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黒子に連れ出され、茉穂は待ち合わせの時間よりも早くに家を出た。
「テツ、私にも約束の時間ってのがあるのよ?」
「何時からなんですか? その女子会は」
ジッと目を見つめてくる黒子に茉穂はため息を吐きながら「11時から」と呟いた。
「まだ時間はありますね。行きますよ」
ぐいっと手を取られ歩いた。珍しく離されない手を見ていると、「………ですか」小さく呟かれた。
なんと言ったのか分からなかった茉穂は顔を上げた。
「なんか言った?」
「嫌ですか? と訊いたんです」
「何が?」
「バカなんですか?」
「はぁ?」
声を上げれば、黒子は繋いでいた手を掲げた。
「僕と手を繋ぐのは嫌ですか?」
「嫌じゃないよ」
即答する彼女に黒子は一瞬、茉穂も気づかない程に目を丸くした。
「テツと手を繋ぐなんて小学生の頃みたいじゃない」
ふふ、懐かしい。なんて笑う茉穂に黒子は(分かってない)と天を仰いだ。
別に彼女は鈍い訳ではない。多分、自分を──黒子を男として見ていないのだろう。
ならば、と黒子は繋がれた手を見つめた。
「なら、たまにはいいじゃないですか」
「まぁ……テツが嫌じゃないなら別に構わないけど?」
(いっそ、このまま伝えずにいればいいのだろうか)
ふふっと笑う茉穂を見ながら、黒子は考えた。
そうしたら彼女は自分となんの躊躇いもなく手を繋いでくれる。
「仕方ないから繋いであげますよ」
「テツが最初に繋いだんでしょうが!」
少しだけ頬を膨らませる彼女の言葉を受けながら、黒子はまた歩き出した。
◇◇◇◇◇
「おいおい、キュートな女の子がいるじゃねぇか!」
「は?」
火神たちと合流すべく、ウインターカップの会場へたどり着けば、いきなり、見知らぬ外人さんに抱きしめられた。
「え? え??」
「ん──…」
「待てっ!アレックスっ!!」
両頬を掴まれ、綺麗な金髪のお姉さんの顔が近づいてきたと思ったら、強い力で横から引っ張られた。地味に痛いんだが……どうやら、助けられた、みたいだ。
「なんだよ、タイガ!私がキスするのは女子供だと何回言えば「だから、ポリシー聞いてねぇよっ!!」」
「茉穂、大丈夫ですか?」
「あ、うん………」
はっきり言って、状況が分からない。
テツと歩いていたら、横からドーンって人がぶつかって来て、顔を固定されていたから……。
「わ、わりぃな!白川……アレックスの奴が…」
「いや……うん、大丈夫……デス……?」
「いや、なんか混乱してねぇか?」
「突然の事だとビビるだろ…」
首を傾げていると、日向先輩や伊月先輩が心配そうに見てくる。
うん、日向先輩の言うとおり。多分、混乱してる、私。
横をみれば、先ほどの金髪美女は火神くんに文句を言われて……あ、目が合った。綺麗な目だなぁ……。
「茉穂。油断してると、アレックスさんにキスされますよ」
「へ……?キス………え、」
横から口を出してきた幼馴染みの言葉に茉穂は一気に昨日の事を思い出した。
かぁああっと顔を真っ赤にする茉穂に黒子は怪訝な様子を見せた。
「な、ななななな、何言って……っ!」
「…………ですから、アレックスさんのそばにいるとキスされますよ」
その一言で、茉穂は急いで唇を手でガードした。
「えー、ダメか?」
しょんぼりといった顔で見てくる美女にウッとなりながらも、「は、はい」と答えた。
「残念だなー!」
美女──アレックスさんはテツの話によると火神くんのバスケの師匠さんだそうだ。
元プロバスケ選手だったそうだ。
年齢はよく分からない。美女だからか。
「そういえば、白川さんは今日はどうしたんだ? 今日はウチの試合はないぞ?」
「え、あ……えーと……テツに連れて来られまして…」
「黒子くんに?」
「えぇ、まぁ……。あっ!き、昨日は1回戦突破おめでとうございます!」
木吉に訊ねられ、リコも首を傾げた時、茉穂はまだ昨日の試合の事を思い出した。
リコや日向に向かって、頭を下げれば彼らは嬉しそうに「あぁ、ありがとう」と言ってくれた。
でもまだ1回戦突破しただけである(相手は青峰がいる桐皇だったが)。
「そういえばパパに聞いたけど、茉穂ちゃん大丈夫だったの?」
「え、あ、…はい」
ニヤニヤと笑うリコに茉穂は目を逸らしたくなった。
どこまで聞いているのか、知らないが迷子の事を言っているんだろうか……。
「ふーん、ならいいんだけど」
「あ、はい…」
「なになに?どうかしたの?」
「なんでもないわよ、小金井くん。私と茉穂ちゃんの話に急に入って来ないでよ」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ彼らを横目に茉穂は小さくため息を吐いた。
そういえば何の疑問を持たずに彼らに付いてきているが、友達との約束もある。
そろそろ退散しようとして口を開こうとした時、携帯が震えた。友人たちからだ。
「すみません、私用事があるのでこの辺で」
「白川、試合見て行かねーのか」
「う、うん。友達と約束があるんだ」
「もう時間ですか?」
「連絡来たから」
黒子にメールを見せると「そうみたいですね」と頷いた。
来た道を戻ろうとすると、黒子も付いてきた。どいしたの?と聞く前に彼は伊月に向かって「出口まで送ってきます」「ああ、分かった」と会話をしていた。
「別にいいのに」
「いいから行きますよ」
ギャラリーから通路に出て歩いていると、前方から「あ!」と聞き覚えのある声が聞こえた。
見れば、オレンジのジャージが目に入る。
一番最初に目が合ったのは、眼鏡の向こうの翡翠の色だった。
「あ、……、緑間くん…」
「白川…」
「ちょっとちょっと!声出したの俺なのに!二人の世界に入らないで!」
非難めいた事を口にしてるのに笑いながら話す高尾に茉穂も緑間も気まずそうに顔を逸らした。
黒子はそんな二人を見て、イラッとしたのは言うまでもなかった。
「茉穂ちゃんに黒子じゃん!どうしたの?」
「茉穂が用事があるから帰るというので出口まで送っていこうと思いまして」
「そうなんだ〜。あ、俺、黒子に話があんだよ。悪ぃけど真ちゃんが茉穂ちゃんを出口まで送っていってよ」
「え?」
「は?」
「高尾?!」
三者三様とはこのことである。
ぐいぐいと緑間の背中を押して、かつ黒子の腕をもったまま高尾は彼らをその場から追いやった。
「ま、待つのだよ!高尾!」
「そ、そうだよ。べつに私一人だけでも大丈夫だし」
「茉穂ちゃーん、昨日のコト忘れちゃったの?」
「で、でも試合、これからなんでしょ?!邪魔する訳には」
「大丈夫大丈夫!緑間、早く戻ってこいよ」
渋々といった感じで歩いて行く二人を見送れば、横からの威圧に高尾はそろ〜っと逃げ出そうとした。
いつもは影が薄いくせに今は存在感を感じる。
「えーと、まずかった?」
「僕はまだ二人の関係を許してないですよ」
「そんなこと言わずに!」
とんだ小舅がいるぞ、と高尾は思わずにはいられなかった。
To be Continued
act.36
2016/04/02