04

黒子のバスケ

夕食後、いない火神くんの分をきちんと分けてから明日の下拵えをした。
テツに聞いても「分かりません」の一言。
友達、なんだよね。あの二人は。と思いながらもテツは前々から友達に関してはそうだったかもしれない。
淡泊という訳でもないないが、それに近い。でも、友人は大事にする人間だ。気性なんて男前である。

「…………」

一瞬、懐かしい人たちが頭に浮かぶ。
それをかき消すように頭を振り、明朝のご飯をセットした。
火神くんを少し待ったが現れず、茉穂はリコに訊ねようとエプロンを外し、調理場から出た時だった。声をかけられたのは。

「白川」

「……緑間くん?」

壁に背をつけて、立っていたのは緑間だった。
気づいた彼は姿勢を正してこちらを向く。

「話があるのだが」

「…え? 今?」

「駄目か?」

「駄目っていうか…ちょっと先輩に訊きたい事があって」

「そ、そうか…」

「「…………」」

どうかしたのだろうか?
緑間の様子に首を傾げてばかりいる。

「あ、え〜と…」

「どうかしたのか?」

それはこっちが訊きたい!と思いながら、火神くんの事を知らないか訊いてみた。

「火神くん知らないかな? 夕食にも戻らなくて、待ってたんだけどいい加減遅いから先輩に聞こうと思ってたんた」

「……火神…」

火神くんの名前を出した途端、緑間くんが顔を引きつらせた。

「……ずっと奴を待っていたのか……火神なら体育館練習の時から走らされてるみたいだが」

最初に呟かれたのは聞き取れなかったが、火神くんが不在なのは走っているからだと分かった。

「そうなんだ……分かった。ありがとう、緑間くん」

「……あぁ」

そういえば、話があると言ってたのは彼だ。何の話かは分からないが促そうとした時

「あ、白川さん。ここにいたのね、お風呂に……って、緑間くん?」

リコが茉穂を呼びに来たのだ。
二人を交互に見て、お邪魔だったかしら?と言ったが、茉穂にすぐ否定されてしまった。

(……あら、本当に邪魔しちゃたようね……)

茉穂の否定に緑間の肩が下がる。

「あ、じゃあ、後ででもいいかな? お風呂の後」

「……あぁ、それでいいのだよ」

「じゃあ、ごめん。後でね」

背を向けて、荷物を取りに行こうとすれば、後ろから声をかけられた。

「白川、」

「?」

「ゆっくりで構わないのだよ」

「……う、うん…」

よく分からないが、部屋に戻り、入浴の支度をした。
相田先輩がなんだか、ニヤニヤしているのが気になる。どうかしたんですか?と声を掛けるが、なんでもない、と言われてしまえば、どうにもならない。
首を傾げながら、身体を洗う。その時、リコに訊ねられた。前に運動部じゃなかったか、と。

