以前はこんな顔しなかった

テニスの王子様

駅のベンチに座り、倉橋さんが息を整えていた。
先ほどのことでまだ動揺しているらしい。

「大丈夫? 倉橋さん」

「ん、ごめんね。付き合わせちゃって」

眉を八の字にして、苦笑いを浮かべているのを見ながら「んーん」と首を横に振る。
すると「ありがとう」と微笑してくれた。

「彩香、どうだ?」

「蓮二くん。もう大丈夫だよ」

併設されているコンビニで買ってきたのか、蓮二の手には飲み物があった。

「とりあえず、これでも飲んでおけ」

「ありがとう、蓮二くん」

ジッとやり取りを見ていると、くるっと蓮二が向きを変えた。差し出される飲み物に顔をあげると、いつもと変わらない顔で言った。

「お前の分だ」

「い、いいの?」

「無論だ」

「あ、ありがとう……」

なんだか嬉しかった。
倉橋さんばかりを気にする蓮二がこちらを見てくれたような気がして、嬉しかったのだ。
ギュッと缶を握り、飲むのが勿体ないなんて思ってしまうのは蓮二がくれたからだろうか。
チラリと傍らの蓮二を見上げると視線は倉橋さんに向けられていた。
心配と共に安堵したような顔で見つめている。

──なん、で…

口から出そうになる言葉を手で覆った。

「室生さん? どうかした?」

見つめてくる双眸にハッとして、なんでもないと口に出したが、彼女は心配そうに見上げてきて、蓮二は見下ろしていた。

「そう? ごめんね。付き合わせちゃって……帰ろっか」

「え、あ、うん…」

立ち上がろうとした倉橋さんの前にスッと手が差し出されていた。

「大丈夫だよ、蓮二くん」

「いいから掴まれ」

差し出したのは蓮二の手で、倉橋さんは苦笑しながらも手を取り、立ち上がった。

「心配性だな、蓮二くんは」

「お前に何かあったらタダじゃすまないからな」

「ふふっ」

何のことか分からないけど、二人とも面白そうにクスクスと笑っていた。
なんとなく感じる疎外感にぐっと下唇を噛む。
先ほど見た蓮二の表情(かお)が過った。

あんな顔、知らない……

二年間一緒に過ごした小学生の時には見たことのない表情をしていた。
悔しくて、悲しくて、でも泣く訳にはいかなくて、どうしようもない感情に捉われていく。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


倉橋さんを自宅まで送るという蓮二と一緒に、三人で歩いていた。
蓮二の家を真ん中にしたら、倉橋さんの家は我が家とは反対方向で、私たちが通っていた小学校へのルートからも外れていて、あまり歩いたことがない地区だった。

「ごめんね、二人とも」

「気にすることはない」

「大丈夫、気にしないで」

「でも室生さんは遠回りでしょ? 二人とも部活で疲れているのに」

「そんな、大したことないよ」

「マネージャーの仕事が大したことないなんてないよ。色々大変なことくらい知ってるよ、室生さん」

「……え、あ、ありがとう……気にしてくれて」

「ううん。……そうだ、室生さん、椿姫ちゃんって呼んでいいかな? 私のことも彩香でいいから」

「え、」

「あ、ダメならいいんだけど…」

「あ、ダメじゃないよ。椿姫って呼んで」

「ふふっ、良かった。素敵な名前だな〜って前から思ってたの。可愛い名前だよね、椿姫ちゃんって、ね、蓮二くん」

「そうだな……いい名前だな、椿姫」

「……え」

話をいきなり振った倉は…彩香ちゃんに驚きながら、後ろを向くと蓮二が微笑していた。
そして薄い口唇から紡がれた私の名前に、私は泣きそうになった。

何年かぶりに、蓮二から呼ばれた名前

嬉しくて堪らなかった。
あぁ、やはり、私は蓮二が好きなのだ。

彩香を自宅まで送ると同時に、彩香ちゃんの携帯に着信があった。

「きっと精市だろう」

幸村くんかららしかったが、その時の彩香ちゃんはとても可愛いらしく見える。
それを微笑ましく見ているなか、蓮二の眉が一瞬、ほんの一瞬、歪んだのが見えた。
バイバイと手を振り、彩香ちゃんは家に入っていくのを見届けてから、私たちは家路を目指した。
駅前で見た顔と、さっき顔……普段はポーカーフェイスのように変わらないのに、彼女の前では全く見たことがない表情をしていた。
……そんな表情、私は知らなかった。


彩香ちゃんが嫉ましくて、しょうがなかった。



To be Continued



あとがき

完璧に椿姫→柳→彩香⇔幸村というなんともいえない感じに……。
ようやく次あたりで、椿姫と柳が二人きりになれるかも…という感じです。
彩香さんがなんともいえない立ち位置にいるのが、書いてて「ごめんよ」と言いたくなる。
何も知らないのは、時には凶器ですね。(苦笑)

感想頂けたら嬉しいです。


2011/07/21


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