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試合終了のブザーが鳴り、茉穂は両手を握ったままでコートにいる彼らを──彼を、見つめていた。
肩で息をし、俯いているのが遠目からでも分かった。
(………緑間くん…)
整列し、相手と握手を交わす選手たちに拍手が沸き起こる。だが見つめている彼は、相手側の主将に手を差し出していたが、相手は彼に何かを告げ、その手に触れることはなかった。
何を、話していたのだろうか──自分には入る事は許されない領域の事だとしても、彼が、緑間が心配なのだ。
いや、こんな何も持たない私が彼を心配するなんて烏滸がましいだろう。
言葉では「頑張ったね」「感動した」といくらでも言える。ただそれを今一つ理解していない私に言われても言葉が軽すぎる気がして、茉穂は駆けつけずにいる。
試合会場から退出していく彼らを眺めて、茉穂は息を吐いた。
早く、会いにいった方がいいのだろうか──それとも心の整理をさせてから会いに行けばいいのだろうか。
そもそも、私に会いたいのだろうか──?
ネガティブな事を考えているうちに、コートでは誠凜と海常の試合が始まっていた。
開始直後に黄瀬の
「………そんな…」
試合が始まってしまった。これでは緑間の元にはますます行けない。
緑間──彼は大切だが、幼馴染みがいる誠凜もまた大事なのだ。自校として。そばにいた幼馴染みとして。
後ろ髪を引かれつつ、試合を見ていれば様々な事が起こる。先程の試合同様、茉穂は両手を胸の前で組み、祈るように誠凜の試合を見つめていた。
時折、幼馴染みが周りを見渡している。どうしたのだろうかと、見つめているとパチリと目があった、気がした。
広い会場で目が合うなんて、と思った矢先、あまり表情を出さない彼の口元が上がった気がした。
(………笑った…?)
笑う顔を見るのは初めてでも何でもない。
幼い頃から幼馴染みとして過ごしてるから、他人には分からないだろう彼のほんの少しの喜怒哀楽は分かる。
(………テツ?)
どうしたのだろうか──そんな事を思いながら茉穂は試合を観ていた。
盛り上がる試合に魅入ってしまった。まさか、最後の最後で黒子のブザービートになるとは思わなかった。奇跡の再々逆転試合。
攻略されてしまった、彼独自のファントムシュートだったが、彼にしては忘れ難いモノになったであろう。とにかく、誠凛高校は決勝進出を決め、相手は高校最強で開闢の帝王と謂われる洛山高校。
誠凛と海常が試合をする前に、秀徳が試合をした相手だ。
試合が終わった為、茉穂は立ち上がり、どうしようかと迷った。
テツたちにおめでとうと言いたい、言いたいのだが、緑間になんて言ったらいいのか分からなかったからだ。
きっと慰めるとか、そういう事をしてはいけないと分かっているのだ。彼らは勝負を捨てなかったのだから。
チラリとコートを見れば、誠凛のみんなが移動しているのが見えた。
余所見をしていたせいか、ドンッと誰かにぶつかった。あっ、と思った時には足が通路の段差から浮いていた。
踏ん張ろうにも、よりにも因って足がいうことを利かなかった。
次に来るだろうと思う衝撃に目を瞑ったが、肩を抱き寄せられるように支えられた。
「大丈夫かい?」
恐る恐る目を開けるとそこには赤司の顔があった。
「………あ、赤司くん…?」
「無事で良かったよ、白川さん」
驚く茉穂をよそに、赤司は腰に手を回し、自分に寄りかかせた。
「あ、あの……」
「小太郎、謝ったかい?」
「うげっ、お、俺?」
「ぶつかったのはアンタでしょ」
「うう……ご、ごめん」
「え、あ、いえ、こちらこそよそ見してたから……すみませんでした」
「だ、だよね、俺悪くな「小太郎?」あ、俺が悪かったから!!ごめんね!!」
赤司に責められ、謝る人を見ながら、未だ、赤司に支えられながらの状態に茉穂は訳が分からなかった。
なんで、こんな事になっているのか。
「あ、あの、赤司くん」
「どうかしたかい?」
「いや、あの……そろそろ離してもらえるかな……」
「足が痛いのだろう?運ぼうか?」
「は?」
なんで、足が痛い事を?と疑問に思っていると、横から声を掛けられた。
「赤司くん、茉穂を離して下さい」
「っ、テツ?!」
