01
真っ白の視界の後、放り出された身体で最期に見た光景は、空と海の蒼。
どこまでも蒼、蒼、蒼。なんだか懐かしいと思うのはなんでだろう……。
瞼を閉じれば、母と義父。そして二人の義弟たち。一つ下の義弟の顔がとても悲しそうに歪んだ。
「……そんな顔、しないでよ…」
そう呟いて、意識は途絶えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
深夜、眞王廟の池にピチャンと小さな水飛沫が立った。
言賜巫女ウルリーケはハッとして巫女たちを遣わし、『彼女』を連れてくるよう命じた。
「どうかしたのかい?」
男子禁制の──という訳ではないが許可なく男は入れない──場所にも関わらず眼鏡を掛けた少年は、言賜巫女に問うと彼女は微笑した。
「猊下」
「どうかしたのかい、ウルリーケ」
「異世界から参られた方が来ました」
「異世界?」
「はい」と答える言賜巫女を少年は見た。運ばれた少女を見れば、白い肌と長く黒い髪。目は閉じられているが睫毛も黒いし、双黒であると思われる。
だが気を失っているにしても生気を感じられない。
「ちょっと、待って、その人!」
「はい。猊下、ユーリ陛下に来て下さるようお願い申し上げます」
ウルリーケは輝く銀の髪を床に垂らし、猊下と呼ばれる少年に頭を下げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
眞王廟から至急との連絡にユーリ陛下は、ウェラー卿コンラートと共に眞王廟へと向かった。
「ったく、こんな時間になんだってんだ」
「まあまあ、陛下」
「陛下って呼ぶな名付け親!」
「すみません、ユーリ。つい癖で」
いつもならここで偶然ユーリの婚約者になったヴォルフラムもいるが、今はベッドで夢の中だ。
「着いた」
女兵士たちが陛下を見つけ、頭を下げた。
「お待ちしておりました。陛下。中で猊下とウルリーケ様がお待ちでございます」
重々しい扉が開き、ユーリたちは中へと入っていった。周りには巫女たちが並んでいる。
「あ、来た来た。渋谷〜」
「なんだよ、村田。なんかあった訳? こんな時間に眞王廟に来いだなんて」
「ちょっと、渋谷じゃなきゃダメらしくてさ。本当は僕が代わってやりたいくらいだよ」
村田と呼ばれたのは、先ほど猊下と呼ばれていた少年である。
「だから、なんだよ」
「お待ちしておりました、陛下」
理由を聞こうとしたが、村田に誘われていつの間にか宣託の間へと来ていた。
ウルリーケの声に目を向けると、ユーリこと渋谷有利はウルリーケではなく床に寝かされている人を見つけた。
「ちょ、ちょっと、俺の気のせいじゃなきゃあそこに女の子寝てない?」
「いえ、気のせいではないかと……」
コンラートがそう答え、有利は横たわる少女へと近づいた。
白すぎる肌に、一目見た有利は可愛いかも、と思いながらも様子がおかしいと思った。
白いというよりは青白いのだ。
「……な、なんか…この人、生きて、る?」
「──微妙なとこみたいですよ」
コンラートが手の脈を取りながら答えると、有利はギョッとした。
「やややヤバいじゃん! 早く医者かギーゼラを呼ぶかなんかしないと!!」
わたわたと慌てる有利に、村田は眼鏡を押し上げて口を開いた。
「落ち着いて、渋谷。残念だけど医者やギーゼラさんじゃダメなんだよ」
「な、なんで!?」
「その方を救いになられますか?」
ウルリーケの声に有利は「当たり前だろ」と答える。彼女は「そうですか」と呟くと、珍しく顔を赤らめた。
「ウ、ウルリーケ……?」
「陛下、」
「な、なにっ?」
「彼女は以前眞王陛下がお生命をお救いになられた方でございます。その際、眞王陛下が申しておりました。『時が来、この者を当代魔王が救いたいと願うならば、接吻し魔力を与えよ』と……」
「なんだ、セップンね。セップン…セップン…接吻〜〜!?」
顔を真っ赤にし、有利は大声で叫んだのだった。
「な、ななななんで俺がこの人にキキキキスしなきゃなんない訳!? 手を握るだけじゃダメなのっ!?」
「眞王陛下からの御言葉ですから」
有利はじっと横たわる少女を見つめた。
そして、ふと気付いた。
「……この子ってこっちの世界の人? なんか着てるのって地球のじゃない?」
どこかで見たことのあるロゴは英字だ。
「そうみたいなんだよね。なんらかの力が働いたみたいだね」
「それに日本人、みたいですね」
「ユーリ陛下、眞王陛下が『口吻けを与えれば言葉も通じるはずだ』と仰られておりましたが、どうなさいますか?」
「そんな簡単に言われても……」
接吻だぞ。キスだぞ。
いっちゃなんだが、モテない歴=年齢の俺が寝てる女の子にキキキキスしちゃっていいわけ!?
