重ねた手
「ヒナ、帰ろっか?」
真が今日は剣道部の日だから、帰り支度をして雛姫を誘うが、彼女はやや慌てたようにバックなどを漁っている。
「ヒナ〜? どうかしたの?」
「は、遥ちゃん……」
「どうしたの?」
「せ、」
「背?」
「生徒手帳がないの……さっきまであった筈なのに……どうしよう」
物凄く動揺しているのか、今にも泣きそうな雛姫の様子に遥は生徒手帳がそんなに重要かと小首を傾げた。
まあ、手帳は手帳で大事なものだろうけれど。
「さっきって、いつ?」
「
さっきまで雛姫も遥も掃除当番で体育館の観客席を掃除していた。
もしかしたらそこに落としたのかもしれない。ならば──。
「ほら、行こう」
「遥ちゃん…?」
「なんだか焦ってるみたいだし、探しに行こう。私も手伝うから」
「で、でも……」
躊躇する雛姫の手を取ると遥は苦笑しながら、「気にしない気にしない」と言って、そのまま体育館へと向かった。
「何か大事な物でも入れていたの?」
そう訊くな否や隣を歩く雛姫の顔が真っ赤になってしまった。
(あ〜、なるほど。さしずめ“好きな人の写真”ってトコか)
自分もやったことだから、なんだか簡単に分かってしまった。因みに今の遥の生徒手帳には好きな人はなく、家族4人で写したのが入っている。
両親は先日準備が整うと、学校と天野家と日下家に挨拶をして出発したのだ。
そんな事を考えている内に体育館に到着し、雛姫と一緒に探していく。
「は、遥ちゃん……あ、あの、見つけても、中身は、その、見ないでね」
真っ赤になって言い募る雛姫に、遥は苦笑しながらも「オッケー」と声をかけた。
体育館の観客席は意外にも人が多かった。
それというのも『日下 万里』の親衛隊がいるからだ。
キャーキャーと黄色い声をあげる人たちもいれば、『I LOVE 万里』と書かれた横断幕をかけて応援している人たちがいる。
試合をする訳でもないし、当の万ちゃんはまだいないのにご苦労様としか言いようがないが、今は雛姫の手帳を探さなくちゃね。
掃除する場所などを隈無く探すも、全くもって見つからない。
「遥ちゃん……あった…?」
「ううん……そっちは?」
聞き返せば、ふるふると首を横に振った。まあ、悲しげな顔をしていたから予想はしていたけど。
「もしかしたら、誰かが見つけて先生にとど『いい加減にしろ──っ!!』」
「「……」」
遮られ、下を見て見れば、花島田くんが平ちゃんと万ちゃんを怒鳴りつけ、なぜか平ちゃんだけが殴られている。
「……なにしてるんだろ…」
「さ、さぁ……」
そう言う雛姫の顔は赤いが、心配そうに平を見つめている。あちらは気づいてもいないが。
耳をすまさなければ聞こえない声音で「…大丈夫かな」という呟きは聞こえないことにした。
雛姫が困るだろうしね、とりあえず頭の中で(平ちゃんは石頭だから大丈夫だよ…)と呟いた。
そんな彼らは何かを語っていた。
『さあっ、全員気合い入れて行こーぜっ♪』
『何でそんな強い奴に試合しかるんだよーっ』
『るせー、ポジションにつけー、明日は特訓だー』
そんな会話を観客席から眺めながら、落ち込む雛姫の肩をポンッと叩いて、帰ることにした。
「ごめんね、時間潰しちゃって……」
「いいよ。気にしないで」
「……うん…」
俯いたままの雛姫に遥は困ったように微笑するしかなかった。
(……平ちゃんの写真なのかなぁ…)
家路に向かう途中で遥は見上げる夕焼けを眺めながらそんなことを思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、遥は藍の店にランチを食べに行った帰り道で、蹲っている人を見つけた。
(具合でも悪いのかな?)
近寄って見れば、腹を押さえ、鼻血を出している。一体なにが?
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「オレは…変態じゃない…変態じゃない…変態じゃない………」
声を掛けるがなにやらブツブツ言っている。大丈夫かな?
「……あのっ!」
「……へっ?」
「大丈夫ですか? お腹押さえてますけど、具合でも?……ついでに鼻血も…」
「……あ、いや……大丈夫…です」
「そう。ならいいのですが…」
しゃがみこんでいたのを立ち上がって、よかったと笑えば、その人は真っ赤になって直立した。
「あああありがとう!」
「ううん、じゃ」
手を振って行こうとすれば、左手を取られた。
「? あの、」
「オレは燕中の鷹丘 虎雄っ!」
「鷹丘くんね、私は二中の小早川 遥。あ、時間ないから、ごめんね」
もう一度手を振って、スーパーのタイムセールへと急いだ。
スーパーからの帰り道、見知った後ろ姿を見つけたが、遥は小首を傾げた。
(今日は部活じゃなかったっけ?)
