暖かい場所

っポイ!

「転勤の事は学校に連絡しておくわね」

「はーい、わかった」

朝、出掛ける時に言われ遥は母に頷いた。
まぁ、授業参観とか三者面談とか色々出れないし、後日学校に説明に行くとか言っていたからとりあえずなんだろうと思いながら、靴を履いた。

「じゃあ、行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

ガチャとドアを開けて、門扉を開くと「行ってきます」の声に振り向くと、天野家の長女、成ちゃんがいた。

「おはよう、成ちゃん」

「おはよう、遥ちゃん。早いね」

「そぉ? 普通だよ」

「だって平はまだ飯食ってるよ」

「……遅刻しないといいね」

バスまでの道を他愛もない会話をしながら、歩いていると成ちゃんがボソリと呟いた。

「ねぇ、遥ちゃん」

「ん?」

「平の奴、少し落ち込んでるから元気つけてやって」

「どうかしたの? 平ちゃん」

「昨日、ばあちゃんが入院したの」

「えっ、大丈夫なのっ!?」

「う、ん……じいちゃんが言うにはただの過労とかっていうんだけど…」

あの元気な治おばあちゃんが……。そんなことを考えながら、遥は成ちゃんの頭を撫でた。

「……なに、遥ちゃん」

「成ちゃんは優しいね。平ちゃんの心配してるなんて、成ちゃんだって、心配してるでしょう」

「そうだけど……なんか、平すごく落ち込んでるみたいだし…」

「うん、やっぱり成ちゃんはいい子だね。羨ましいな、平ちゃんめ、こんなに心配してくれる可愛い妹がいて。妹に心配かけるなんて兄失格だね」

パチンと片目をつぶると、照れたように顔を背けた成ちゃんは「私の方が背高いけどね」と呟いたのでブブッと二人で笑った。

「じゃあ、お菓子でも作ってあげようかな。あ、治おばあちゃんにも何かお見舞い作るから持っていってくれる?」

「私の分も忘れないでね」

「了解! あ、じゃあ、またね。成ちゃん」

バスから降りて、成ちゃんに手を振ってから遥は学校へと向かった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「いいか、アンケートは今日中に提出だぞ!」

教壇の上で、先日出された道徳のアンケートと別紙に家族についてを原稿用紙のことを二下先生が話していた。

「できないものは放課後居残り! いいな――っ!」

既に書き上げ提出した遥は、ふと平の方を見れば、なんだか元気がない。

(……出来てないのかな、それとも、治おばあちゃんが心配なのかな…)

ため息をついている幼なじみを見て、なんだか心配になってきた。
休み時間、カタンと席を立ちながらもシュンとしている平が心配になった。
幼なじみとして学校ではあまり接してはいないが、やはり元気がない平を見るのはこちらも辛い。
話し掛けようかな、と思えば、真が話し掛けていた。

「よおっ、チビ。何ショゲてるんだ?」

「あ…あ、相模か…あいかーらずでかいな…」

前にいることに気付かなかったのか、平は上を見上げていた。やはりいつもの覇気がない。

「おい、下ばっかり見てるとよけいに縮むぞ。せめて前向いて歩けばいいだろう?」

「あ…あ、そうだな…」

そんなことをボソリと言いながら、フラフラと教室から出て行ってしまった。

「どしたんだ、あいつは? 日下」

いつの間にいたのか真は後ろに立っていた万里に訊くが

「奴は今、孤高の虎なのさ」

変な返答をしていた。
孤高の虎ってなに、急に?と小首を傾げていると、隣にいた雛姫が心配そうに平が出ていった方を眺めていた。
その間にも真と万里の噛み合わないような会話が続いている。

