30
帰宅した茉穂は暗い部屋に電気をつけた。
そういえば、とカバンに入れていた携帯を取り出す。
「さつきちゃん、大丈夫だったかな」
黄瀬くんに任せたままだったが大丈夫だったろうか。
携帯を取り出し、メール画面を開く。メールは何件か入っていて親からのもあれば、友人からのもある。
ただ桃井からは着てはいない。ん〜、と唸っていると携帯が震えた。メールでそれは桃井からのであった。
無事に帰宅したようでホッと胸を撫で下ろす。
身体とか打ってはいなかったようだし、座るように倒れたから頭も打ってなかったようだ。良かった。
そして、最後の文字に茉穂は眉間に皺を寄せた。
『ミドリンったら、きーちゃんが茉穂ちゃんの事『白川っち』って呼んでたら凄い怒ってたよ。好きなんだねー』
ニヤニヤと笑う彼女の姿が頭を過り、恥ずかしさで茉穂はしゃがみこんだ。
『ミドリンと話した?』
話せる訳がない、話しようがない。
確かにもっとちゃんと話したいという気持ちはある。だけど、今は大事な時だ。だからこそ彼からの連絡もラッキーアイテムのみで他にはないのだろう。
自分だけが掻き乱されているようでたまらない。
別に今まで恋をしてこなかった訳ではない。
初恋は中学に入ってからだけど遠くにいて会うこともない。
次の恋は?と聞かれたら、あれは恋だったのか?と疑問を抱く。別に好きだと言った訳でもない。傍にいて楽しかったのは確かだか、だんだん疎遠になったのは確かだった。
じゃあ、コレは恋なんだろうか?
緑間の姿を頭に浮かべて、自問してみる。
浮かぶのは合宿中の彼の真摯な眼差し。高い放物線を描き、正確に入るバスケットボール。
黙々とただひらすらに練習していた姿が浮かぶ。
努力家は嫌いではない。むしろ尊敬出来る。テツなんかまさにそれだ。
それと同時に、合宿中呼び出された時の事を思い出す。月明かりの海辺の近くで話していた時の事を。
あの時、不思議だった。そもそも呼び出される程親しい訳じゃなかったのに呼び出されたのだ。
目があってじっと見つめてくる翡翠の眸に吸い込まれてしまいそうになった気がした。
結局、呼び出されたのに雑談をして終わってしまい『なんだったんだろう』と首を傾げたのはリコさんに『何の話されてたの?』とニヤつかれたからだ。
『さぁ?』と首を傾げれば、リコさんは『え?』といった感じでその後、ぶつぶつ言っていたが夜なので寝てしまった。
もしかして、あの頃から緑間は自分に想いを寄せていたのだろうか?そんな風に思うのは自惚れかもしれないけど……茉穂はそんな事を思いながら桃井とのメールをやり取りしたのだった。
◇◇◇◇◇
学校がいつも通りに始まった週明け、部長が『明日、生活指導入るから〜』と言っていたが、部室が調理準備室である料理部は特に何もする事がない。とりあえず綺麗に片付けるだけにして今日は終わりとなった。
友人に『高尾くんからメール着ちゃった』と喜ばれた。伝言してくれたんだね、ありがとうと感謝された。
その彼女に「マジバに行こう」と強引に誘われたけど断ろうとしたが、無料券を貰ったのでゲンキンながら付いていく。
「出発ー!」と変な掛け声と共に友人と学校から出た。
マジバに付けば、まぁ平日の夕方というべきか学生がちらほらいる程度である。
キョロキョロとする友人に(落ち着かないな)と思いつつ、貰ったマジバシェイク無料券に笑みを浮かべた。
「寒いのにシェイク飲むのー?」
「へ?…た、高尾くんっ?」
「昨日ぶり、茉穂ちゃん」
背後から急に肩を組まれ、茉穂は驚いた。そこには学ラン姿の高尾の姿があったからだ。
横目で背後を見れば、緑間の姿もある。
くるっと友人を見れば、苦笑いというか、なんか怒っている。多分、高尾くんのせいだけど。要はこれが目的だったようだ。
「高尾!くっつきすぎなのだよ」
「ええー、そんなことないぜ!なー、茉穂ちゃん」
「え、あ、う、う、ん?」
「白川もはっきりするのだよ!」
「真ちゃーん、そんな怒んなって」
ギロッと睨んでくる緑間に対し、高尾は飄々としたものだ。だが、茉穂もいい加減離してもらいたいとトントンと高尾の腕を叩いた。
「高尾くん、重いから放してもらっていい?」
「あー、ごめんごめん。茉穂ちゃん柔らかいからつい「高尾っ!」はいはい」
ようやく離れたと思えば、ぐいっと腕を引かれた。見れば目の前には黒い壁。もとい学ランの緑間くんの背中がある。
「真ちゃん、ナイトみたいだね」
「煩いのだよ」
「へーへー。あ、俺ら先に行くねー」
「は?」「え?」
「じゃあね、茉穂。また明日〜」
いきなりの事に友人に眼を向けるとニコニコと笑いながら高尾くんに付いていった。二人はマジバから出ていってしまうのを呆然と見てるしかなかった。
残された茉穂と緑間はどうしようか、と互いに見ては目を反らし、沈黙した。
