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テニスの王子様

決勝の日──彩香は前日から泊まった楓と一緒に差し入れのお弁当を作った。
無論、楓は立海大附属に、彩香は青学に差し入れするのだが。

「……ふっ、ここまで私にやらせるなんてね……食わなかったら殴ってやるわ…フフフ」

ギュム、っと大きめのお弁当箱の蓋を閉めながら、疲れきったのか、なにやら荒んだ雰囲気の楓に彩香は苦笑をした。
彩香は今回はやや小さめの数種類のおにぎりを用意した。今日は楓のサポートがあったし、なによりみんなはきちんとお弁当を持ってきているはずだ。

「大丈夫だよ、美味しく作れているから」

「……彩香がいなかったら、危なかったけどね…」

そう言いながら、エプロンを外して荷物を片付けている。

「んじゃ、行きますか!」

「うん」

互いに頷き合って、アリーナテニスコートまで電車とバスで移動した。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


会場に着いたのは昼前で時間的にはちょうどよかった。
優勝を争う立海大と青学の試合の前に、ベスト8にて敗者復活戦が行われてるらしい。

「じゃあ、立海はあっちらしいから行くね」

「うん。皆さんによろしくね」

「うん。……彩香、勝っても負けても恨みっこなしね──って、私が言うのもなんだけど」

楓は立海大が負けるなんて端から思ってもいないし、考えてもいない。
王者、と呼ばれる彼らは強い。ということを国光から聞かされているし、どの新聞でも立海の優勝は間違いないとされている。
たとえそうだとしても彩香は彼らの、青学のみんなを信頼していた。

「青学が勝ったら慰めてあげるね、楓ちゃん」

彩香はにっこりと笑うと手を振って、青学の待機場所へと走って行ってしまった。
その様子を見て、楓は苦笑してしまった。なんという宣戦布告。そして自分と同じように彩香は青学の人達を信頼しているんだと思った。
そう考えながら、楓は立海大のメンバーがいる場所へと向かった。
彩香に手伝ってもらったお弁当を手にしながら。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「リョーくん!」

「彩姉……」

手にいつもの炭酸飲料を持っている。
今さっき自販機で買っていたのを見つけて、近寄ったのだ。

「差し入れ、持って来たんだけどお昼は食べた?」

「まだだよ。……つか、彩姉って立海なんでしょ? いいの、こっち来て」

「私は青学の応援だよ」

にこりと笑うと、リョーマはくいっと帽子の鍔を下げた。

「……昨日、親父から聞いた…」

「結構、大変だったんだよ」

「…………ども…」

それは先日のテニスクラブでの事──彩香はリョーマの迎えが来るまで一緒にいたのだ。
照れたように話すリョーマに彩香はクスッと笑うと、帽子越しにツンっと押した。

「びっくりした。膝も赤くなってたから……大丈夫?」

「……平気…」

「なら、いいけど」

「彩姉、差し入れ持って来たんでしょ。先輩たちあっちだよ」

グイッと手を取られて、そのまま青学の待機所まで連れていかれた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あっれー? おチビが倉橋ちゃんを連れてるにゃ」

「本当だ、倉橋先輩っスね。って手ぇ、繋いでやがる」

「…………」

いつ来るのかと待ちわびていた。
英二の言葉に振り向くと、倉橋さんと越前が手を繋いで歩いて来たのが目に入った。
彼女たちも気付いたらしく、倉橋さんはにこやかに笑っている。いつもなら手を上げるであろうその手は両方とも塞がれている。

(……なんで、手を繋いでいるのかな)

そんなことを思いながら、英二と桃が二人に近づいていくのに便乗して、近寄った。

「倉橋ちゃん、応援に来てくれたの〜?」

「うん。あ、これ少ないけど差し入れなの。前とあまり変わらない物でなんだけど」

「マジっスか!? 倉橋先輩のおにぎり旨くて嬉しいっス!!」

紙袋に入った物を持ち上げて桃に手渡すと、食欲旺盛な彼は喜んでいた。

「やぁ、倉橋さん」

「不二くん。メールありがとうね」

「ううん、こっちこそ我が儘を言ってしまってごめんね」

「ううん。元々応援するつもりでいたんだし、気にしなくていいよ」

「なら、いいんだけど」

でも制服姿の彼女を見ると、否応なしに彼女はうちの学校の生徒ではないのだと思い知らされる。
見慣れない制服は今日対戦する学校の制服。
最後にうちの制服をみたのはもう何ヵ月も前の冬なのに、今はもう半袖から伸びる白い腕が嘘のようだった。
違う制服を着てるのが嫌だからか、彼女に何かあったら大変だから、とか理由をつけて、不二はレギュラージャージを倉橋に羽織らせた。

「不二くん…?」

「立海の応援団やチアガールまでいるからね。その制服のままだと目立つだろう?」

「……ありがとう…。でもやっぱり大きいね」

手塚のように背は高くはないからちょうどいいかと思っていたが、やはりダボッとしていて大きい。可愛いな…。

「今日、頑張ってね」

ニコリと微笑むその顔は、いつも一番に見ていた手塚はこの場にはいない。

「うん」

だが、相手はあの立海大附属。不動峰との準決勝戦のビデオを見た限りではそう簡単に勝てる相手ではない。
──本当に勝てるだろうか、そんな思いが過る。

「……立海大は、強いよね」

「……」

「でも、私は信じてる」

「倉橋さ「東京都代表の青春学園が関東大会優勝することを」」

「……そうだね」

「応援してる、私が立海大附属の生徒だろうがなんだろうが」

「尚更頑張らないとね」

そう話す倉橋さんの姿に、苦笑しながらある事をお願いしたくなった。

「倉橋さん」

「ん?」

「今日の試合に勝ったら、お願い聞いて貰ってもいいかな?」

「……私が出来ることなら」

「ボクが試合に勝ったら──」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


始まった関東大会決勝は異様な雰囲気だった。
全国から様々な学校が偵察に来ている。みんな、立海大附属目当てであろう。しかしそれを覆す事が起きていた。
D2、D1ともに立海に2勝され、後がなかったS3の試合、柳VS乾の対決は6‐6のタイブレークに突入していた。
一歩の引かない好勝負に倉橋はグッと手を組んでいた。祈るかのように。

