抱きしめて、離さない
ちょっとした仕事のミスで手に怪我をした。怪我をしたといっても日常生活をするに当たってはなんの問題もないのだが、フレイアは俺にキッチンに入るのは愚か、手伝いも不要と言ってきた。
結婚してから、まだ半年も経ってはないが家事──特に料理に関しては、調理師の資格もあるし、フレイアの食生活を考えると俺が飯を作ることに落ち着いた。
最初、フレイアも意地があったのかもしれないが俺的には嬉しそうに飯を食べる彼女の姿が見れるので何の苦もない。むしろフレイアの胃袋をしっかりと掴めて良いと思った。決してチャックが作った飯を「ゴリウマ〜!」と食べていたのを結婚前に見ていたからではない。
「ハヤテは手が治るまではキッチンに入っちゃあかんからね!」
ぐいっと顔を近づけてくるフレイアの眉は上がっていたが、それがまた可愛くてキスをしたくなって顔を近づけようとしたが、それが通じなかったのか、フレイアはあっさり顔を退いた。
「絶対入っちゃあかんからね!」
そう宣言するとキッチンへと入っていった。
フレイアの嫌がる事はしたくはないハヤテであるからか、気になりながらもリビングに移動して、手近にある雑誌を取った。
ソファに身を委ね、ミラージュが見たら「だらしない」と言われるだろうが、如何せん此処はハヤテとフレイアの家だ。
前にフレイアがミラージュを連れて来た事があった時、寝そべって挨拶したら「だらしない!」と眉を吊り上げていた。美人なだけで迫力があったな、などと考えていると、キッチンから鼻歌が聴こえてくる。
誰が、なんて考える意味もない。この心地好く、まるで空を飛んでしまいそうになる歌は、フレイアの歌だ。歌声を聴いているだけで、口端が上がるのが分かる。
ハヤテは堪らなくなり、キッチンへと近づいた。キッチンへ入ることは許されていないが、覗くなとは言われていない。だから良いよな。などと自分にいいように考えると、そーっとキッチンを覗きこんだ。
赤いりんごの形をしたエプロンを身につけ、ふんふんと鼻歌を歌っている。
つか、あんなエプロンあったっけ?なんて思いながらも彼女の手元を見てみる。
ステンレスの焼き型を持って、オーブンに入れている。どうやらお菓子でも作っていたようだ。
「美味しく焼けてな〜♪」
そんな可愛い事をいうフレイアにハヤテは顔を覆った。
(なんだよ、あれ!可愛すぎるだろっ!!)
壁に背中をつけ、ずりずりと腰を下ろす。
言う事も、仕草も、顔も、何もかも可愛すぎて堪らなくなる。
考えなくても、アイドルとして、しかも超時空ヴィーナス・ワルキューレとして活躍しているのだ。
銀河中にフレイアのファンがいるのだ。それが未発表とはいえ、自分の、ハヤテ・インメルマンの嫁なのである。可愛いに決まってる。
このまま此処にいれば、あまりの可愛さに至急寝室にかっさらいたい気分になるが、前にそれをしたらすごい怒られた。しかもワルキューレメンバーにも然り気無く諌められた。
「フレフレが可愛いのは分かるけど無茶はダメだよ、ハヤハヤ」
「フレイア ぐったり」
「ハヤテくん? あまり無理はさせないでね?」
「………ふふ」
最後の美雲が一番怖かったのは言うまでもない。
アラド隊長からも「若いのも分かるが程々にな」などと面白げに言われた。後は無視だ。
そんな事は置いといてと、ハヤテは再びキッチンを覗きこんだ。
オーブンに入れている間に洗い物をしているのか、ボールか何かを洗っている。
まだふんふんと歌を口遊むフレイアをハヤテは口端をあげて、見つめていた。
フレイアの一挙一動を眺めているだけで、ハヤテは自分は幸せを感じていた。
当たり前の反対は有り難い。フレイアがいるのは当たり前だと少し前は感じていた。だが、今は彼女が、自分の傍にいるのが有り難くて仕方がない。
気持ち良さそうに歌うフレイアの傍にそっと、近づいた。
「ほわぁっ!」
「ご機嫌だな、フレイア」
歌う事に夢中になっていたのか、後ろから抱きしめると大きな声を上げる彼女にハヤテは肩に顎を乗せて、顔を覗き込んだ。
「は、ハヤテ!んもぅ、入っちゃいけんって言ったのに」
「鼻歌歌って楽しそうにしてるから気になったんだよ。何作ってたんだ?」
ちらりとオーブンを見てみれば、匂ってくるものに予想はついている。
「あんね、チャックさんに簡単な作り方教えてもらったんよ」
目を輝かせて話すフレイアにハヤテは肩を竦めた。
言ってくれれば、俺が作ってやるのに、アップルパイ。
「ウィンダミアの林檎、ミラージュさんがくれたんよ。そしたら、チャックさんがレシピ教えてくれたんよ」
「そっか」
あまりにも楽しそうに話すから余計な事は言えなかった。
「勿論、私が食べたいのもあるんけど、ハヤテに、たまには何か作って食べさせたいと思ったんよ」
「………ああっ、もう!」
もじもじとしながら話してくるフレイアに、ハヤテは頭をガリガリと掻いた。
「ハヤテ?どうしたんかね?」
「狙ってんのか?そうとしか思えねぇ!」
「? ?」
首を傾げるフレイアに、ハヤテはがぶりと唇を塞いだ。突然の荒々しい口付けにフレイアは目をぱちぱちとさせている。
(後で怒るだろうなぁ…)
それでもこんな可愛い奥さんをそのままにしておけるか、とハヤテはフレイアを抱きしめたのだった。
END
2016/08/10