02
その後、もっと詳しく説明をしてもらおうとしたのだが、深桜はベッドの上に俯せになった。
有利くんや健くん、コンラートさんとウルリーケさんと話をしていたが、ぶるっと震えるとコンラートさんが気付いた。
「陛下、とりあえず話は明日にした方がミオ様が風邪を引いてしまうのでは」
「えっ、あれ……そういえば、なんで濡れて…」
「泉から現れたみたいだからね、ごめん。身体拭いておけばよかったね」
にこにこと笑う健くんに「大丈夫」と告げたが、有利くんが慌てていた。
「うわっ、本当だ! ごめん、深桜さん。気付かなくて……話は、もう夜も遅いし明日また来るから」
そう言って、今が夜中だということを知った。
とりあえず、今夜はこの眞王廟という場所に泊めてもらい、明日有利くんのお城へ連れて行ってくれるらしい……。
そこで私をどうするのか決めるとかなんとか……。なんだか、少し不安になる。
湯を貰い、着替えを借りた。何故かネグリジェだったが寝るのだからいいかと思い寝転がる。
天蓋付きのベッドなんて初めて、なんて思いながら上を見上げる。
「……異世界…かぁ…」
ボソリ、と呟いた。
そんなの物語のなかだけだと思っていたから、呆然としてしまった。
未だに信じられなくて、思わずムニっと頬をつねってみれば痛みが走る。やはり夢ではないらしい。
「……痛い…」
頬を擦りながら、眼を閉じた。夢じゃないらしい。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、母と新しい父、二人の義弟たち。
「……姉弟、か」
ゴロンと横を向いて、微苦笑するしかなかった。
不意に聞こえてきたのは、どちらの言葉だったのか。
『深桜と、姉弟になりたかった訳じゃない……』
だからと言って私は反対出来なかった。ずっと父が欲しかったし、独りで私を育ててくれた母が幸せになるのが嬉しかった。
……さっき、健くんたちが言っていた。
『君は魔族かもしれないよ』
その言葉にまさか、とは思ったけど……私は本当の父を知らない。
小さな頃、母に聞いたが悲しそうに笑うだけで教えて貰えなかった。
もしかして、その父が魔族なんだろうか?
考えても考えても、頭がよく分からない状態でぐるぐる回る。
「……眠れない………」
深桜はそう呟くと窓辺に立つ。遠くに城のシルエットと街並みが見える。
しかし、やはり外は暗くて、街灯とかないことに気付く。篝火があちこちにはあるようだが。
星が瞬いているのが見え、深桜は肩掛けを羽織ると部屋か出た。
やや迷いながら、ようやく外へと出るとホッと息をつく。中庭なのか、池があり、そこへ腰掛けた。
天を見上げれば満天の星。こんな星空みるのは初めてで感動してしまった。
どのくらい時間が経ったのか、長いのか短いのか分からない間上を見上げていれば、後ろから声をかけられた。
「風邪引いちゃいますよ」
振り返れば、眼鏡を押し上げている健くんが立っていた。
「……健くん…」
「何してたんですか?」
「星を……」
再び、天に顔を向けると彼も天を見上げた。
「あぁ。街灯がないし、空気が澄んでいるから星がよく見えるよね。地球ではなかなか見れない」
「うん…すごいって思った。…………ねぇ、健くん……私ね、父を知らないの…」
いきなり何を言っているのだろう。でも、もしかしたらという気がして、言わずにはいられなかった。
「お父さんを知らないって…」
「本当の父は知らないの。うちの母親、シングルマザーだったから……だからもしかしてその父が魔族って可能性あるかな?」
だから、私ば此処゙にいるのかな?そんなどうしようもない事を聞いてしまう。
困ると分かっていながら。
ちらりと横を見ると、健くんは真っ直ぐこちらを見ていた。
「そうだね、その可能性は高いかもしれない」
「そっか……」
深桜はそう呟くと、星空を眺め、覚えたてのバラード曲を口ずさむ。
なんだか明るい曲が歌えなくて、淋しげだが夜中に明るい歌もないだろうと思いながら口ずさんだ。
「歌、上手いんだね。綺麗な歌声だったよ」
「ありがとう。カラオケの成果かな」
クスクス笑う深桜を見て、村田も笑った。そして、少し気になった事を口にした。
「でも随分前の歌だよね、その曲」
健くんの言葉に深桜は首を傾げた。
随分前?だって、今歌ったのは一週間程前に出た新曲なのに?
「え?」
「え?」
私が首を傾げたからか、健くんも首を傾げた。そして、何かを考えるように顎に手をやった。
深桜も何かを違和感を感じた。健くんが嘘を言っているようには見えないし。
「……今の曲、八年くらい前に出た曲だよね?」
確認してくるように問いかけてくる。
──八年、前?