昨日、花島田が騒いでいたような気がすると考えていれば、くるりと万里が振り向いた。
「遥…」
「え、遥?」
「やっほー」
パッと手をあげれば、わざわざこちらに向かって来た。
「遥も出掛けてたんだ」
「うん。お姉ちゃんトコのランチ食べに行ってたんだ」
「遥、荷物持つよ」
「え、ありがとう。万ちゃん。……ところで平ちゃん…」
「な、なんだよ…」
ジーッと平を見つめれば、彼は少したじろいでいる。
「その服は成ちゃんに着せられたの?」
「う、うん、分かるのか? 昼間も万里が聞いてきたけど、変?」
平の姿はおおよそ中学3年男子が着ることはないだろうと思う、可愛らしい服だった。
横を見れば、万里は腹を抱えて堪えるように笑っている。
「変ってことはないけど……そうだなぁ、強いていえばギュッとしたいかな」
「なっ、なに言ってんだよ!」
真っ赤になる辺りが可愛らしい…多分私より可愛いな。
それよりもずっと笑っている万里が気になり、遥は訊ねた。
「どうしたの、万ちゃん? そんなに笑って…」
「だって、遥……くくっ、聞いてくれよ。平ってば、今日…」
「わーっ! 余計なこと言うんじゃねぇ! くそ万里っ!」
「だって…あれは、ケッサク…」
二人はわぁわぁと騒いでいる。
万里の口を塞ごうと手を伸ばすが、それを簡単に遮られたりしていた。
戯れてる姿を見て、遥はクスクスと笑い、二人もなんだかおかしくなったのか、三人は笑いながら家路についた。
その時に、来週の日曜、バスケの試合があるから、応援に来てと言われたのはいうまでもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日曜だというのに制服を来て、学校の体育館に来て見れば結構な人がいた。
真や雛姫も来ていて、ギャラリーで一緒に試合が始まるのを待っていた。
二人と話していたら、大声が体育館に響いた。
『あ───っ! こっの、チカンヤロー! お前がオフェンスキングの鷹丘だったのか!?』
「チカン?」
声を上げたのは平ちゃんで周りはどあぁっと盛り上がる。
下を見てみれば平が相手チームの一人を指差していた。
(……あれっ?)
相手チームにいるのって、先週あった人じゃなかった?そういえば燕中だと言っていたのを遥は思い出した。
なにやら下で揉めている。
「チカンとはどういうことなんだろうな」
「う、うん…」
(…大方、平ちゃんを女だと思ってチカン行為した、とか?)
どうなんだろう、と思いながら試合は始まった。
ホイッスルが鳴り、試合が始まれば彼らが強いのが見ていた分かった。
無駄のない動きであっという間に点を取っていく。それでも万ちゃんがボールを取って、試合が動いていく。
(…………カッコいいな、万ちゃん)
久しぶりにバスケをする幼なじみの姿を見て、遥は微笑した。
だが流石市内一の学校だけあって、点差が開き、平ちゃんも試合に参加した。
6点差で後半戦が始まり、だんだんといい動きをする平ちゃん。
後ろの子たちが「やるじゃん」と言ってるのが聞こえた。ちっこいの、というのは聞かないふり。
『あんなコンビ、うちできたの?』
『だんだん動きよくなってんじゃん?』
『あと1ゴール! でももう時間がないよ!』
歓声と共に平ちゃんフリースローになった。
1点入れば1点差、2点取れば同点。
1本目が入る、あと1点。
「平ちゃん、頑張って!」
だがボールは逸れた。
走った万里がボールを再び、平にパスし、ディフェンスされながらも放ったボールはゴールへと入った。
それと共に、ホイッスルが鳴った。
「勝った!」
叫んだと同時に体育館に歓声が広かった。
隣をみれば雛姫が顔を赤くして泣いていて、真の呟きに頷いている。
「すっごい。かっこいい……」
「うん、かっこいいよね…」
大好きな幼なじみたちを見つめ、遥が呟くと、万里がこちらを向いて拳をあげた。
その笑顔に遥も笑顔になって、手を振った。
その表情を見た万里の胸底で動揺させてるとは思わずに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
試合終了後、ギャラリーは時間と共に減り、感動して帰っていった真と雛姫て別れてから遥は再び体育館へと行った。
外はいつの間にか雨が降っていて、2人が傘持って来ているのかなと思いつつ、扉を開けた。
「お疲れさま、2人とも」
「うおっ!」
「サンキュー、遥」
言葉と共に放った紙パックのジュースを受け取った2人に近づき、遥はもう一度「2人ともカッコよかったよ」と笑った。
「へへっ、ありがとな、遥。応援してくれただろ」
「聞こえたんだ。聞こえないと思ってたんだけど」
「オレも聞こえた。遥の声を聞き間違える訳ないだろ」
ポンと頭に手を置いて万里はそう言った。そして2人に聞こえない声音で呟いた。
「(オレだけに言ってくれたらもっと嬉しかったけどね…)」
「え、なに?」
見上げるように見つめてくる瞳に、誤魔化すように万里は遥の頭をくしゃくしゃにした。
「なっ! ひどい、万ちゃん!」
「酷いのは遥だよ」
「なんでよ、もう! ぐしゃぐしゃじゃない」
遥は万里から離れて、手櫛で髪を整えて先を歩く平の方へといった。
(平の時だけ、声出すんだもんな…)
それだけのことでヤキモチだなんて、カッコ悪くて言えやしないっての!
万里は頭をガシガシ掻いてから、体育館から出て行った遥と平を追い掛けた。
通路に出れば、平は先に部室に行っていたが遥が待っていた。
「万ちゃん、手を出して」
「手?」
「うん、手」
分からずに手を出せば、小さな手が重なる。
「やっぱり、手大きくなったね! 平ちゃんもだけど」
「…………遥の手が小さいんだよ」
「普通だよ、もう」
笑う君が眩しくて
「前は同じくらいだったのに!」
「平はともかく、いつの話だよ」
また髪をクシャリとして笑うしかなかった。
To be Continued