何が大丈夫なんだーっ!?と若葉は目眩を起こしそうになった。
いいから、仕事しろよ、仕事!

「い、いえ! 私のことより『李 絳攸』様こそ仕事はよろしいのですか!?」

「うっ! で、ではまた会えるか? その時話をするのだ」

「えっ?『葉流〜〜』」

断ろうとしたが、白大将軍の呼ぶ声が聞こえると劉輝は慌ててその場からいなくなったのだった。

「約束なのだ、葉流」

「ちょっ」

もう姿は見えなくなっていた。

「なっ、人の話は最後まで聞きやがれ〜〜っ!!」

若葉の叫び声が官舎裏に響いたのだった。




To be Continued?


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