第一話
「…………」
「…………」
室内が静か過ぎて、彼女はただビクビクと震えていた。まだ熱があるのかと思いながらも手を伸ばせば身体を震わせている。
悠舜が「大丈夫ですよ」と優しく諭し、ようやく額に触れる事が出来た。
人をやって呼んでいた柴凛も着替えを持ち、城とへやって来た。
「客人の容態はどうかな?目を覚ましたと言付けを承けたまわったが」
「凛姫、いつも申し訳ありません」
「気にしないでくれ。おや、本当に目を覚ましたようだね」
「あ、あの……」
「ん?どうしたんだい?」
話は聞いているだろう、柴凛は彼女へ寄り目線を合わせた。
「こ、ここは……?」
「ここは琥漣城だよ」
「……こ、れん城……?」
少女とも女性とも曖昧な彼女は首を傾げた。
耳慣れないのだろうか?
まさか、ここは茶州州都であり、州牧がいる琥漣城だ。茶州の者が分からない訳がない。
しかし、彼女は布団を握り、落ち着かない様子だ。
柴凛は入口付近にいる燕青と悠舜を見た。
悠舜が頷いたのを見て、もう一度彼女に振り返る。
「……聞いてもいいだろうか…」
「は、はい」
「君の名前を教えてくれないだろうか?」
「私の、名前……」
繰り返された言葉に柴凛も悠舜も燕青も彼女を見つめる。だが……彼女は目をキョロキョロ動かし、頭を押さえた。
「……名前……私の……名前、は……」
熱のせいか、彼女の眸が潤むのが分かった。
駄目だ、と判断した柴凛は彼女の頭を撫でた。
「……すまない。考えなくていいよ」
「で、でも……私……」
「気にしなくていいよ。今日はまだゆっくり寝ていた方がいい」
「そうですね、熱もまだあるようですし」
「そうだな、まだ寝てろって。な」
次々と紡がれる言葉に彼女もオドオドしながらも頷いた。それを見た柴凛は彼女を横へと寝かせた。
「今はゆっくり眠ることだよ。後で飲み物を持ってこさせるから」
最後に頭をもうひと撫ですると彼女は戸惑いながらも「はい」と答えた。
それに柴凛は頷いて、室から燕青と悠舜を連れて出ていったのであった。
◇◇◇◇◇
違う室へと移動した彼らは、やはり彼女の記憶がない事に頭を悩ませていた。
「名前も分からない、ここがどこかも分からないか。調べるのが大変そうだ」
「そうですね。ただ手掛かりがあるとすれば身につけていたものですが……」
「彼女が着ていた衣だが、かなりの物です。全商連でもあれを扱う相手となると茶家くらいでしょうか…」
「茶家のお姫様、って事か?」
「茶家の姫君は春姫殿ぐらいだろう。他にはいないだろうし。いや、姫でないのならいそうだが」
分家でもないだろう。と三人とも同じ答えを出した。
「そうか……」
ぼりぼりと燕青は頭を掻いた。
茶家ではない。しかし、柴凛が未だかつて見たことはない姫はあまりいないはずだ。
「そうそう彼女は小指に指環を嵌めていたが、調べたらあまり見たことはない玉だった。あと指環に何か彫られていたな」
柴凛は調べておいた指環を取りだし、悠舜へと渡した。
「見たことはない玉、ですか」
「ええ。ただ色が気になりましたね。紫色は──」
王家の色──。
それに悠舜も柴凛も黙ってしまった。
この国には公主はいないはずだ。
それとも隠されていたのだろうか?
「とりあえず、その指環を嬢ちゃんに渡してみたらいんじゃね? 何か思い出すかもしれねーじゃん」
「……そうですね」
「ああ、そうだな」
燕青の言葉に悠舜も柴凛も頷くしかなかった。
「それはそうと燕青、仕事溜まってますから頑張って下さいね」
「えぇ〜」
「えぇ〜じゃありません」
「……ああ、分かってる」
嫌になりながらも燕青は頭を掻いていると、目線を扉へと向けた。どうしたのかと悠舜も目を向けるとバタバタと足音が響いていた。
「浪州牧!鄭補佐!た、大変ですっ!!」
バタンと大きな音を響かせ、官吏が室へと入ってきた。手には黒塗の書簡がある。
「どうしました、慌ただし「き、貴陽の茶太保が急死との知らせがっ……」」
「鴛洵じーちゃんがっ!?」
「なんですって!?」
「確かなのですか?!」
「は、はいっ!こちらを!」
受け取った書簡には確かに茶太保の死亡が書かれていた。
悠舜はすぐに人をやり、茶家に確認とあちこちへと手を回す。
聞いていた柴凛も大急ぎで全商連へと戻っていった。
騒がしくなった城の中で、少女はただ呟いた。
「…………さ、たいほ……?」
聞いたことがあるような、ないようなそんな気がしていた。
To be Continued