「……え? なに、言って……」
そう答えた途端、健くんは「まさか」と呟いた。
そして、私をみて生年月日を聞いてきた。
今の私は19歳だ。しかし、生年月日だと健くんと有利くんとでは3歳どころか、10歳も違う。
「……どういう…こと…」
「もしかしたら、君は僕と渋谷のいた地球の時間の過去から来たことになる、ということだよ」
「過去……」
呆然とする私に健くんは肩に手を置き、訪ねてきた。
「君が最後に見たのは、いや最後にいた場所はどこ?」
「わ、私は……私が最後に見たのは……」
甦るのは真っ白になった後の海と空の蒼。
飛行機がエンジントラブルかなんかで、墜落しそうになって……途中で、爆発して空に放り出された。
「……あの飛行機事故、か」
心当たりがあるのか健くんが呟き、私を見た。
事実を知るのが怖い。それが本音で、喉がカラカラに渇くような気がした。
「深桜さん、君が乗っていたと思われる飛行機は事故に遭って、乗客乗員全員が死亡した、八年前の飛行機事故だ」
「……じゃあ、私……死んで…?」
「いや、死んではいないよ。渋谷のおかげで君は一命を取り留めた。でも、君は地球に戻るのは難しいかもしれない……」
ズキンっと心臓が痛んだ。
何も言えなくなった私に、健くんは「とりあえず、休もう。深桜さんにはそれが必要だから」といって部屋まで送ってくれた。
「明日は昼過ぎたら血盟城──城へ行こう」
その言葉に頷いて、深桜はさっきの部屋に戻った。
ベッドに腰を降ろし、さっきの健くんに言われた事がぐるぐると頭の中に巡る。
「……天罰、かな…」
逃げ出した自分に。
そう呟いて、両手で顔を覆った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
村田は深桜を寝室に送った後、宣托の間に訪れた。
「どういうことなんだい?」
ボソリと口元を動かした。
その問いに答えが返り、意外そうな顔をした。
そして、はぁとため息をついた後間違わないように言い聞かせた。
「例え、彼女が昔そうだったとしても、今は沢城 深桜さんという人だよ」
『─────』
「本当に分かっているか、不思議で堪らないね。でもなんで今、呼んだのかな」
『────』
「なんとなくって……深桜さんも気の毒だね。ま、いいや。今更どうすることも出来ないからね。だけど君にそんな人がいたなんてね、とても意外だったよ。それだけ可愛がっていたのかな」
眼鏡を押し上げ、村田は踵を返してその場を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝の恒例のトレーニングの為、コンラートは魔王陛下の部屋を訪れた。
「おはようございます、ユーリ」
「おはよう、コンラッド」
ベッドを見れば、すやすやと眠る魔王陛下こと有利の愛娘、グレタと、物凄い寝相で寝ている婚約者、ヴォルフラムがいた。
「親子三人、川の字で仲良く寝ていたんですね」
「まあ、一人すごい寝相だけどね」
ハハッと苦笑しながら、特注のトレーニングウェアに着替えて、ロードワークへと出掛けた。
「そういえば、昨日の深桜さんだっけ……大丈夫かな」
「何がです?」
「昨日、濡れたまま話してたじゃん。風邪引いてないといいよな」
「そうですね、くしゃみをしていましたから、少々心配ですね」
脇を走るコンラートと喋りながら、昨夜の事を思い出した。
途端、少し顔が熱くなるのは走っているからだと思いたい。
人工呼吸、というのかは分からない感じだったが……女の人とキキキキスしちゃったんだ。これがヴォルフラムにばれたら……考えたくない。
「コンラッド、あのさ…昨夜の事だけど……」
「ヴォルフラムには内緒ですね、分かっております」
ありゃ、考えてた事ばれてたのね。
「ヴォルフラムに知られたら、彼女が危険ですからね」
「……そうだね…」
「愛されてますね、陛下」
「………ハハハハ…」
にっこりと笑いながらそう話すと、有利は苦笑いをしていた。
そして、コンラートは昨夜見た、沢城 深桜という女性を思い出した。
冷たくなっていた身体だったが、眼を閉じていてもとても美しかった。
まるでSleeping Beauty、もしくはSnow Whiteだったかな。
眼を覚ました彼女はとても不安そうに戸惑っていたのを落ち着かせようと、手を取ったらじっと見つめて来て、ほんの少し動揺した。
理解力も合ったのか、きちんと人の眼を見て、会話していた。
──可愛い、と思ってしまった。
一体、なぜこちらの世界に来たのかは分からないが、彼女に会えると思うと、なんとなく嬉しいように思えた。
「深桜さんの事、ギュンターたちにも話さないとな」
「猊下から使いが来て、午後ミオ様を連れて血盟城へ来るとの事です。ギュンターにはまだ客人としか知らされてないようでしたが」
じゃなければ、双黒の者が来るというのにあのように落ち着いてはいまい。
騒がしくしないようにとの、猊下の判断は流石だ。
「そっか、楽しみだな」
ニカッと笑う有利にコンラートは微笑んで答えた。
「そうですね」
何故か、早く会いたいと思ってしまった。
To be Continued