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黒子のバスケ

ウインターカップ当日。
黒子に頼まれていたレモンの蜂蜜漬けを作って、東京体育館へと足を運んでいた。
開会式には間に合わなかったが、試合は午後からだと聞いていたので特に急ぐ必要はなかったようだ。
電車に揺られていると、トンっと肩を叩かれた。
誰かにぶつかったのかと振り返れば、ここにいるべきではない人物に茉穂は目を見開いた。

「よう」

「…か、火神くんっ?!」

「なんだよ」

「なんだよって、なんでここにいるの?! だって開会式始まって……??」

ええ、なんで?と混乱していると、当の火神は頬を掻きながら呟いた。

「いや、今アメリカから戻ってきたんだ……」

「はい?」

「いや、ちょっと…時差のこと、忘れて……」

「はぁあ??」

自分でもマズいと分かっているからか、すまなさそうな顔をしている。
茉穂もそれが分かったのか「えーと、おかえり」なんて言ってしまえば、火神はホッとしたように「おう、ただいま」とニカッと笑っていた。

「お前も行くんだろ、ウインターカップ」

「え、あ、うん。テツに差し入れ頼まれたからね」

「おう、いつもサンキューな」

「ううん、大したものじゃないから気にしないで。アメリカ、どうだった?」

ああ、大変だった。と話始める火神に茉穂はうんうんと耳を傾けた。
師匠に散々しごかれたことなどを聞きながら、二人はウインターカップの会場へと向かった。
入口へ向かう途中、視界の端に捉えたのはカラフルな集団。というよりは緑間の姿だ。

「緑間くん」

「緑間?ん、……あれって、キセキの世代アイツらじゃねーか、何して……」

階段でなにかをしている。でも誠凛のジャージも見えて、よく見れば黒子と降旗がいた。
そして──

「もしかして、赤司くん?」

「あれが、」

階段の上、あの赤い髪は、と呟くと傍らの火神は足早にあの場へ向かっていった。

「ま、待って……」

ただならぬ雰囲気に小走りで走っていくと、少し足が痛く感じたのは気のせいかもしれない。

「なんだよ、つれねーな。仲間外れにすんなよ」

「あっ!火神!!と白川さん?」

「ただいま」

「茉穂」「白川」

火神を追ってきた茉穂の姿に反応したのは黒子と緑間だった。
肩で息を吐く茉穂の異変に黒子は近寄った。

「大丈夫ですか?」

手で大丈夫と伝える彼女を気にかけていると、火神が前へと一歩出た。

「話はアトで。とりあえず、あんたが赤司か、会えて嬉しいぜ」

「………………」

赤司は火神を見下ろしながら、階段を一歩一歩降りてきた。

「真太郎、ちょっとそのハサミ借りてもいいかな?」

「? なんに使うのだよ」

「髪がちょっと鬱陶しくてね。ちょうど少し切りたいと思っていたんだ。まあその前に」

ハサミを受け取り、階段を降りきる前で赤司は足を止めた時だった。

「火神くん、だよね?」

ビュッと音と共に、赤司がハサミで火神を刺そうとしたのだった。
野性の勘か、運動神経の良さからか、火神は間一髪でそれをギリギリで避けた、が頬に一本の線が描かれた。

「きゃあぁぁ!」

「なっ……!?」

「火神くんっ!」

あまりの出来事に茉穂は目を瞑り、それを庇うように黒子は彼女の肩を寄せた。
傍らの降旗もゾッとしているのか、驚きで声を発しなかった。
ただ、異常なのは黒子以外のキセキの世代たち。誰も赤司の暴挙に驚いてはいない。

