07

テニスの王子様

朝、登校すると昇降口で後ろから声をかけられた。

「おっはよう、彩香」

「楓ちゃん、おはよう」

「昨日は随分早く帰ってたけど、どうかしたの?」

「国光が九州に行くらしくて、その見送りに」

「そっか。あ、今日は部活にちゃんと出なさいよ」

「はい、分かりました。部長殿」

「うむ。よい返事だ、倉橋くん」

そんなふざけあいをしながら、二人は教室へと向かったのだった。
ようやくクラス、というか人の名前と顔も覚えられてきた。女子に関してはだいたい大丈夫になってきている。

「おはよう、倉橋さん。今日、草野が休みだから、俺と日直になったからよろしくな」

「そうなんですか、分かりました。よろしくお願いします、中田くん」

「……いや、俺は田中だから。面白いね、倉橋さん」

「ご、ごめんなさいっ! 田中くん」

クックッと笑う田中くんに彩香は真っ赤になり、周りは彩香の一日一名前間違いが楽しくてしょうがなかった。

「か、楓ちゃーん……私っては、薄情者だわ、田中くんは名前覚えてくれてるのに…」

あうあうと申し訳なさそうにする彩香に楓はもちろん、クラスの女子たちは苦笑するしかなかった。

「しょうがないよ、彩香は一応転校生なんだし」

「そうそう、一学年人数多いし、私だって全員覚えられてないよぉ」

「うんうん、仕方ないよ。彩香ちゃん」

みんな慰めるように彩香の肩に手を置いたのだった。
そんな優しいクラスメイトに彩香は照れながら、笑みを零した。

(((……可愛い…)))

なんだか庇護欲を駆られるように皆は撫で撫でと彩香の頭を撫でたのだった。
昼休み、昼食を取ってから繰り上げ日直になった彩香は先生に頼まれていたノートを集めて職員室へ運んでいた。
もう一人の田中くんはといえば、次の授業で使う世界地図を取りに資料室へと行っている。

「……意外に、重い、かも…」

うむむ…と持ち直しながら歩いていると、前方から見知った人たちが歩いて来た。

「倉橋、何やってんだ?」

「あ、桑原くん。こんにちは、日直の仕事でね……ととっ」

「重そうだな、半分持つぞ」

「え、大丈夫だよ……あれ?」

優しい桑原くんの申し出を断ろうとすれば、横からノートがごっそり持っていかれてしまい、驚けば国光の試合の時に会った──や、

「──柳くん…(だよね?)」

「ほぅ、名前は覚えたか? 倉橋」

「あれ、間違ってた?」

「いや、間違ってはいない」

フッ、とやや笑う姿に(……和風美人って感じ…)と思いながら、微かな香りが鼻を擽った。

「……」

「どうかしたのか?」

「あっ、ううん……お香の香りがして……」

そう話すと、桑原くんは首を傾げるが、柳くんがごそごそと制服の内ポケットから匂袋を取り出した。

「これだろう。しかしよく分かったな」

「あ、はい。香りには慣れているから分かります。これは市販のなんだね、優しい香りがするし」

「ほぅ、香に詳しいのか?」

「ほんの少しだけです」

ニコッと微笑すると同時に職員室へと着いた。
ジャッカルと柳からノートを受け取ると彩香は頭を下げた。

「ありがとうございます。運んでくれて大分助かりました」

「気にするなって。な、柳」

「あぁ」

二人にもう一度頭を下げ、彩香は職員室へと入っていった。
ふむ、と柳はその場でノートと筆記用具を出すとカリカリと何かを書き始めたが、ジャッカルはいつもの事だと思いながら、その横を歩いて教室へと戻り始めた。

「(……そういや、倉橋の従兄って結局誰なんだ?)なぁ、柳」

「なんだ?」

「倉橋の従兄って誰なんだ、知っているか?」

「ふむ、まだ確認はしていないが、予想では青学の部長、手塚かと思われる」

「手塚!? あ〜、だからあんなこと言ってたのか…」

「なんだ?」

ジャッカルの自己完結に柳はちらりとそちらを向いた。

「いや、昨日、倉橋が弁当作ってくれたんだが…」

「……待て、なぜ倉橋がお前の弁当を作っているんだ?」

「いや、前同じクラスだった時に弁当がパンばかりでさ、それを見た倉橋が『部活してるなら、ちゃんとバランスよく食べなきゃダメだ』つったんだ。
 けどよ、弁当は無理だって言ったら、練習になるからって作ってくれるようになったんだ、それがまたバランス良い弁当なんだよ」

「……なるほど、だから弁当とパンの日が交互になった訳だな。平日だけ弁当で休日の練習ではパンだから気になっていたんだが、そうか、倉橋の弁当か……」

「……あ、あぁ…」

そのまま再びカリカリとノートに何かを書く柳を横に、ジャッカルは教室へ足を向けたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


授業が終わり、日直の仕事があるからと先に楓には部活に行ってもらった。

「田中くん、日誌書くから黒板と戸締まりをしてもらっていいかな?」

「あぁ、分かった」

カリカリと書いていると、あちこちから部活動の音が聞こえる。
野球部のバット音、サッカー部の掛け声、陸上部の走る音、テニス部のボール音と激しい声援…。

「相変わらずだな〜、テニス部は」

戸締まりをしていた田中くんが窓からテニスコートの方を向いて、呟いている。
耳を澄ませば『きゃああぁぁぁ』という女子の声。
うーん、どこの学校もこんな風なんだな。と思うと国光の事を思い出して少し寂しくなった。
今までだって東京と神奈川に離れていたのに、九州と神奈川じゃ遠すぎて直ぐに逢えない。……寂しい、な。