「? 孤高の虎? 一度聞きたいと思ってたんだが、日下。お前とマトモに会話できる奴はいるのか?」

「相模、オレの喋ってるのがアラビア語や広東語に聞こえるかい? 耳、変だよ」

「??? 私は会話の受け答えの事を言っているんだぞ。何を言ってるんだ」

「だからあ、オレは日本語好きだしぃ、女の子超好きだしぃ、プレゼントも大OKでぇ、ついでに言えば、食い物がいいなぁ、なあんて…」

最早、我が幼なじみ殿であるが意味が分からなくなってきた。

(……大丈夫かな、万ちゃん…)

ジッと見ていると目が合い、パチンと片目をつぶってみせられたが、真に手をとられた。

「いくよ、ヒナ、遥。ほっとけ、あんなの」

「え…うん」

「あ、うん…」

万里から離れる時に雛姫がポツリと呟いた。

「天野くん」

「え?」

「何かあったのかしらね」

「さあ、トラの穴にでも入ったのかもな。なんせ孤高の虎だから」

(……治おばあちゃんのことが凄く心配なのかな……だけど…)

ジッと雛姫を見れば、なんとなくだが勘が働いた。
最近の雛姫はいつにも増して綺麗になったような気がする。
俯かなくなったし、前より真や私の後ろに隠れるということもなくなった。

(……一体、ダレのせい、なのかな…)

「遥ー?」

「んー、今行く」

教室の出入口で呼ぶ真に返事をして、遥は幼なじみに春が来たかな、などと思いながら移動した。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


学校から帰宅すると、珍しくお母さんがいた。

「あれ? どうしたの?」

「あら、お帰りなさい。荷造りと後は天野さんのおばあちゃんトコにお見舞いに行こうと思ってね」

「あ、知ってたの?」

「えぇ、昭ちゃんの所へ挨拶に行こうとしたらおばあちゃんの所へ行くって言っててね。遥も行く?」

「うん、せっかくだし」

「じゃあ、支度してらっしゃいな」

「はーい」

シュルとセーラーのリボンを解きながら、部屋に行き、着替えてから母と一緒に見舞いの品を持って病院に行った。

「おや、遥ちゃんじゃないかい」

「こんにちは、治おばあちゃん」

「久しぶりだねー、なんだか綺麗になって」

「ありがとうございます。あ、お見舞いにお団子作ったんです」

「おや、嬉しいねー」

治おばあちゃんと話しをしている間、お母さんは平ちゃんのお母さんに転勤の事を話していた。
それがどんなものだったのかはよく分からないが、後々ちょっと大変なことになるなんて思いもよらなかった。

「あ、こっちは成ちゃんたちの分だから、渡しておいて下さい」

「ふふ、ありがとう。遥ちゃん、忙しい時に」

平ちゃんのお母さんに違う包みを渡しておいた。

「いえ、大丈夫ですから。じゃあ治おばあちゃんもお大事に。おじいちゃんも団子よかったら食べて下さいね」

「はい、ありがとう」

「じゃあ、昭ちゃんこれから迷惑かけるかもしれないけど、よろしくお願いします」

「いいの、遥ちゃんも藍ちゃんもしっかりしてるから、大丈夫よ」

三人に挨拶をして、遥と母は病院から出た。
その後まさか慌ただしく、天野一家が勢揃いして、平ちゃんがとんだ勘違いしているとは思わずに。
帰宅してからは、数学の宿題を片付けてから両親の転勤の荷造りを手伝ったりして一日を終えた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おはよう」

「おはよう、遥。数学の問題してある? 今日、私当たるのよーっ!」

教室に入るなり、飛び付いてきた新竹に遥は苦笑した。

「うーん、でも私も数学苦手だし、いまいち不安なんだよね」

「おはよう、遥ちゃん、ニッケ」

「おはよう、ヒナ」

「あぁーっ! ヒナ、いい所にっ!! 今日の数学当たるから教えてぇぇ〜。よりにも寄って当たるヤツがさっぱり分からないのよぉぉ〜」

ちょうど登校して来た雛姫に新竹は縋るようにしがみついた。

「う、うんっ……分かったから、ニッケ……スカート引っ張らないで……」

必死にスカートがずれないように掴む雛姫に遥は苦笑してしまった。
そこへバタバタバタバタっと走ってくる足音に、クラスにいた皆は廊下へ注目した。
バンっ!と扉が開き、そこにいたのは息をきらせて辺りをキョロキョロとしている平の姿があった。
ばちっと目が会うと平はツカツカと近寄って来た。