「…へぇ。よく避けたね。今の身のこなしに免じて今回だけは許すよ。ただし次はない」

ゆらりと幽鬼のように見える気がして、茉穂は黒子のジャージを握った。
赤司は流れるようにハサミを使い、前髪を切っていく。

「僕が帰れと言ったら帰れ。この世は勝利がすべてだ。勝者はすべてが肯定され、敗者はすべて否定される。僕は今まであらゆることで負けたことがないしこの先もない」

ジョキジョキと赤い髪が地面に落ちていく。

「すべてに勝つ僕はすべて正しい。僕に逆らう奴は親でも殺す」

段差がないというのに見下される何かが怖くて茉穂は縋るように手を伸ばせば、黒子が手を握り返した。
それを赤司が一瞥したが、特に何も無いように踵を返した。

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。今日のところは挨拶だけだ」

「はぁ!?ふざけんなよ赤司!それだけのためにわざわざ呼んだのか?」

自分勝手な言い分に呼び出された青峰が吠えた。

「いや…本当は確認するつもりだったけど、みんなの顔を見て必要ないと分かった。全員、あの時の誓いは忘れてないようだからな」

(誓い?)

「ならばいい。次は戦う時に会おう───そうだ、白川さん」

「はっ、はい?」

「驚かせてすまなかったね。じゃあ」

階段を上がっていってしまった赤司に茉穂はただ呆然とするしかなかった。

「白川……」

「茉穂、大丈夫ですか?」

ギュッと握っていた手に黒子の手が重なったのを見て、茉穂はドクドクとした鼓動を落ち着かせようと呼吸とした。

「ごめん、大丈夫………」

「ならいいんですが……」

「緑間くんも、心配してくれてありがとう」

「……べつに心配なんかしてないのだよ」

緑間を向いて言えば、眼鏡を押し上げながら彼はフンッと横を向いてしまった。
それに対し、黄瀬が「素直じゃないっスねぇ」と笑っていれば「煩いのだよ」と睨んでいた。

「じゃー、俺、戻るねー」

「あ、俺も戻るっス」

「じゃーなー」

紫原を皮切りに黄瀬、青峰と体育館へと歩いていった。
降旗が「火神、大丈夫か?」と声を掛ければ「ああ」と答え、頬の血を拭った。
一応、消毒でも、と降旗は火神を連れて先に戻るといってしまった。

「じゃあ、僕たちも戻りますか」

「黒子、少し話がある」

茉穂を連れて行こうとすれば、緑間に呼び止められた。どうしたんだろうと彼の顔を見れば真面目な顔に茉穂は邪魔してはいけないと感じた。

「じゃあ、私あっちに行くね」

ベンチの方を指差して言えば、緑間も黒子も頷いた。その場を離れ、金属製のベンチに腰を下ろした。冷たいな、と触っているとバサッという物音が耳に届いた。
文庫本が落ちているのに気付き、拾い上げる。
周りを見渡すと、いつの間に前を通り過ぎたのか人が歩いて行ったのが見えた。

「あのっ…」

RAKUZANとかかれたジャージにハッとしてしまう。
気づいたのか彼が振り向いた。

「なんだ?」

「……え、」

「呼び止めなかったか?」

「あ、え、あ! これ、落とされませんでしたか?」

本を差し出せば、「ああ、」とそれを受け取った。

「ありがとう。じゃあ」

「あ、はい」

礼を述べて歩いて行く後ろ姿を見て、茉穂は既視感を覚えた。
どこかで会った?どこで?
頭を傾げながら、振り返れば彼らはまだ何かを話しているようだ。
携帯を確認すればリコさんからメールが着ていた。
テツを早く戻せ、ということなんだろう。

「茉穂」

「テツ、今リコさんから……あ、」

「どうかしましたか?」

「う、ううん。なんでもない……。緑間くんは?」

「先に戻りましたよ。早く戻りましょう」

促す彼を見ながら、先程の人を思い出す。そうだ、あの雰囲気は

(…………テツに、似てるんだ)

なんだろう、少しだけ不安が過った。

初日対戦の中でも注目の試合は黒子の誠凛と青峰の桐皇であった。
茉穂は一人観客席からその試合を観ていたのだった。



To be Continued

act.32
2015/10/08


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