「倉橋さん、書き終わった? 俺も部活あるからさ、日誌出してもらっていい?」

「うん、いいよ。田中くんは何部なの?」

「俺? バスケ部。暇な時にでも見に来てくれよ。倉橋さんならみんな喜びそうだし、いつだって大歓迎だよ」

ニカッと爽やかに笑うと、田中くんはじゃーな。と行ってしまった。
……なんで喜ぶんだろ?
疑問に思いながらも、日誌を書き終えてから職員室へ提出し、部活に顔を出した。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


花は好き。
心が落ち着くし、優しい気持ちになれる。
手に取って、見映えを気にしながら、でも心の赴くまま花を生けていった。
彩香の姿を見ていた楓は、他の部員たちがため息を洩らすのを聞きながら、笑みを浮かべていた。

華道部うちに入れて正解だったかもね…)

男子部員がいないのが良かった。
彩香が男子をやや苦手にしているのに気付き、運動部(特に男子)が彩香をマネージャーにしたがってるのを知ったから無理矢理というか、強引に華道部に入れた。
それは正解で、彩香の過去を聞いた時は絶対に男子に近付けてはいけないと感じた。
いつも一緒だったという従兄殿に代わってきちんと守ってあげなくては、と思っている。
一度会って話した時に、頭を下げて頼まれたのだ。約束を守ってこそ女!任せてよ、手塚くん!
楓がうんうん。と一人で頷いているのを見て、彩香は不思議そうに首を傾げて見ていたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


部活が終わり、途中まで一緒に帰ろうとしていたら、前の方に数人人が歩いているのが見えた。
肩に掛けているのはテニスバックで、あぁテニス部か、と思いながら楓と話していた。
風に乗り、前から会話が聞こえてきた。

『───しっかし、手塚さんがいなくなったんじゃ青学もダメっスね。あーぁ、せっかく俺が引導を渡そうと思ってたのに…』

『手塚は肩を負傷したしな、次で消えるかもな、青学』

『青学、たるんどる!』

『こりゃ、関東も楽勝だな』


───っ!
そんな風に話す彼らを見て、グッと拳を握った。
国光がいないから、青学はもうダメ?勝手なこと言わないでよ。
国光の他にも素晴らしい選手は沢山いるのに、そんな言い方しないで!

「……彩香? どうかした?」

「っ、な……なんでもない…」

楓ちゃんには文句は言えない。
此処は立海で、青学ではない。立海の生徒である以上、応援するのは立海テニス部。
でも、私は、私が応援しているのは国光率いる青学テニス部。だから、言えない。

「…そう? あ、今度の日曜って暇?」

「あ、その日はおばあちゃんの手伝いをする予定なの、ごめんね」

「ううん、いいよ。さ、帰ろう」

「うん」

そう話して家路についた。まだお父さんもお母さんも帰って来てないようだ。

「おかえり、彩香」

「ただいま、おばあちゃん」

「ご飯出来てるから、着替えていらっしゃい」

「はーい」

トントントンと階段を上がって、部屋に入ると、サボテンくんにただいま。と声をかけた。
植物に声を掛けるといいって言うしね。
制服を脱いで、部屋着に着替えるとメールの着信音が聞こえた。
携帯を見るとサボテンをくれた不二くんからだ。

From:不二 周助
Sub:こんばんは。

おかえり、かな?
来週の日曜日、テニスの応援に来れるかな?
来れるなら来てもらえると嬉しいんだけど。ダメかな?

‐‐‐END‐‐‐


「あ、日曜ってテニスの試合なんだっけ。う〜……」

行きたいけれど、カレンダーを見れば予定が書いてある。
おばあちゃんの付き添いで病院(通院ではなく、知り合いの先生に会い)に行く予定だ。
本当は先日だったが、国光の応援に行ってしまったから行けなかった。
彩香は携帯を持つとカチカチと返信をした。

To:不二 周助
Sub:ただいま(笑)

こんばんは。
来週の日曜なんだけど、応援に行きたいのは山々だけど用事が入っていて……ごめんなさい。
リョーくんやみんなに応援してるって伝えて下さい。
不二くんもケガしないように頑張ってね。

P.S 頂いたサボテン、大事にしているよ。
彩香

‐‐‐END‐‐‐


「……送信っ!」

ポチっと押して、彩香は下へと降りて行った。
週末の日曜は病院。
お父さんの親友である先生がおばあちゃんに頼んだ物を届ける予定だ。



To be Continued


あとがき

何げにヒロインはジャッカルとは仲がいいです。
弁当の話は、前のクラスの時にジャッカルがパンばかりなのを気にして聞いたら、部活をしているのにバランスが悪いからだと思って作るようになりました。
青学時代、手塚に弁当を作っていたので慣れているせいもあるのと、ジャッカルにはお世話になっていたから感謝の気持ちでもあります。
但し、弁当は一日置きだったりします。
ヒロインの過去は出せたら、出します(適当)
感想頂けたら嬉しいです。


2009/05/29


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