変わらないもの

っポイ!

彼氏と別れてから数日、私の日常はさほど代り映えしていなかった。
中3になってから、あまり会わなくなっていたのもあったせいかもしれないけど、こんなもんなのかな…とため息をついた。
制服も夏服に変わり、もうすぐ部活も引退の時期にも関わらず、最近の女子たちの噂は「日下万里がバスケ部に入部」したという話。

「道徳のアンケートって、明日までだっけ?」

抱きついてきたククルに遥は笑いながら、肩に置かれた腕を外した。

「そうだよ。ククル、ちょっと重い」

「ひどいわっ、遥ったらうら若き乙女に重いだなんてっ!」

グスンと泣き真似をしてククルはニッケに抱きついた。

「許してやれ、ククル。遥は彼氏にしか抱きつかれたくないんだよ」

「ひどいっ、私の事は遊びだったのねっ!」

なんだか分からない小芝居が入り、遥は苦笑した。
そういえば、報告することでもないかな、と思って言ってなかった。と口に出した。

「あ、のさ、」

手を上げると、ククルとニッケ、そして真とヒナがこちらを向いた。

「どうした、遥」

「ん、わざわざ言う事でもなかったんだけど……彼氏と別れたから」

「「「いつっ!?」」」

みんな揃って聞いてくるのに、遥はやや身を退いて答えた。

「んー、と…先月、かな」

「どうして?」

「まあ、色々あって。聞かないで欲しいな〜って」

両手を合わせ、親指を重ねて、えへへと笑うと、ポンと真に肩を叩かれた。

「無理に言うことはないぞ」

「ありがと、真」

「……つ、つらかった…?」

ギュッと両手を合わせながら聞いてくるヒナは、ウルウルと瞳を潤ませていた。
そういえば、ヒナは最近顔を上げるようになったし、赤面症もなくなってきたような気がする。

「平気。多分、もうダメだったのかもしれないしね。だから、大丈夫だよ」

微笑すると、その微笑に真たちはドキッとした。ほんの少し大人っぽい表情をしている。

「どしたの? みんな?」

キョトンと首を傾げるも、みんな「なんでもない」と答えた。
どうしたんだろう、と思っていると廊下から声をかけられる。

「小早川〜、ちょっといいか?」

「二下センセだ、何かしたの? 遥」

「失礼ね、何もしてないよ。はーい」

カタン、と椅子を立つと遥は二下先生の所へ向かった。
それを見送る真たちは意外にさっぱりした遥を見て、口を開いた。

「遥ちゃん、無理してないよね?」

「いつも通りだし、本当に吹っ切れてるみたいだな」

みんなはやや心配しながらも、少しホッとした。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


部活をやっていないのと、たまたま日直だという不運のせいで、二下先生に雑用を命じられてしまった。

「……つ、かれた…」

肩を叩きながら、校門まで歩いていくと部活動が終わったこの時間帯はやや人がいる。
別段、気にすることもなく家路にと進むと、前を歩いている見知った影を見つけた。
もう大分、学校から離れたし平気かな。と考えて、少し淋しくなった。

(……なんで、こんな風になったんだろ…)

学校では『幼なじみ』というのをばれないように過ごしている。
『友達』という訳じゃない、『クラスメイト』として接しているが。
本当はそれよりも親しいのに、それを自分で壊しておいて、話し掛けたりしたら迷惑だ、と思い上げかけた手を下ろした。

(……あの時、和兄にはお世話になったなぁ……)

怒る平ちゃんになんて説明したらいいのか分からず、和兄に相談したら『……説得してやるから…』と頭を撫でられた。
でも『嫌いになってやるなよ。アイツらも自分も』と言ってくれた。
嫌いになるんてなるはずはない。むしろ自分を嫌いになろうとしていたけど、和兄の言葉に戸惑った。

『アイツらだって遥を嫌いになったりしないさ』

そうだったら、嬉しいけど自分のする事で彼らを傷つけるなら嫌いになってくれた方がマシだと思った。
そして、やっぱり和兄の事を好きだと感じた。
全く見向きされなかったけど……と苦笑してしまう。
前を歩く幼なじみを見ながら、幼い頃よく『彼女』に嫉妬していたっけ、と思うと笑いが込み上げてくる。
クスッと笑ったのが聞こえたのか、くるりと振り向いた。

