あなたが残した熱は下がらない

テニスの王子様

シトシトと降る雨を眺めながら、瑠歌は資料室にて担任に頼まれた仕事をしていた。
少々、埃臭いのに眉を潜めつつ、バサバサと冊子を片付けていると、扉が開き、声を掛けられた。

「華月さん」

「何か、用?」

「……いえ、その……お手伝いいたします」

「そう。ありがとう、柳生くん」

微笑してそう言うと、瑠歌はまた背を向けて整理をしている。
時折チラチラと眺めてくる視線に瑠歌はため息をついた。そして、雨を眺めながら

「どうかしたの?」

「え、」

「さっきから、視線感じたから。何か気になることでもあった?」

「……」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


華月さんの言葉になんと返したらいいのか分からなくなり、言葉に詰まった。

「……どうかした?」

「い、いえ……何も。…………これはこちらでよろしいですか?」

「うん。いいんじゃない」

「はい……」

また沈黙が訪れる。
柳生は何かを話さなければと思うが、なんと言っていいのか頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
聞きたいことがあるから彼女を探していたというのに。
昨夜のこと、私をどう思っているか、など。聞きたいことがあるが、聞くことが出来ない。

──情けない

そう思いながら、棚を整理していく。

「そういえば、」

「はい?」

「今日、部活は?」

「休みです。雨が降ってますし、屋内トレーニングルームは今日は野球部が使用らしいので」

「ふーん、そう」

そう言ってまたカサカサと紙類をまとめているのか手を動かしている音がするのを耳にした。
そして、思った事は──華月さんは狡い。

(私が何を考えているか、分かっているだろうに、それを言わせようとしない)

話し掛けようかとすると、たわいもない事を言ってくる。

(昨夜のこと──はっきりさせたい。私をどう思っているのかを。……私は、貴方が……好きだから)

だからこそ、昨夜のことをはっきりさせたい。
貴方に触れてしまったから、どうにもならなくなる。
柳生は背中を向けて、資料の整理をする瑠歌を見つめていた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


資料室の整理を頼まれてから二時間近く経った頃、それは終わりに近づいていた。
瑠歌は柳生からの物言いたげな視線を感じながら、ようやくそれが終わったのは、先生が現れた時。

「華月、すまなかったなぁ―っと、柳生も手伝ってくれていたのか? サンキューな」

「いえ、大したことは」

「いやいや、助かったよ。うん、見違えるように整理されてるな。ほれ、褒美の飲み物だ」

そう言って渡されたのは缶コーヒー

「……ありがとうございます…」

受け取ったものの、瑠歌はこう見えてコーヒーはあまり好きではなかった。
そして一緒に手伝った柳生の分は、無論ない。

「柳生くん……あげるわ」

「いえ、私は結構です。先生は華月さんに持ってきて下さったのですから」

「なんだー、華月は俺がやったコーヒーが飲めないのか〜」

「いえ、そういう訳ではなくて。柳生くんの方が色々してくれましたし」

「んん、まぁ、俺も柳生いるとは思わなかったし、悪いな柳生」

「いえ、ですから」

「いいから貰って、ね」

暗にコーヒーが苦手っていうのもあって、重ねて言うと理解したのか、柳生くんは苦笑しながら受け取ってくれた。

「……それでは、頂きます…」

「こらー、横流しするなよ華月」

「ふふ、すみません。先生。それじゃあ、私たちはこれで」

「ん、ああ助かった。まだ雨降ってるから風邪ひかないようにな〜」

「じゃ、失礼します」

「私も失礼いたします」

少し文句をいう先生に頭を下げて、柳生くんと資料室から出た。
暫く歩いてから、私は柳生くんの手にあるコーヒーを指差した。

「ごめんね、それ。押し付けちゃって」

「いえ。大丈夫ですよ。コーヒー苦手みたいですね」

「あ、分かっちゃった?」

まぁ、あそこまで露骨に人に譲渡しようとしていれば分かるかも。
私はクスクスと口に手を当てて笑うしかなかった。

「……それなのに、今朝はありがとうございました」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


クスクスと笑っていた華月さんが止まり、スッとこちらを一瞥してきた。
見つめ合う、というよりは見られているというような感覚に陥る。

「──そういえば、管理人さんのところ行かなくていいの?」

鍵開けてもらうんでしょ?という華月さんに、ハッとした。
そうだ、それを含めて話したいことがあって、私は彼女を探していたのだ。
今なら、今ならきっと話をしてもはぐらかさないであろう。

「……鍵はあったんです」

「え?」

「どういった経緯でかは分かりませんが、仁王くん──朝一緒になりました仁王くんの鞄に入っていたとか……本当にご迷惑おかけしました」

昨日、私がさっさと仲間に連絡をすれば、家に帰れていたものを。
そうすれば、華月さん宅にお邪魔することも、あのようなことも起きなかっただろうに。

「別に、迷惑だなんて思ってないから気にしないでいいよ」

「そんな気にしないだなんで……私は──」

「昨夜のことも忘れていいよ」

忘れることもないあの事を簡単に言われてしまいました。
そんなこと無理です、と私は貴方が……と言おうとした時は、口唇に少し冷たい感触があった。

「昨夜のことは忘れてしまっていいし、気にしないでいい。あと、柳生が言おうとしていることは、気の迷いだよ、そんな感情は私ではなく他の人に回したらいいよ」

口唇に触れた指先は雨の寒さのせいか、冷たい。
微笑する彼女が綺麗に見えた。
まるで雲を掴むように実体がなく、不可解な存在。ミステリー小説のように先が読めない。
──知りたい、彼女を。もっと。

「寒いわね、ちょっと貸して」

私の手にあった先ほどのコーヒーを取り、暖めるように手を当てた。
そして頬へとつけ、口唇が触れる。口唇を見て、昨夜何度もそれに口付けをしたことを思い出す。
それと同時に身体が動いていた。
グイっと彼女の手を取り、身体を抱き締める。驚く彼女を余所に顔をあげ口唇を重ねた。
冷たく、熱い、そして柔らかい感触に、ああ昨夜と同じだと身体が熱くなるのが分かった。
離れた後、抱きしめながら、私は呟くしかなかった。
言わないでと訴える華月さんの困った顔を余所に。

「あなたが、好きです」

どうか、私から離れないで下さい。


一時の気の迷いだと気づいて欲しい






To be Continued


あとがき

久々の更新。
すみません、お待たせいたしました。

2010/09/19


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