今も昔も遠い未来もすぐ側に

テニスの王子様

騒ぎになってしまったが、大事に至ることもなく、蓮二と二人で電車に乗った。
帰宅ラッシュに合い、朝同様に蓮二は人混みを背にして、私を壁側に立たせてくれている。

「椿姫っ!」

声変わり前には何度も聴いた言葉だったが、低く心地好い声から紡ぎ出された名前は耳に残る。
ドキドキしてしまうのは何故なんだろうか……ただ名前で呼ばれただけなのに。でも聴きたかった言葉でもある。
昨日の事をどう考えているのか分からず、本当は逃げ出したいけれど、決めたのだ。決着をつけると。
電車から降り、蓮二の後を着いて歩いていると不意に彼の足が止まった。
つられて足を止めると、蓮二がこちらを向いた。

「ちょっと寄って行かないか」

彼が示す方を向くと、小学生の頃に遊んだ公園があった。

「え、あ、……うん」

昨日の事を言われるのだろうと直感したが、嫌だとは言えなかったのは蓮二が微笑んだからだろう。

「懐かしいな」

「そうだね、たまに遊んだよね」

よくではないにせよ、蓮二と何度か遊びに来たことがある。

「……」

「……」

沈黙が降りる。どうしたらいいんだろうと俯いていると、蓮二が口を開いた。

「ここで、」

「え?」

「ここでお前に励まされたことがあったな」

「泣かないで! 私が一緒にいるから、ずっと一緒にいるよ」

あれは蓮二が引っ越して来て、遊びに行ってみたらと言われて連れ出した時のことだ。
覚えていてくれたことに驚いてしまった。

「お、覚えて、るの?」

「──あぁ。俺よりも泣いて、手を握ってくれたことが印象深い。そして、涙を流すお前が綺麗と思えた時だった」

「き、綺麗って!? は? え? なんで!?」

「夕陽に照らされた涙が光っていたんだ。それと俺の為に泣いてくれるお前が可愛いとも思えた」

「えぇっ!?」

突然の言葉に呆気に取られていると、蓮二は微苦笑していた。

「きっとあの時にお前に惹かれたんだろうな……しかし学校が離れ、お前と話せなくなると寂しいと思えた。だがテニスが大事だった俺は考えないようにしていた」

「だ、って、彩香ちゃんは…」

「……彩香には振られたよ」

「はぁ? い、いつっ!?」

「昨日だ」

「昨日?」

「あぁ。あの後、彩香の家に出向いてな……まぁ結果は始めから分かっていたが、気持ちの踏切りをつけないといけないと考えた。お前にも失礼だろう」

「失礼、って…」

「他の女を想っていたのにすぐにお前に向いたら、気にするだろう。本当は彩香のことが、と」

「……」

「だが昨日既に彩香への想いは過ぎたものになっていたことに気付かされた」

「え?」

蓮二は思い出すように微笑している。

「どうしたの? 蓮二くん」

「云いたいことがある。俺はお前の事が好きだった」

「────…、ありがとう。私は精市が一番好きだけど、蓮二くんのことは友達として好きだよ」

「あぁ、ありがとう」

「それですっきりした?」

「は?」

「だって蓮二くん、言ったじゃない─────」


どうかしたのかと蓮二を見上げていると、フッと笑った。

「れ、蓮二……?」

「いや、彩香は理解っていたんだなと思ってな」

「へ?」

「「いまさら」と言ったが、撤回させてくれないか」

「……」

「俺は今でもお前が好きだということ、なんだか……遅いだろうか」

いつもは見えない双眸がこちらを見つめている。

「だ、だって…私、」

「お前が立海を受けた理由を都合良く考えてもいいのだろうか」

「……っ、」

「お前の口からきちんと聞いてはいないが、先に言いたかった」

答えはと聞いてくる蓮二の顔がぼやけてくる。
スッと長い指が頬を掠めてきた。

「やはり椿姫に泣かれるのは一番堪えるな…」

「れ、蓮二……、私…」

「……あぁ」

「ず、るいよ…、何年、私が想っていた、と思ってんのよ……私は、ずっと、蓮二が好きなのにっ!?」

「ありがとう…」

言い終わる前にぎゅっと抱きしめられた。
私は嬉しくて、恥ずかしくて、蓮二の胸元に顔を押しつけて泣くしかなかった。
その間も蓮二は髪を撫でてくれたり、その優しい手付きに心が溶かされていく感じがした。
どのくらいそうしていたのかは分からないけど、携帯の着信音が聞こえてきた。
私のじゃない、蓮二のだ。

「……で、出ないの…?」

「…………」

「れ、蓮二?」

「………チッ

「……(今、舌打ちした?)」

疑問を抱きながらも離れた蓮二は携帯を取り出していた。

「もしもし、弦一郎。何の用だ。余程重要な要件なんだろうな。用がなければ切るぞ」

言うだけ言って蓮二は電話を切った。なんていうか強引だ。くるりとこちらを見た。

「さ、真田くん…いいの?」

「ああ、構わない。それより……今はこうしていたい」

蓮二は掴んでいた手をぎゅっと握ってきた。

「3年間離れていたんだ。その時間を埋めたい、そしてこれからも一緒にいたい──駄目だろうか?」

真っ直ぐ見つめてくる双眸に、また泣きそうになるのを堪えて私は蓮二に抱きついた。

「ダメじゃない! 私も蓮二と一緒にいたい」

「あぁ…もちろんだ」

柔らかい声がして顔をあげると耳を赤くした蓮二にドキッとしたが、長い指が頬を掠めて、顎を持ち上げられた。
だんだんと熱くなるのが分かり、顔を逸らそうとしたがそれは叶わなかった。

気付けば、空は紫色に染まっていたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


いつもと同じ朝が始まる。
いつものように朝練の為に眼が覚めて、顔を洗い、朝食を食べる。
お母さんが作ってくれたお弁当をバッグに詰めて、身支度をして家を出る。
そこまではいつもと同じだが、家の前にいる人物に私は笑みを浮かべた。

「おはよう、蓮二!」

「あぁ、おはよう。椿姫」

フッと微笑する蓮二にドキドキしながらも、傍に寄ると片手を取られた。
繋ぐ手に私は小さく笑って、蓮二と道を歩き始めた。





END


あとがき

なんともいえない感じで完結してしまいました。
なんだか柳がどうなんだとか彩香嬢もどうなんだよ、という感じですが(苦笑)
番外編とか書けたらいいですが、どうなるかはまだ未定です。
お付き合い下さった皆様、ありがとうございました。


2011/10/02


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