「頼むぜ、乾先輩!」

「このままで終わる青学じゃねぇ」

「次のボクまで回してくれ、乾」

いつも冷静な不二くんまでが両拳を握り締めている。
思わずリョーマも大声で叫んでいた。

「頑張れ、乾先輩っ!!」

「お、おチビ」

誰もが負けたくない、絶対、立海大附属に勝ちたい!という願いが乾くんへと託す。
彩香はチラリと立海大のレギュラーたちを見る。楓と目が合うが、彼女は立海の優勝を確信しているのが分かる。
でも、彩香は乾が勝つ事を信じている。

「乾くん、頑張って!」

長いタイブレークは続く。両者共に2ポイントは離されない。──そして、乾のスマッシュがコートに弾み、ついに終わった。

<ゲームセット ウォンバイ乾 7‐6!!>

乾くんの勝利に、青学側に1勝をもたらした。だけどまだ喜ぶのは早い。首の皮一枚な危ない状態。残り2勝しなくてはならない。
そして、さっきの真田くんの言っていた事が気になった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「リョーくん! みんな探してたよ」

「彩姉……喉渇いたから。彩姉も飲む?」

さっきのD1の試合の後、喉が渇いたのと、一年生たちがリョーマを探していたから自販機に来てみれば、さっきと同様炭酸水を飲んでいるリョーマを見つけた。

「炭酸、苦手だからお茶買うよ」

チャリンと小銭を自販機に入れ、お茶を購入した。
隣ではぐびぐびと飲むリョーマがいたが「あ……」と声を出した。
視線を追えば、見知った人の姿。

『──無論だ。予定通り勝ち進んでいる、心配無用だ!』

『───!───────』

『…………頑張れよ。手術前にはそっちへ向かう。関東優勝の土産を持ってな!』


相手は誰か分からないけれど、真田くんの声が大きいせいか、話が聞こえてしまった。

(……手術…?)

その単語につい先週の事を思い出す。
病院で会った彼の事を──。テニス、手術、それしか知っていないが何か繋がるような気がした。

(……もしかして、幸村くんって……立海大附属男子テニス部…?)

そんなことを考えていると、隣にいたリョーマが飲み終えた缶をゴミ箱へと放り投げた。
ガシャン、という音に真田くんはゆっくりとこちらを振り返った。

「リョーくん…」

「ねぇ、だいぶ試合急いでるみたいだね」

「お前の知った事ではない。よしんばそうでなくとも、次の試合で立海大の優勝が決まる」

真田くんは一瞥した後、背中を向けて行こうとしたが、立ち止まり口を開いた。

「ところで──、一つ聞きたい事がある」

「何スか?」

短い沈黙に、遠くから聞こえる歓声以外、なにも聞こえない。
彩香はただ黙って二人を見ていた。

「お前は本当に赤也に勝ったのか?」

「さぁ…あまり良く覚えてない。負けてたのは覚えてるケド…」

「リョーくん?」

覚えてないというリョーマに彩香は首を傾げるしかなかった。あの時、リョーマは勝っていたのだから。
試合したあの2年生は負けた。と言っていたのだし。
覚えてないと話すリョーマに真田が反応したが、二人は気付かなかった。

「……まあ、お前のその鼻をヘシ折れなくて残念だ」

そういうとコートへ戻るべく歩いていく。

「ねぇ…青学(うち)をあまりナメない方がいーよ」

だがその言葉を無視するかのように真田くんは戻っていった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なにがあったんだろ?」

誰かが立海側のベンチが慌ただしくなっているので言った。

「手術さ」

「えっ、手術…!?」

「どうやら立海の部長は今日手術を受けるらしい」

考え事をしているとそんなことを話しているのが聞こえた。

「だからそれに間に合う様、早いとこ青学を倒したかったんだろうな」

「ええ──っ! あの黒い帽子のエラそうな人が部長じゃないんスか!?」

青学も立海も部長を欠いての決勝だったのかと驚いたが、先ほどの予感は当たったようだ。

「立海大附属には一年からレギュラーだった、あの真田、柳、それに幸村という三人の天才がいる。
 その三人を中心にして無敗で全国二連覇をあっさりやってのけ、磐石の体制で今年も三連覇を狙っていた矢先──昨年の冬、部長の幸村が突然倒れたと聞く」

「……幸村、くん…」

そう、彼は立海大附属の部長だったのか──。
『俺からテニスを取ったら何も残らない』

そう言った彼を思い出し、切なくなる。そして願った、彼の手術がうまくいくことを。
そして、だからこそ、彼らは勝ちにこだわり始めたのだろう、幸村くんの為──『無敗で待っていてくれる』彼はそう言っていた。

負ける事をの許されない王者 立海の掟。

その信念は何よりも強いのだろう、とそう思った。



To be Continued


あとがき

端折りまくりの夢小説か?と謎めいてます。
だって試合中ってヒロイン、ただ見ているだけ(応援もしてますが)
試合を書くには奇想天外だらけで書きにくいです(すいません)


2009/06/22


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