騒めく心を抑える

テニスの王子様

「じゃあ、今夜は泊まっていけばいいよ」

私は思わず眼鏡のフレームを押し上げました。

「華月さんっ……な、何を言って…」

「だって鍵もない、家族も帰って来ない、ついでに管理人さんも不在じゃどうしようもないでしょ。今日はずっと雨みたいだし」

テレビ画面に映る天気予報を見ながら、彼女は答えました。

「で、ですがっ…ご家族の方に迷惑が掛かります。年頃の娘が男を泊めるなど……」

私はそう答えた後に後悔したのでした。
華月さんはこちらを向き、無表情で「家族なんていないから大丈夫」と言ったのです。

「え、あ、あの…」

「私、一人暮らしだから気にしないでいいよ。着替えは……あぁ、防犯避けに買っておいたのがあるから、それを着て。まずはシャワーでも浴びて来て」

トンっと背中を押され、洗面所へと追いやられてしまいました。
あの『家族なんていない』と言った時の表情かおが胸を突き刺さる。
全てを諦めてしまったような、寂しげな表情……。
そんなことを考えていると頭上に何かあるのに気付き、顔を上げると彼女の洗濯物でしょう、干されていました。
次の瞬間、顔を真っ赤にしたのは言うまでもありません。そこには華月さんの下着が……。

「……」

私とて健全な男子高校生です。
紳士としてあるまじき行為ですが、思わず見てしまうのが性……。
Dカップ、ですか…着痩せするのでしょうか。
そんなことを考えているとノックと共にドアが開きました。

「柳生くん、これ入るかな?」

「っ、わ、私は何も……」

「?……あぁ、ごめん。お目汚しさせちゃったね。あ、これで良かったら着替えてね」

はい。と寄越された男性用の服一式を受け取ると、華月さんは下着を外し、洗面所から出ていってしまいました。

「…………」

手渡された着替えは若者の服。なぜ、こんな物が一人暮らしの華月さんの家に?と思うと、何か胸がムカムカしてしまいました。
頭を振り、シャワーを借りようとしてハッとしたのは、華月さんがシャワーを浴びていないのに、私が先に浴びようとしていること。
淑女を先に、という言葉が頭に過り外していたボタンを留め直し、リビングへと戻れば姿はなかった。

「……華月さん…?」

おかしいと思い、続く和室、キッチンにも姿はない。
もしかしたら部屋かと思い、一つある部屋をノックしたが返事はない。ならもう一つの部屋をノックすれば返事が返ってきた。

「はーい…」

「華月さん、先にシャワー、を………なっ、ななななんという格好をっ!」

カチャと扉が開いたので見れば、華月さんはシャツの前をはだけたまま、ジーンズのフックを留めながらこちらを向いていた。

「私は着替えたから大丈夫。先に入っていいよ」

「…………」

「それに柳生くん、テニス部員なんだし風邪を引いたら大変でしょ」

「…………」

「……柳生くん?」

シャツのボタンを留めながら、話す華月さんに見惚れてしまっていたようで、気付けばジッと見上げて小首を傾げている姿があった。

「っ、で、では先に使わせて頂きます!」

「うん」

クルッと踵を返し、間取りが我が家と多少違う洗面所へと戻った。
カチっと鍵をかけ、ほんの少し湿った制服を脱ぎ、風呂場へと足を向けた。
ザーッと流れる熱い湯を頭から浴びながら、壁に手をついた。
あまりにも無防備な姿に自分がおかしくなってしまいそうだった。
友人になって欲しい、と言ってから近くで過ごすようになって、強く惹かれていくのは分かっていた。
そう、自分は「華月 瑠歌」に惚れてしまっている。
別に良くも悪くもない、平均的な顔で美姫さんと傍にいるせいであまり他人には興味をもたれない。
だが少なくとも私や他のテニス部員は彼女は浮ついた女子とは違うと知っている。
一見冷たそうに見えて、本当は優しい──私が風邪を引かないようにと気遣ってくれた。
サーと排水溝へとお湯が流れていくのを視力の悪い目で眺めながら、頭を振った。
だが先ほどの肌蹴た姿が脳裏を掠め、欲情してしまう。
それを落ち着かせる為に柳生はお湯から水に切り替え、頭を冷やしたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


シャワーを浴び終え、着替えてからリビングへと足を向けると窓辺に立つ華月さんの姿があった。
空を見上げて、何か憂いた顔をしてるのが印象的だった。
外はまだ雨が降り続いている、天気予報では明日まで止まないらしい。
これだと明日の部活は中止になるかもしれない。

「……柳生くんは、嫌いな食べ物ある?」

「い、いえ、特にこれといっては」

「じゃあ、夕飯は適当でいいかな?」

「も、申し訳ありません。手伝いますから」

「ん、気にしなくていいよ。買い出しに行ってないから、パスタ系になるし」

そう言って、また窓の外を眺めてから彼女はキッチンへと向かった。
二人で一緒に夕飯を作り、一緒に食べ、片付けた後、彼女が課題で分からないところがあるというので、一緒に勉強をした。
外は相変わらず雨が降り続き、夜の帳が降りていった。



私の心は騒ついてしまう、無防備故に。




To be Continued


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