「やぁ、テツヤ。決勝進出おめでとう」
「ありがとうございます。茉穂、大丈夫ですか?」
「え、あ、う、うん…」
肩に支えられれば、先ほどまで支えてくれていた赤司の腕が離れていった。
「あ、あの、赤司くん、ありがとう、ございます…」
「ふふ、気にしないでいいよ。──じゃあ、テツヤ」
「はい」
「明日、楽しみにしているよ」
勝ち誇るかのように通路を上がっていく洛山メンバーを見送り、詰めていた息をそっと吐いた。
「大丈夫ですか? 茉穂」
「あ、うん……ちょっと足が利かなかったからびっくりしたけど」
「……まだ時々痛むんですか?」
「……時々ね」
肩を竦めると、茉穂は「そうだ」と声を掛けた。
「テツ、決勝進出おめでとう。試合、凄かった、格好良かったよ」
「ありがとうございます。人生初のブザービートです、今死んでも悔いはないです」
「いやいや、死んだらダメでしょ。明日は決勝があるんだから」
「そうですね。とりあえず行きましょうか」
「うん」
肩を貸してもらい、ゆっくりと歩く。
「今日、火神くんや誠凛のみんなに話そうと思うんです──帝光の過去の事を」
「………そう…」
「……茉穂も来ますか?」
訊いてくるテツに茉穂は横に首を振った。
自分はあくまでも部外者だ。
何があったかはさつきちゃんから聞いてはいたが、詳しくは分からない。
だからこそ当時、テツは私にも話してはくれなかった。多分、必死だったのだろう。目の前のことに。
バスケ部の内情など知らない人間がしゃしゃり出ていい訳ではなかった。
関係ないだろ!と青峰に怒鳴られたりもしたのだ。
そうだ、自分は関係ないのだ。
いくら青峰くんやさつきちゃんと仲良くしたとしても私には無関係で、ただ、泣いているさつきちゃんにも、涙を流さないテツにも何も出来ずにいたのだ。
会場から出て、ベンチに座らせてもらった。
「私は大丈夫だから、もう誠凛の所に戻った方がいいんじゃない?」
またリコ先輩にエビ反りの刑食らうよ?と言えば、苦笑いをしていた。
「送って行かなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、お父さんに迎えに来てもらうから。それに、」
緑間くんにまだ会ってないから、と告げれば、どこか切なそうな顔をした。どうしたのかと声を掛けようとすれば、ブルブルブルとテツが振動した。
ポケットに入れていた携帯を見れば、茉穂の言う通りになりそうです、と冷や汗をかいていた。
どうやら、リコ先輩から着信があったようだ。
「……明日、明日は絶対観に来て下さい」
「──勿論、勝つのを観させてもらうよ」
「はい」
キリッとした顔をして走っていくテツを見送り、茉穂は自分の携帯をバッグから取り出した。
特に着信はない。
はぁ……と息を吐いてから、どうしようかと携帯を握る。
とりあえず、メール画面を出して、メールを作成していく。無難な言葉を並べては、違うと思い、削除していく。
なんて、なんて伝えたらいいのだろうか……。
悩んだ挙げ句、本当に無難な言葉しか送ることしか出来なかった。
それでも、会いたいと思っていると「白川!」と声が掛けられた。
走ってくる緑間の姿に、茉穂は目を見開いた。
「緑間くん」
先程送ったばかりだというのに、こんなにも早く現れるとは思ってもみなかった。
「あ、足を痛めていると聞いたのだが、大丈夫なのか?」
「へ?」
何故その事を?と疑問に思っていると、後ろにいたのか高尾くんが教えてくれた。
「さっき、黒子と火神に会ったんだよ。なんか黒子が真ちゃんに言ってたけど」
足、どうかしたの?と訊いてくる高尾に茉穂は苦笑いをした。
古傷が痛んだだけ、と言えば高尾くんが「じゃあ、真ちゃん、茉穂ちゃんを送ってやれよ。じゃーなー」とあっという間に行ってしまった。
ここ最近そんな事ばかりだ。
緑間くんは「歩けるか?」と訊いてきたから、大丈夫だと答える。差し出された手に微笑んで、触れた。
自然に繋がる手に恥ずかしくも嬉しくて、歩き始める。
拙いながらも、今日の試合の事を話ながら、私たちは家路についたのだった。
「とても、とても、格好良かった」
そう伝えられたら抱き締められた。
To be Continued
act.39
2017/05/11