35
目が覚めたのは携帯の目覚ましアラームが鳴る直前だった。
時間を確認しようとして、アラームが鳴り響き急いで止めたのだった。
ムクリと起き上がり、窓の外を見てみるとまだ日が昇っていないのか薄暗い。
既に冬休みに入り、特に早起きする必要はないのだが、休みに入ったばかりなのかまだ学校タイムが身体に慣れていた。
ぼーっとしながら、習慣でベッドから起き上がりキッチンに水を飲みに行く。
「あら、おはよう。茉穂」
「んー…」
「相変わらず、寝起きは悪いわねぇ」
母の言葉を背に受けながら、リビングを見れば父がいつものニュース番組を見ている。
茉穂はソファーに座りテレビを見た所で急に立ち上がった。
「茉穂?」
父親が不思議に思って声をかけるも、彼女はそのままにリビングから走り去っていった。
部屋に戻るなり、茉穂はベッドにダイブした。
(………………い、やぁぁぁあ!!)
枕を抱え、顔を埋めたまま悶えていた。窒息するのではないかという位顔を押し付けてみるが、顔が熱くなるばかりでどうしようもない。
(き、昨日…の、こと……)
昨日はあの後、どうやって帰宅したのか茉穂はハッキリと覚えていない。
緑間が顔を真っ赤にしながら「送って行くのだよ!」と言っていたような気がするが、茉穂は「大丈夫だから!」としきりに言って逃げるように帰ったような気がする。
いきなりの出来事に茉穂は驚いてしまった。それは緑間も同じだったような気がする。
近づいてきた端正な顔と、冷たく、でも柔らかい感触に眼を見開いたのだった。
唇が離れた後、緑間も茉穂も「あ…」「…え…」と同時に発した。無意識だったとはいえ、とんでもなく恥ずかしい出来事であったのは事実である。
その後は「送る」「大丈夫」のやり取りで緑間に電話が着たのをこれ幸いと逃げたのだ。
「………あああぁぁあ…」
穴があったら入りたい。とばかりに茉穂はベッドの布団へと潜った。
(……なんで、私、……あああぁぁあ…)
文章にならない言葉に茉穂は頭を抱えた。
羞恥心だけが先立ってしまい、自分がどうしたいのか、何をしたいのかすら分からない。
そんな中、メロディが部屋に響いた。時間を考えれば、いつも通り緑間からのラッキーアイテムメールであろう。
あわわわ、と焦りながらも頭のどこかで冷静に「前に告白された時だって普通にメールを寄越してきた人だから、普通にラッキーアイテムだけでしょ」と分析する自分がいた。
そうだそうだ。といつもと変わらないメールがあるはずだ。とメールを開いた。
(うん、いつもと変わらないメールだ)
安心しきって、スクロールをしたら、茉穂は眼を見開いた。
『応援に来て貰えたら、嬉しいのだよ
少しだけでも会いたい』
誰っ!?
そう思った茉穂は間違ってはいないと思う。
茉穂は慌てて差出人の名前を見るもそこにあるのは『緑間くん』となっている。
携帯を両手で掲げ、首を傾げる。
誰かが携帯をすり替えた、もしくは成り済まし?などと思考が分からない方向に向いている。
その時、手の中の携帯が震えると同時にメロディが流れる。
また緑間かとドキドキしながら、差出人を見れば桃井からであった。
「………さつきちゃん…」
無駄に緊張しただけに、ハァとため息を吐きながらメールを開くと目を丸くした。
『今日、大ちゃんに誘われたからデートに出掛けてきまーす』
ニコニコと嬉しいのか絵文字が並んでいる。
デート?……あ、いつもの買い物かな?
でも『大ちゃんに誘われたから』
誘われたから?青峰から誘ったのか!?