「あれ、遥じゃん」

もう家も近いせいか、名前で呼んでくる彼に遥は笑いながら近寄った。

「万ちゃんも今帰り? 平ちゃんは?」

「平は部活サボり。昭さんになんだか頼まれ事されたんだって。遥は?」

「私は二下先生に雑用押しつけられて……」

「お疲れさん」

「万ちゃんもね」

クスクスと笑うと、じっと見つめられた。

「? 何? なんか顔に付いてる?」

「ん、笑ってるな〜って思って。吹っ切れた?」

何のことを言っているのかが直ぐに分かり、遥は微苦笑した。
なんだかんだいって彼はとても優しい。

「あの時は──みっともないとこ見せちゃってごめんね。大丈夫、もう吹っ切れてるから…」

「連絡とかは、来なかったの?」

「来たよ。帰った後に。なんか今更だね」

「まぁねん、なんか聞きづらくてさ」

確かに連絡が着た事とかは話してなかった。
腹いせで作ったパンを届けたけれど、なんだか顔を見せられなかった。

「ごめんね、万ちゃんには恥ずかしいとこばっか見せて…」

「いいよ」

「え?」

「遥の恥ずかしいトコや情けないトコとか、全部見せてよ。俺は気にしないから」

じっと見つめてくる瞳にドキンとした。
いつの間にそんな目をするようになったんだろう。

「万ちゃん……?」

「なーんて、今更っしょ? 何年付き合ってんだよ」

ポカッと軽く頭をこづかれ、悪戯っぽくニヤリと口の端をあげて笑った。

「ば〜ん〜ちゃ〜ん〜? からかうのやめてよ! もうお菓子作ってもあげないから!」

プイッとそっぽむくと、くっくっと笑いながら「それは困る」と言って頭を撫でてきた。
その優しい手に、遥はクスッと笑いながら「冗談だよ」と言って、一歩前に出て答えた。
先に歩く遥を見ながら、万里は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

「……嘘じゃないんだけどね」

情けない姿も、みっともない姿も、笑う顔も泣く顔も全て受け入れる。だから、俺の前以外では誰にも見せないで。
君が誰よりも優しくて、寂しがりやなのは知っているから、だから俺を頼って欲しい。
それだけは決して変わることはない想い。

「何か言った?」

「んにゃ、なーんも」

「そう?」

「うん」

いつもの笑顔を見れて、万里も笑みを溢した。
やはり、遥には笑顔が似合う。
ずっと傍で見ていたい、大好きな笑顔。もう俺以外の誰のモノにならないで。──そう願いながら、家路へとついた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


万ちゃんと平ちゃんの家は隣同士。私の家は、二つの家のちょうど真ん中のお向かいさん。
万ちゃんに「また明日」と玄関に入れば、珍しく両親の靴と、姉の靴があった。

「珍しい……ただいま〜」

靴を脱いで、リビングに入れば大学で考古学を教えている父と母の姿、レストランでパティシエの仕事をしている姉──藍の姿があった。

「おかえり、遥ちゃん」

「「おかえり、遥」」

母を皮切りに、父と姉も返してくれた。

「ただいま、どうしたの? 珍しいね」

「ちょっとね。遥、着替えてきなさい。話があるから」

「……はーい」

なんだか重々しいような、でもそうでもないような雰囲気に、どこか不安になるのを押さえながら、部屋へと向かった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「アメリカーっ!?」

不安になりながら聞かされた話は、少々とんでもなかった。

「そうアメリカ。そこに恩師がいてね、一年間こちらで教鞭を取って欲しいと言われてね」

「一年間って……」

「それは分かったけど、私はともかく遥はどうするの? 連れて行くの? この子受験生じゃない」

「うん、それもあるからアメリカに行くのは母さんと私だけにしようかと思うんだ。環境も変わるし、私達も忙しくて遥に構えないだろうから」

「お姉ちゃんがいるし、大丈夫よね? もちろん、昭ちゃんと真里絵さんたちにも頼んで行くから」

「そりゃあ、大丈夫だけど。夜とか遅い日あるわよ、私だって」

「多分、大丈夫だよ。今までとそう変わらなさそうだし」

常にいない両親と、仕事で遅い姉。そう変わることはなさそうな予感。

「それでも保護者がいないとね。大丈夫ならいいけど……ごめんね、遥ちゃんには寂しい思いばっかりさせちゃって」

ギュッと抱き締めてくる母に遥は身を委ねた。
寂しいとは口にした事はないが、やはり暫く会えないのは寂しいかもしれない。

「別に二度と会えなくなる訳じゃないんだし、年末とかは帰ってくるんでしょ?」

「ああ、それはもちろん」

「じゃあ、大丈夫よ。私もなるべく早く帰れるようにするし、任せて!」

「頼んだよ、藍」

姉がウィンクをして話すと、父はホッとしたように肩に手を置いた。

「で、いつから行くの?」

「新学期は9月からだけど、住む場所や大学に慣れなきゃいけないから、荷物を纏めて、今月中には出発するよ」

カレンダーを見ながら、答える父に姉は「今月中ね、分かったわ」と答えた。
思いがけない姉との二人暮らしに、遥はやれやれと思った。
天野家のおばあちゃんが入院したのを知ったのは、翌日だった。



To be Continued


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