ぐあぁぁぁ!と頭をかかえて悩む有利に村田は呆れていた。
「渋谷〜、そんな悩まなくても。無理にしなくてもいいんだよ」
「へ?」
「この子はなんらかの形で眞魔国に来たけど、たぶんあちらの世界──地球では死んでしまっているんだ」
「はぁ!?」
「だからこのまま死なせてやってもいいってことさ」
「そんなこと出来る訳ないだろうっ! 今こうして生きるか死ぬかの瀬戸際で生き返ることが出来るなら助けてやんなきゃ!」
「だって君さっきから躊躇してるし。あ、そっか、フォンビーレフェルト卿に悪いと思っているんだね」
「な、なんでそこでヴォルフラムが……」
「婚約者だから。それに君がやらないなら僕でもいいんじゃないの?」
村田がぶつぶつと呟くが『こういう時は魔王がやるべきだ』と返ってきた。他の者には聞こえないが、単なる嫌がらせだろう。
有利はまだどうしようと思案している。
悶々と考えている有利にコンラートは眼を閉じている少女をみた。
漆黒の長い髪に白い肌、今は薄紫の口唇は息を吹き返したら赤い口唇になるだろう。
額にかかる髪を梳いて、有利たちを見た。
早く起きた姿を見てみたくなり、助言をしてみた。
「ユーリ、こう考えてはどうかな?」
「コンラッド?」
「゙the kiss of life゙ですよ」
「キス・オブ・ザ・ライフ?……えーと、生活、のキス?」
「渋谷……」
「マウス・トゥ・マウス、人工呼吸ですよ」
「あ、人工呼吸ね……アハハハ」
「まぁ確かにウェラー卿のいう通り人工呼吸みたいなもんだね。そう考えれば、渋谷もやりやすいんじゃない?」
「た、確かに…そう考えれば……よ、よし!」
有利はぐっと気合いを入れ、眼を閉じる少女へと顔を近付け────
「あ、あのさ……ちょっとあっち見ててくんない…?」
さすがに人工呼吸、と考えていても(考えようとしていても)他人に見られるのは恥ずかしすぎる。
彼らはやれやれという風に有利に背を向けた。
よし、今だ!というように口唇と口唇を軽く触れさせた。
ほんの一瞬の冷たさと、柔らかさ。そして、ピリッとした、まるで静電気。
有利が呆然としていると、呻き声が聞こえた。
「……ん…」
か細い声に有利は勿論、村田やコンラート、ウルリーケは彼女に近づいた。
有利に抱えられ、ゆっくりと見せた瞳の色はやはり黒。
焦点が合わないのかぼぅっとして辺りを見回している。
「……天国には、男ばかり……?」
「も、もしもーし! ここは天国じゃないよ!!」
地獄でもないが、魔族の国だ。ははは、と有利は少し乾いた笑いをした。
「大丈夫? どこか痛いところはない?」
「なんで……私…飛行機が……落ち、て…空に…」
額に手を当てながら彼女は呟いた。
混乱しているのかブツブツ言っている。そんな彼女の手を取ったのはコンラートだった。
「大丈夫、落ち着いて。ここは地上だから」
にこりと爽やかな笑顔を向ければ、それに落ちない女性は少なくない。しかし彼女は少数派のようだった。
「……すみません、えと…」
「ああ、私はウェラー・コンラート。呼び悪かったらコンラッドで。そして彼が」
コンラートの声に顔を向けると最初に目に入った少年と眼鏡を掛けた少年、そして長い髪の女の子が一人。
「本当にどこも痛くない? 痛かったらお医者さん呼ぶから。あ、俺は渋谷有利原宿不──じゃなくて、渋谷有利。でこっちが俺の友達の」
「はいはいは─い。僕は村田健、よろしくね」
「そして言賜巫女であるウルリーケ殿です」
コンラートの紹介に髪の長い女の子は頭を下げ「大丈夫ですか?」と聞いてきた。
「……多分、大丈夫……です…あの、ここはどこですか?」
辺りを見回してもどこなのか理解出来そうにない。
天井には大きな天窓があり、壁はなぜか水が流れている。なんとなく昔本でみた神殿のようなそんな感じがしなくもない。
「あ、あのね。それを今から説明するんだけど驚かないでくれるかな? って無理かもしれないけど…」
有利くんが少し困惑したように話しているのを見て、彼女は頷いた。
そして自分が名乗っていない事に気付いた。
「分かりました。えと、その前に助けて下さってありがとうございます。私は沢城 深桜と言います」
「沢城さんだね。俺の事は有利でいいから。じゃあ、まずはここは────」
話を聞いて、深桜は目が点になったのは仕方なかった。
誰だっていきなり「異世界」しかも「人間の国ではなく、魔族の国」と言われて驚かない人はいない。
深桜が驚いたのはどうみても日本の高校生が、魔族の王様──魔王であること。
猊下と呼ばれる村田くんも魔族で大賢者と言われているらしい。
「えーと、理解出来た?」
「…………ん、大体…は。で、なんで私は此処に? 私も魔族ってこと?」
「そうだね。沢城さんの前の魂が魔族の可能性はなくはないよ」
「前の魂? えーと、前世って事?」
「そう、頭いいね。沢城さんって。それか君が魔族って事もあるかもね」
魔族って……。
頭いいって馬鹿にされているんだろうか?
「深桜でいいよ。沢城は慣れてないから。有利くん、と健くんでいいかな?」
「呼び捨てでもいいのに。深桜さんは……何歳?」
「渋谷〜、初対面の女の人に年齢聞くのは失礼だよ。あ、でも何歳?」
「……村田…」
二人の様子を見て、深桜はなんだか可笑しくて笑った。義弟たちに似ている感じがする。
「19歳…大学生なの」
「19っ!? なんかごめん…同じくらいかと思ってた」
「綺麗なお姉さんは好きですかって感じだよね」
「村田……でも、女子大生か……なんかいいよね」
「渋谷は年上好きだもんね」
「おまっ、んなことバラすなよっ!!」
ワイワイと話す二人を見て、深桜はまたクスッと笑うと、隣からも同じようにクスッと聞こえた。
見れば、人柄の良さそうなコン、ラートさんも笑っている。
目が合うと互いに微笑みあった。
それが眼を覚ました後の光景だった。
To be Continued