どうしようと悩みながら、持っていた無料券を見て、緑間の学ランを引っ張った。
「と、とりあえず、座らない?」
席を指差すと、緑間は眼鏡を押し上げながら「あぁ」と答えてくれた。それにホッとした茉穂はあまり人目につかない席へと向かった。
テーブルに荷物を置いて、一応財布を出す。
「えっと、緑間くんは何か飲む?」
「お、俺も行くのだよ」
ガタンとテーブルにぶつかる彼を見て、もしかしたら彼も自分と同じなのかもしれないと感じた。
どうしたらいいのか分からない。
互いにそうなんだと思う。
茉穂は苦笑しながら「大丈夫?」と聞けば「問題ない」と答えが返ってきた。
とりあえず、品物を注文して席に付いた。
意外にもマジバには缶おしるこがあって、緑間はおしることポテトくらいだ。茉穂も同じようなものでシェイクとチョコパイを頼んだ。
「テツもだけど、緑間くんもあまり食べないんだね」
「この後、家に帰れば夕食もあるからな」
「そうだよね。でもテツは本当に食べないっていうかそれで足りるのって感じだよ? 火神くんは……あ、」
「どうかしたのか?」
「う、ううん。なんでもない」
話していてハッとした。そういえば昨日彼らは試合をしていたんだ。
互いに負けた訳ではないが、試合は引き分け。
それなのに話題に出すなんて無神経だ、と茉穂は口を閉じた。
そう、昨日、試合だったんだっけ。と茉穂は緑間を見た。
左手にはテーピングが巻かれている。前に黒子と青峰に聞いた事があった。
『緑間くんはなんで左手にテーピングしているの?』
『あ?緑間?』
『どうしたんですか、急に?』
『同じクラスだし、目に入るから』
『緑間くんは左利きでして、シュートを撃つ為に保護しているんです』
『バスケ以外で外してんの見たことねーな』
『……なんか、すごいね…』
驚くしかなかった。そのこだわりに。
単純に彼を凄いと思ったのだ。
訝しげに見てくる緑間に茉穂は笑みを浮かべた。
「昨日、」
「昨日がどうかしたのか?」
「昨日の、試合……緑間くん。格好良かったなって思った……んです…」
「っっっな、ななななにをいいいいいっているのだよっ!?」
ガタンっと椅子を倒す程に勢い良く立ち上がった緑間は店に響くような大声をあげた。
彼の顔は真っ赤に染まっていたのを見て、茉穂も顔を赤くした。無意識とはいえ何を言ってしまったのだろう。
「あ、あのっ……ご、ごめん……その、嫌だった、よね…」
「〜〜〜〜〜い、嫌じゃないのだよっ!」
眼鏡を押し上げながら、フンッと顔を逸らした緑間に茉穂は驚きながらも、なんとなく(可愛いな)なんて思ったりもした。なんだか、楽しいとも思えたのだった。
ホッと胸を撫で下ろす。無意識に発したとはいえ、嫌がられなくて。
茉穂は緑間に目を向けた。互いにまだちょっと顔は赤いが仕方がない。
「あ、あの……次は応援してるね」
「人事を尽くすまでなのだよ」
眼鏡を押し上げながら自信たっぷりに話す緑間に茉穂は笑みを浮かべた。
まだいいだろう。大事な試合があるならそれを乱すような事はしていけない。
試合とか大会は意外にもメンタル勝負になる時もある。自分の時もそうだった。
だから、まだ言わない。それまで待つし、待ってほしいと思っている。
「頑張ってね」
そう口に出せば「当たり前なのだよ」と赤い顔を隠すように眼鏡を押し上げていた。
◇◇◇◇◇
決勝リーグ、誠凛のも秀徳のも最後の試合は観ることが出来なかった。
いや、間に合わなかったというべきが。
こんなに時間が掛かるなんて知っていたら車で乗せてきてもらったのに、と思った。
ギリギリ、ギリギリで緑間たちが試合終了後の礼をしてる姿だけが見えた。
ホッとして緑間におめでとうメールをしておいた。そして、誠凛の結果も知りたくてあちこち見ていれば腕を引かれた。
いたのは黒子で茉穂を掴まえたのだった。
「テツ……」
「来てたんですか、茉穂」
「う、うん。今来たとこ」
「今?」
「今」
黒子ははぁとため息を吐きながら茉穂の肩に額を乗せた。
「……疲れました」
「うん。お疲れ様」
「だからバニラシェイクおごってください」
「え、なによそれ。私にもおごってよ」
「なんでですか、頑張ったんですよ」と膨れた黒子に茉穂は笑うしかなかった。
誠凛は無事にウインターカップの切符を手に入れた。むろん秀徳もである。
「茉穂……」
「ん、なに?」
「震えが止まりません」
「え、風邪?」
「違います。……ドキドキしてるんです」
「それは武者震いじゃない……」
少し昔を思い出した。自分もよく経験したことのある震え。嬉しくて、でも怖くて、それでも嬉しさの方が強い。
「茉穂……────」
黒子の呟きに茉穂は目を見開く。
ウインターカップは『キセキの世代』たちとの全面戦争、らしい。
To be Continued
act.30
2015/10/4