「は「平、ちょっと待てって」」

見れば、これまた息をきらしながら追い掛けて来たのか、万里の姿があった。

「離せっ、万里!」

「いいからっ、約束しただろっ!」

「そんなこと、今はどうでもいいだろっ!」

そう言って万里を振り払うと、こちらに平が近寄って来た。
一体、どうしたんだろうか……なんて見ていると

「遥っ! 引っ越しするって本当なのかよっ!?」

「何言ってるの? 天野く「その呼び方止めろっていつも言ってんだろ! 遥っ!!」……」

今更何を、と思い遥は万里を見るが、肩を竦めているだけで止める気配がなかった。

「なんで天野くん、遥のこと呼び捨てなの?」

ボソリと聞こえたそれに遥は「さぁ」と答えようとしたが、あっさり万里が真実を告げた。

「それは俺と平、そして遥が幼なじみだからだよん」

「──っ、万ちゃ、日下くん!」

「もういいじゃん、遥。幼なじみ解禁しようよ」

「え、どういうこと? 遥」

聞いてくる友人に遥はどう誤魔化そうかと考えていると、ポンと肩に手を置かれた。

「大丈夫。このクラスの奴らは前みたいなことはしないって」

「っ、日下くん……」

「大丈夫だよ、遥」

ポンポン、と頭を撫でられた。
知っていたんだね、やっぱりと思いながら申し訳なくなった。

「……遥?」「遥ちゃん?」

伺う友人たちに、遥は戸惑いながら少し昔の話をした。いい思い出とは言えない、話を。
話し終えた時、スパンっ!とニッケやククル、真や桜井に叩かれた。雛姫は泣きそうになっている。

「言っておくが、そんな下らないことで私は遥を嫌ったりしないぞ」

「そうだよ。まぁ、羨ましいって言えば羨ましいけど」

「ククル!」

「分かってるって。でも遥を嫌ったりする訳ないじゃん」

「……みんな…」

クラスの女子を見渡せば、うんうんと頷いている。
しかし下らないって……それが原因でイジメを受けた私って……。

「私らは遥が天野くんや日下くんの幼なじみだからって、どうこうしないからね。安心してよ、ね、みんな」

桜井がそう言えば、みんながうんっ!と言ってくれた。

「よかったな、遥」

「今までよそよそしくしててごめんね!」

「いいよ、遥のこと分かってて助けてやれなくて、ごめん。ずっと気にしてたよ」

頭を撫でられていると、胸が暖かくなった。

「ところでさー、引っ越しするって本当なのかよっ!?」

「「「引っ越しっ!?」」」

平の言葉にまたざわざわと騒がしくなる。

「引っ越しって、誰が?」

「だから、遥が! おじさんとおばさんアメリカに行くって……」

「……それ、お父さんとお母さんだけだよ。私はお姉ちゃんいるし、受験あるから日本に残るよ」

勘違いしたんだね、と苦笑すると平はその場にしゃがみ込んだ。

「…………なんだよぉ、脅かすなよなー」

「ちゃんと伝わってなかったんだね。……ありがとう、“平ちゃん”」

「いつもの遥だあぁぁ」

ギュッと抱きついてくる平に、遥は心の中でありがとう、と呟いた。
思いがけず、ばれてしまったけどほんの少しホッとしたのは、やはり淋しかったからかもしれない。

「“万ちゃん”もありがとう」



To be Continued


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