「……あー……はい、中二までですけど」

「中二まで?」

「中一の冬に事故に遭いまして、それ以来走ることが難しくなって…」

「え、でも、走ってたわよね?」

「軽い程度ならいいんですが長くは無理なんです」

「そうだったの……ごめんね」

「いえ、もう随分前のことですから、大丈夫です」

「おかしいなって思ったの。身体能力が普通よりも高いから」

身体能力?分かるのかしら?と疑問を抱いていると、何をしていたのから訊かれた。

「……新体操をちょっと…」

「だから、柔軟性があるのね。それにスタイルいいし…………胸もあるのね」

「ヘ?」

「ううん、なんでもないわ」

ぶつぶつと湯船に顔をつけているリコを眺め、茉穂は足を擦った。
そこには薄く白い線上の傷痕があったのだった

「……すみません、先に上がります」

「あ、うん」

緑間くんと約束をしていたし、待たせるのは申し訳ないから、と茉穂は部屋に戻った。
濡れた髪をタオルで拭き、そのまま肩にかけて部屋から出た。

「……連絡先、知らないんだった」

電話しようとして、止まってしまった。どうしよう、と思いつつ、足を黒子の部屋に向けた。
歩き出すと声をかけられた、

「あれー? 朝会った子じゃん」

「え? あー……」

「あ、分かんない?」

「朝、テツたちといた人ですよね」

「うん、そう。秀徳1年 高尾 和成って言うんだ、よろしくー」

「誠凛1年 白川 茉穂です 」

「茉穂ちゃんかぁ、可愛い名前だね」

「…………高尾くんって、ナンパとかしてそうだね…」

「ヘ? いきなり何?」

「なんていうか、……初対面でそんなこと言われるなんて思ってなくて…」

はっきり言えば軽い。そんな感じだ。
あ、でも前に木吉先輩にも同じこと言われたっけ。

「ひっでぇな〜。なんかさ〜真ちゃんが気にしてるから気になっちゃって…。同中なんだよね」

「え、えぇ……って、『真ちゃん』って緑間くんの事?」

「そ、緑間の事。って茉穂ちゃん、髪乾かしてないの?」

「あぁ、うん。なんか緑間くんが……あ、高尾くん。緑間くん知らない?」

「真ちゃんとなんかあんの?」

「話があるとか言ってて」

「そういや、見てないな。それより、風邪ひいちまうから…」

高尾はそう言って、茉穂の肩にあったタオルを取ると頭に乗せた。
ひゃっ、と小さな悲鳴をあげた茉穂をよそにゴシゴシと拭いていく。

「ご、ごめん…」

「いいから、いいか……っと…!」

いきなり、誰かが高尾の腕を掴んだ。
高尾には誰だなんて予想は簡単だった。見れば、眉間に皺を寄せ、怒り心頭な緑間の姿がある。

「何をしているのだよ、高尾!」

「あれ、真ちゃん。どこに行って「何をしているのだと訊いているのだよ」」

「え?緑間くん?」

茉穂はタオルを被せられて見ることが出来ないが、声と高尾が呼んだ名に反応をした。

「……いやさ〜、茉穂ちゃんが髪濡らしたままでいたから、風邪ひいたら大変かと思ってさ…」

「…だ、だからと言って、なぜお前が…「緑間くん、高尾くん」」

頭の上で会話をしている彼らに声を掛けると、何故か彼らは固まっていた。
タオルが少し擦れ、髪が少し乱れているなか、上目遣いで見上げてくる眸にドキッとした。
身長差がありすぎるのも問題である。茉穂は160cmもないのだ、対して緑間は195cm、高尾は176cm。
高尾とは然程ないが、緑間とは30cm以上差があるのだ。
しまいには風呂から上がったばかりで、髪が濡れており、少し火照った顔である。

「「…………」」

「……どうかした?」

「いや、濡れ髪って色っぽ「高尾っ!」いやいや、真ちゃんだって同じ考えっしょ!」

「……っ!…く、下らんのだよ!」

眼鏡をグイッと押し上げる緑間に茉穂はますます訳が分からなくなる。

「……え〜と、それで話って?」

「……」

「もしかして、オレ邪魔?」

「……」

「言わなきゃ分かんねーぞ、真ちゃん」

「うるさいのだよ、高尾」

「んじゃ、オレ先に戻るわ。おやすみ〜、茉穂ちゃん」

「え、あ、うん。おやすみなさい」

手を振りながら、歩いていく高尾に手を振り返した。
沈黙が落ちる。

「…………」

「…………」

「……(何、この雰囲気…?)」

「…………」

「…あ、の…緑間くん…?」

見上げると眼鏡越しの眸と目が合う。
そういえば、体育館でもそうだった。

「……久しぶりなのだよ」

「……え〜と…そう、ですね」

「何なのだよ、その返事は」

「いや、そんなこと言われても、別に親しい訳じゃないし、中二、中三とクラス一緒なだけ、だよね?」

「……そうだな…」

「うん…」

何だろう、これは? 茉穂は不可思議でしかなかった。
口に出した様に、緑間とは二年間同じクラスだけという、繋がりでしかない。
テツから話は何回か聞いたことはある。彼を通して、バスケ部の中で知り合いになったのは桃井と青峰、黄瀬くらいで、桃井とは仲良くなって友達になったくらいだ。
他の『キセキの世代』と呼ばれる三人は名前だけは知っていた。だが、知り合いという訳でも、友達という訳でもない。
強いていえば、同じ中学の同級生だった、それくらい稀薄な関係だ。
だからこそ、彼が何故こんな風に話しかけてきたのか、さっぱり分からない。
まさか、色恋沙汰という訳でもないだろう。

(……要らぬ心配だわ)

見上げるとぶつかる眸。

「……黒子のことを…」

「?」

「名前で呼んでいたが、どういう関係なのだよ」

「どういうって…幼なじみだけど?」

「そうなのか?」

「う、うん……」

「……知らなかったのだよ…」

本当にいったい何なんだろう?
話とやらはそんなことなんだろうか。そろそろ部屋に戻りたい。
ぶるり、と身体が震え、くしゃみが出た。

「……全く、そんな髪を濡らしたままでいるからなのだよ」

そう言って、頭にあったタオルでそのままごしごしと拭き始める。

「うわっ、ちょ、なに!?」

「何って髪を拭いているのだよ」

「いや、自分でやるから……そろそろ部屋に」

戻るから、と言おうとして顔を上げれば、緑間の顔が近くて驚いた。

「……」

「……」

なんで、緑間くんは顔を赤くしているんだろう?

「えっと…緑間くん?」

「す、すまない」

「…………」

そんな顔されると、こっちまで照れてしまいそうになる。

「その…連絡先を…教えてもらえないだろうか」

「……う、うん」

メアドとケー番を交換すると、ほんの少し、彼が笑った気がした。
なんとなくむず痒い雰囲気の中、それは突然破られた。

「白川!」

「火神くん?」

「……火神…」

「げっ、なんで緑間がいんだよ」

火神は緑間の姿を見て、声を荒げる。

「煩いのだよ!」

「はぁ? オレはただ思っただけをだな…」

「火神くん? 今まで走ってたの!?」

「あ、あぁ、それより飯なんだけどよ、アレ食っていいのか?」

「あ、うん。火神くんの分だよ。足りなかったら、何か作るよ?」

「いや、いいよ。足りなきゃ自分で作るし」

「でも、疲れてるでしょ? いいよ、作るから」

「じゃあ、悪ぃけど頼む」

その為に合宿に参加しているのだから、気にしなくていいのに。
それになんとなく、助かった、と思った。

「…じゃあ、えと、もういいかな? 緑間くん」

「…………かまわないのだよ…」

「何、こえー顔してんだよ、オマエ」

「お前には関係ないのだよ」

緑間はそう吐き捨てると、踵を返して歩いて行ってしまった。
あ、となんだか引き止めたく感じながらも、茉穂はそれを口に出さなかった。
火神が怪訝そうに後ろ姿を眺めて言った。

「なんだ、アイツ?」

「……さぁ?」
「まぁ、いいや。飯頼む」

「うん」

緑間くんとは反対に食堂へと足を向ける。彼がその時こちらを見てるなんて、知らなかった。




To be Continued





近々、緑間の視点に変わるかも。
お読み下さり、ありがとうございます。
2012/10/22


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