止まない雨の午後
友人宣言をしてから1ヶ月、彼──柳生 比呂士とはなかなか仲がよくなったのかもしれない。
その理由は柳生が1日に何度か瑠歌を訪ねたりするから、だ。
「華月さん。それを運ぶのですか、手伝いしましょう」
「……大丈夫ですから、気にしないで下さい」
「しかし……」
「このくらいなんともないので、じゃあ」
「あのっ、やはり…」
踵を返すも掛かる声に、瑠歌は小さくため息をついた。
「……では、半分持ってもらってもいいですか? このままだと扉を開けることは出来ないので」
「はい、わかりました」
そう言ってノートを半分以上取ると、ニコリと笑い職員室へと並んで歩いた。
職員室に入る際、彼は片手でノートを持つと扉を開け、どうぞと先を促した。
瑠歌はジッと彼を見た後、職員室内にいた担当教諭へとノートを渡しその場を後にした。
「…お礼は言っておくわ。ありがとう」
「いいえ、お気になさらないで下さい」
「そうはいかないわ、初対面の人に手伝ってもらったんだもの」
「? 何をおっしゃっているのですか?」
「あなた、誰? 柳生くんではないでしょう」
瑠歌は目の前に立つ『柳生 比呂士』の姿をしている男子生徒に向かって告げた。
似ているが違和感があった。何処が?と聞かれれば答えられないが、なんとなくだ。
眸の見えない眼鏡越しに見られているのが分かる。
それに対し、瑠歌はジッと逸らさずに見つめ返していれば、途端に『柳生くん』に似付かわしくない口元が弛んだ。
「……ほぅ、よく分かったのぅ」
そう言って、ズルリと茶色のカツラを外すとキラキラとした銀色の髪が現れた。
眼鏡を外せば現れる三白眼、ゴシゴシと口元を拭えば黒子が現れた。
「……」
「ククッ……騙されないとは驚きじゃ」
「で、」
「?」
「キミは誰?」
「……、お前さん、俺を知らんのか?」
「初めて会いますよね?」
「そうじゃが……」
そんな自信過剰な態度を見て、ああテニス部か。と瑠歌は素早く理解した。
「悪いけど、次の授業があるから行くわね」
「ちょっ、待ちんしゃい!」
「……なに?」
「仁王 雅治じゃ」
「…………華月 瑠歌。じゃ」
引き止められたものの瑠歌は名前を告げると、そのまま踵を返して歩いて行ってしまった。
「……華月 瑠歌、か…。興味が湧いたのぅ」
柳生が最近構っている女子が気になった。ヤツは彼女に惚れているようだし。
見た目はごく普通。だが、あの冷たい何かが気になった。
仁王は不敵に笑うと彼女の後ろ姿をただ眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……失敗した」
学校帰りに降りだした雨はかなりの豪雨。
もうどこかの店に入って傘を買うのも引けてしまう程びしょ濡れになってしまった。
もうこうなったら、早く帰って着替えてしまおう。と思い、急ぎ足でマンションへと帰った。
エントランスまで行き、とりあえず走ったせいで乱れた息を整えていれば、パサリと頭に何かがかかる。
「……柳生くん…」
「風邪を引いてしまいますよ」
見上げれば、そこには自分も雨に濡れてしまっている本物の柳生の姿があった。
ゴシゴシとタオルで拭く柳生の手を止め、瑠歌はそれを柳生の頭に乗せた。
「私のことより、自分のことでしょう。まずは自分を拭きなさいよ!」
「華月さん、私は大丈夫ですから…」
互いにタオルを押しつけようとしているのに気づき、どちらともなく手を止めた。
「……なんか、アレだね。とりあえずここにいるのもバカみたいだし、部屋に行けばいいんじゃないかな?」
マンションのエントランスでタオルの押しつけをしている位ならば、さっさとエレベーターに乗り、家に帰ってシャワーなりお風呂に入ればいいだけの話だった。
瑠歌はエレベーターのボタンを押し、来るのを待っていたが、柳生が来ないのに疑問を抱いた。
「ねえ、家に帰らないの?」
「いえ、そのちょっとした事情がありまして…」
彼らしくない口ごもる様子に瑠歌は不思議になった。
びしょ濡れの制服、ワイシャツは水を含み透けて見えている。にも関わらず、家に入らないのは何故か?
「家に帰れない事情でも? だったら家に来なさいよ、シャワーくらい貸してあげるから」
「華月さん?」
瑠歌の突然の行動に柳生は驚くしかなかった。
「友人として、びしょ濡れの人を濡れたまま放置するのは出来ないわよ、さすがに」
その言葉に柳生は眼を見開いた。
友人になって欲しい、と頼んで時間があれば会いにいったが、呆れた顔をしていた瑠歌にそんな風に思われていたとは。
「……し、しかし、女性の部屋に入るなど」
「気にしなくていいわ。少し散らかっているかもだけど」
問答無用とばかりに瑠歌は柳生の手を掴み、エレベーターへと押し込んだ。
「どうして家に入らない訳? お客様とか?」
「いえ、そういう訳ではないのです」
自宅に入れないというので、9階へノンストップで上がって行く間、訊ねてみる。
ポーンと音がなり、9階への扉が開くと同時に柳生が呟いた。
「自宅の鍵を無くしてしまったようで」
「……珍しいね、柳生くんが鍵を無くすなんて」
「はい、情けない話です」
互いに苦笑するしかなく、瑠歌は家の鍵を開け、彼を促した。
「申し訳ありません、お邪魔いたします」
洗面所からタオルを持ち、リビングへと案内して、話をした。
「でもさ、鍵がないなら管理人に言って開けてもらえばよかったのに」
「それが──……」
自宅に入ろうと鍵を出そうとしたが見つからず、管理人に言ってスペアキーで開けてもらおうと管理人室へ行けば『管理人明日まで不在』とのことで、エントランスにいたという。
それを聞いて、柳生は厄日かなんかなのかと瑠歌は苦笑した。
「じゃあ、ご両親どちらかが帰ってくるまで家で雨宿りしてなよ。制服も乾かしてさ」
「あ、そ、それが……」
困ったような仕草に瑠歌は疑問を抱く。
「実は両親も今夜は戻らなくて…」
「はぁ?」
「医師の研究会で長崎へ行ってまして……」
「えっ、と、じゃあ今夜は一人きり……?」
「の予定です」
「…………」
瑠歌はどしゃ降りの外を眺め、柳生を見た。彼もどうしたものかと外を眺めている。
どうみても止まなそうな雨。
瑠歌は考えた挙句、それを口にするしかなかった。
「じゃあ、今夜は泊まっていけばいいよ」
それに柳生が驚いたのは無理がなかった。
To be Continued