階段でキスの高さ調整

テニスの王子様

『小泉さん、俺と付き合って下さい』

『え?』


そんな会話を聞いたのは、ついさっき。部活に行く途中の体育館脇でのことだった。
小泉さん、という名前と聞き覚えのある声に俺は思わず声のする方を向いた。
木陰に隠れて見えたのは見覚えのある姿。そしてそれはやはりというか、同じクラスの小泉 陽菜ちゃんの姿だった。
彼女が見上げる男子生徒はあまり見覚えがない。誰だろうとじっと見てしまう。
木に隠れながら、会話をそのまま聞いてしまう。なんて失礼だと思いながらも、足が動かない。

『あの……?』

『選択の授業で一緒なんだけど、前から可愛いなって思ってて、良かったら付き合って欲しいんだけ』

『え、えと、気持ちは嬉しいけど……ごめんなさい! 今、誰かと付き合うとか考えてなくて』

『じゃあ、先ずは友達として付き合ってみてよ』

『え、…………ま、まぁ、友達になるなら』


その時、ズキン!と胸が痛くなった。
『友達として』と言ってはいるが、彼女に好意を抱いている男が彼女の傍にいることになるのは、正直面白くない。イヤだ、と感じる。
日吉にはあまり思わない(はずな)のに、なんでだろう。

『本当!? ありがとう。早速だけど今日一緒に帰らない?』

『え? き、今日はひよくんと一緒に帰るから…』

『じゃあ、明日から一緒に昼食食べない?』

『お昼は、チョタくんと食べる約束してるから…その』

『友達ならいいって言ったのに断るの?』

『だ、だって…いきなりすぎて…』

『…小泉さんて、鳳と付き合ってるの?』

『な、なんで?』

『昼は鳳と食べる約束してるって言ってるから。日吉とも仲良いよね?どういう関係?』

『ひよくんは幼馴染みで、チョタくんとは……え、と…クラスメイト……仲良しのクラスメイトだから』


その時、陽菜ちゃんの顔が切なそうに見えた。と同時に“仲良しのクラスメイト”。そうだ、と思いながら、チクリとまた胸が痛くなる。
そうじゃない! どこかで叫びたくなる。

『……なんだよ、それ』

『え?』


顔、赤ぇし。と言った彼に陽菜ちゃんは何かをボソリと呟いた。途端に、彼はやってられないと言わんばかりに、去って行った。
一体、なんだろうと分からなくなる。
陽菜ちゃんはと言えば、顔を覆ってその場にしゃがみこんでいる。
どうしたのかな、と心配しながらも、早くこの場所から去らなくてはと考えた。踵を返そうとして、パキリと細枝を踏んでしまった。

「誰?」

顔を上げた陽菜ちゃんとばっちり目が合った。なんで顔が赤いんだろう、陽菜ちゃん、と声を掛けようとしたら

「うわああぁぁぁん!?」

彼女は声を上げて、体育館の非常階段を駆け上がって行く。
「陽菜ちゃん!?」一瞬の間の後、つられるように俺は彼女を追いかけた。
陽菜ちゃんは小さい割りに体力がある。でもテニス部レギュラーの俺は、あっという間に距離を縮めて、彼女の腕を取った。

「……はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」

「……陽菜ちゃん…?」

「な、……なんで、追いかけて……っていうか、いつから……」

「ご、ごめん!……聞くつもりは…」

なかったんだけど…。と続けたら、どこから聞いてた?と訊かれた。正直に「付き合って下さい」からだど告げると、陽菜ちゃんは赤かった顔をますます真っ赤にさせた。

「き、聞こえた……?」

反対の腕で顔を隠し視線が合わせない彼女の姿を見て、俺の胸はドキドキと鼓動が速まる。手を当てて、俺はようやく自分の気持ちに気づいた。
さっきは痛いと感じた胸、でも今は違う。誰かに取られそうになったから、痛かったんだ。
そして、追いかけたのは他ならぬ陽菜ちゃんだから。
うーと唸る彼女の腕をもう一度掴んだ。

「陽菜ちゃん…」

「な、なに……?」

涙目になりながらもきちんとこちらを向いた彼女。
いつもとは逆で、俺が陽菜ちゃんを見上げるなんて新鮮だ。

「……俺、陽菜ちゃんが好きだよ」

「…………へ?」

「だから…自惚れてもいいなら、俺と付き合って、下さい」

「…………」

黙る陽菜ちゃんにちょっと不安になる。
じっと見つめていると、キョロキョロと泳いでいた眸がこちらを向いた。

「……本当?」

「うん、陽菜ちゃんが好きだよ」

「…………宍戸先輩よりも?」

「宍戸さんは尊敬する先輩だから、比べようもないけど…」

「…………」

「女の子としては陽菜ちゃんが一番だよ」

「っ、」

いつもとは全く違う。見上げているとまるで彼女に請うているようだ。いや、実際請うているんだけど。
やがて、真っ赤になっていた陽菜ちゃんは観念したかのように口を開いた。

「私も、チョタくんが、好き、です」

「日吉よりも?」

「なんで、ひよくん?」

「だって仲良いから」

「そんなことないよ」

「あるよ。だから、たまに不安になるんだ」

「(私もなんだけど……特に宍戸先輩とか、)私はチョタくんが、男の子の中で一番好きだよ」

えへへ、と笑みを浮かべる陽菜ちゃんが可愛いのと、普段は近くならない顔。
2、3段上にいるの彼女と目線が合うように調整すると言葉より先に身体が動いた。
ちぅ、と柔らかい唇を合わせた。

「ちょ、チョタくん、!?」

「だって陽菜ちゃんが可愛いすぎるから」

にっこり笑うと彼女は、む〜と口をへの字にして、やがてへにゃと笑った。
いつもは見上げられて、見下ろして、合わさらない顔が階段の段差によって同じ位置になる。
同じ高さも悪くない、だって目が合うのは嬉しいから。



END


2012/07/26


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