君の存在

テニスの王子様

雨の中、ただ二人でマンションへの道を歩いている。
何も言わない彼女。
ちらりと見た横顔は、悲しさと寂しさが垣間見えた。
何故、あなたはいつも寂しげに微笑うのか。
私にはあなたを救うことは出来ないのか。
救うだなんて、烏滸がましい。だが、彼女を放っておくことも、見ないふりも、私は出来ない。
────彼女を、瑠歌を好いているからだ。
一緒に過ごし、仲も良いと思っている。だが、まだ彼女の心には近付けないでいる。
あの日、あなたに触れてから、私はあなたを渇望している。
もっと、もっと、あなたを知りたい。
熱い感情の中で切なげな吐息。
身体の奥にある芯が熱くなる。
冷たい雨の中、私はそっとあなたの手を握った。
彼女が消えてしまいそうに見えたから、失いたくなかった。
自分のモノにしたかったから。


     ◇◇◇◇◇◇◇


握られた手にハッとした。
雨を見て、“昔”の事を思い出していたから。
まるであの日と同じような風景に心を奪われていた。
握られた手を見て、安堵した後、切なくなる。
ああ、まだ忘れてはいない。あの日の事を。

「瑠歌さん」

「……柳生くん?」

「こちらを歩いて下さい。ドロが跳ねますから」

車道側に移動する柳生を見て、瑠歌は息を吐いた。
未来なんて、恋愛なんて、もう要らないと思っていた。
彼を失い、この世界に来て、新しい人生をと言われても、私は諦めていたのだ。──そう思っているのに……。
触れていた手を見つめる。

ああ、この手を放さなくてはいけない。

ぬくもりのある優しい手にすがりたいと思ったのは事実。利用してもいいと思った。
でも、……私は、彼を不幸にしたくない。
私のような人間の傍にいていい人ではない。

まだ、大丈夫。

瑠歌は、そっと柳生の手を取った。

「瑠歌さん?」

「ここで…」

「え?」

「私、行く所があるから、一緒には行けないの」

「瑠歌さん、」

「じゃあ、…ここで」

瑠歌は柳生の手をやんわりと離した。
感じる視線に顔を上げる。訝しげな表情に納得していないのだろうと察する。

彼とは行けない。この先へは。
私は彼にすがり、離せなくなる。それは重荷にしかならない。
また、いつか来る別れがあるならば、その手を掴んでいるのが怖くなる。

瑠歌は一歩下がった。

「また…明日」

「……えぇ、…明日」

沈黙の後、ふぅと吐かれた溜め息に少し心が痛んだ。
くるりと背を向けて、宛てもなく瑠歌は歩き始めた。
どこに行く宛てもなく、ただ、今は柳生の傍から離れたかった。
ダメだ、と彼に言った。
それにウソはない。ウソはないはずなのに、ウソになりそうで怖かったのだ。
きっと、柳生くんに惹かれてしまうだろう自分が怖かった。“カレ”を忘れるのが怖い。
また“カレ”の様に、彼を失ってしまったら…と、別れが怖い。
手を放す野出はなく、離されるのが怖い。
忘れることの出来ないあの頃。
カレさえいれば、良かったのに。
不意に後ろを振り返る。彼の後ろ姿を捉え、唇を噛んだ。何かに堪えようとして。
深呼吸をして、瑠歌は歩き出す。

──これで良かったのだ。

大丈夫、彼に私は必要ない。大丈夫だ。
そう思いながらも頬に伝う雨とは違う熱いモノはなんだろう……と思った時、雨音とは違う、飛沫を上げる音と共に温もりと衝撃が瑠歌を襲った。
振り返った先には、雨に濡れている柳生の姿がある。

「瑠歌さん!」

「柳生、くん……な、んで?」

「……なぜ、でしょう…」

「……?」

スッと柳生の濡れた指先が、瑠歌の頬に触れた。

「あなたに突き放されたのは私の方なのに、何故あなたが泣いているのですか?」

「こ、これはっ!」

「瑠歌さん、こちらへ」

ぐいっと腕を引っ張れ、柳生と瑠歌は人気のない場所へと移動した。
掴まれた腕が痛い。でもそこが何故か熱くて、そして嬉しかったのだった。


私はただ、こわかった





あとがき

またしても半年ぶりの更新です。
もうね、何を書きたいのか分からなくなってしまい、大変でした。
次で最後にしたいですが、なかなか難しいようです(苦笑)

お読み下さり、ありがとうございました。
感想頂けたら嬉しいです。


2012/05/04


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