いつもはさつきちゃんが無理矢理買い物に連れ出していた筈である。
まぁ、それもデート(笑)だと言っていたから大差はないのだろう。
(青峰くんから誘われたっていうのが嬉しかったんだろうなぁ…)
そうだ。昨日の試合……青峰の桐皇は負けたんだった。黒子と火神──茉穂が通う誠凛が勝ったのだ。
あんなに凄かった試合は見たことなかったし、黒子が泣いているのを目にして、茉穂も悔しくなった。
滅多に泣かない幼なじみが泣いていた。静かに、肩を震わせていた。
携帯を手放し、ゴロンとベッドに寝転がった。
(そういえば……誠凛のトコに行けなかったな)
行かなくてはいけない義務はないが、激励に行こうとは思っていたのに、次々と思いがけない事が起きてしまった為にすっかり忘れていた。
まだ彼らに『おめでとう』と言えていない。
すっかり忘れてしまい、後で幼なじみの彼にシェイクを奢る羽目になりそうだなと思っていると、下から声が掛けられた。
「茉穂ー!テツヤくん来てるわよー」
「…………は?」
「というか、部屋の前にいますよ、茉穂」
「はぁ!?」
母親からの言葉に呆気に取られる間もなく、ドアの前から声が聞こえた。
「おはようございます。部屋に入ってもいいですか?」
「いやいやいや!ちょ、まだパジャマだから!」
「では40秒待ちます」
「ちょ、無理だから!下で待っててよ!」
ラピュタか!と騒げば、黒子は「言ってみたかっただけです。下で待ってますね」と言って部屋の前からいなくなったようだ。
茉穂は急いで着替えると、そのまま洗面所に行って顔を洗ってからリビングに入った。
そこにはちゃっかりソファーに座る幼なじみと父親の姿があった。
「1回戦突破したんだって? おめでとうだな」
「はい、ありがとうございます」
「まぁ、優勝するにはまだ試合あるだろうし頑張れよ」
「はい、頑張ります。あ、茉穂、おはようございます」
「……おはよう。後、昨日は凄かったね」
「あら、茉穂は応援に行ってたんでしょ。試合の後会わなかったの?」
母親からの言葉に茉穂は「うっ」と言葉に詰まった。
ちろりと黒子を見れば、こちらをジッと見ている。
「僕たち、試合終わったら控え室で寝てしまったんです」
「あら、じゃあ会えなかったの?」
「う、うん…」
「そうだったの。あ、茉穂、今夜は会社のパーティーあるけどあなたも行く?」
黒子の話に乗っかりながら話していると、話して母親が朝ごはんを並べながらきた。
「………えっ、と……友達と遊ぶ約束してるから行かない」
そう告げてしまえば、母親は「あらそうなの」と軽く言われ、父親は「残念だな」と言っている中で、黒子からの眼差しに気づきながらも、茉穂は朝食を口に運んだ。
一応、友達と遊ぶ約束はしている。クラスの女子と女子会があるのだ。
支度をしに部屋に上がれば、黒子も着いてきた。
「本当に友達と遊ぶ約束してるんですか?」
「してるよ。クラスの子達とカラオケで女子会。なんならテツも来る?」
「いえ、今日は試合はありませんが会場には行きます。スカウティングもありますし…」
「だよね。そういえば、昨日は「昨日はどうしたんですか?」え?」
ジッと見てくる視線に茉穂は見つめ返した。
「茉穂が来なかったので大変な目に合いました…」
そう呟くと、試合の後、祝勝会という名の鍋をしたらしい。だけどその鍋はリコさんが作ってしまったらしく、野菜などは丸ごとではなく、きちんと切っていたが、まあ、その、サプリメントを入れてしまった為にまたとんでもない事になったとの話だった。
火神曰く、遅効性の毒が回るような鍋らしい。なにそれ恐い。
その後はもっと大変だったと黒子が洩らした。
「何かあったの?」
「……茉穂がいれば気絶はしなかったと思いますが、結果的にはいなくて正解だったような気もします」
「?」
「火神くんの師匠さんが来ました」
「火神くんの?」
「はい。それでカントクがキスされてました。女子供にキスするのがポリシーとかで、いたらされてましたよ」
「………キっ…ス…」
キス──その言葉に茉穂は昨日の事を一気に思い出した。顔が熱くなるのが分かり、慌てて俯いた。
その様子に黒子は首を傾げた。
「茉穂? どうかしたんですか?」
「………う、ううん!なんでもないよ!」
明らかに様子が変である。
人間観察が趣味である黒子だが、幼なじみ故に彼女の変化は簡単に分かる。
(──何か、あった)
あるとすれば、あの彼に関する事だろう。
顔を真っ赤にして俯いた茉穂を見て、ムカムカとしてくる。矛先は彼にだが、彼女にも多少イラッとした。
隣にいたのは自分だった筈なのに……。
「茉穂」
「な、なに?」
「一緒、会場に行きましょう」
「へ? だ、だから用事が……」
「まだ時間は大丈夫ですよね。さっさと支度して下さい」
すっくと立ち上がると「下で待ってます」と告げて部屋から出ていってしまった。
茉穂は頭に疑問符を浮かべながらも、「緑間くん見れるかも」と思いながら支度を始めたのだった。
To be Continued
act.35
2016/02/18