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全国中学生テニストーナメント関東大会決勝──。
神奈川代表立海大附属中対東京代表青春学園。
試合前は、関東16連覇を狙う王者 立海大附属の圧勝だと、誰もが疑ってなどいなかった。
結果的には立海は2勝したが、彼らは喰らいつき始めていた──そしてシングルスの2試合で、誰も崩せなかった王者の牙城を見事に崩した。
全ての結果はシングルス1の二人に委ねられた。
会場周辺には、ざわめきが満ちていた。
青学が今まで対戦してきた各校もこの試合を見に集まってきている。
彩香は青学がどんな試合をしてきていたのかは、氷帝戦しか見ていない為、知らない。
それでも次に見る試合がどんなに凄いことなのかは雰囲気で分かった。
『皇帝』と呼ばれる中学テニス界の第一人者──真田 弦一郎。
そして国光より青学の柱を託されつつある越前 リョーマ。
彩香は近くのベンチに座り、丹念に靴の紐を結び直しているリョーマを見ていた。
ラケットを手にし、帽子を目深に被ってからベンチから立ち上がると、不二が声を掛けた。
「越前……」
「…………」
「相手はいま、間違いなくこの日本中学テニス界で一番強い男だ」
「…………」
リョーマは軽くフェンスを飛び越えた。そして、次々と皆が声をかけていく。
「きさまの全てをぶつけてやれ」
「もう理屈じゃない」
「頼むぞ、越前……」
海堂、乾、大石が言って、桃城と菊丸がハイタッチする。
河村が、青学の旗を振り回して吠えた。
「よっしゃあーっ! おまえならやれるぜ! ビクトリーだぁっ!」
リョーマはその旗に、パシン…!と手を触れ、それからレギュラー全員の手を次々に叩いた。
「青学一年、越前リョーマいってきまーす!」
そう言ったのち、最後に不二の横にいる彩香を見ると微笑んでいるのが分かった。
「いってらっしゃい、リョーくん」
彼女はリョーマが負けるということを一切考えたりしない。その笑みは勝つということを信じている眼。
昔に見た時と同じ、優しい笑みだった。
「ウィースッ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
会場にアナウンスが流れると同時に、大歓声が沸き上がった。
『常勝、立海大ーっ!』『皇帝っ! 皇帝っ!』と青学を除いた会場を埋めつくしたすべての人々の口から立海大への声援。
負けじと青学ベンチも声を出すが、かき消されてしまうような興奮があった。
「……リョーくん、頑張れ」
真田くんには前に助けて貰った恩はあるが、私は青学が全国制覇をするのが見たい。
今は国光がここにいなくても、それは私の願いでもある。
全国出場が決まったとはいえ、油断することなど国光は許さないだろう。
試合はリョーマが先に1ポイント先取し、氷帝戦でやったように国光の零式ドロップを放った。
そして、リョーマの2ポイント。
だが皇帝と呼ばれる彼は、2ポイント連取されたことなど、まるで気にしてもいないようだ。
彩香はチラリと立海大側にいる楓の方を見ると、彼女もこちらを見てきた。
手招きをされ、先ほど一緒にいた場所へ移動する。
「相変わらず、厳つい顔で試合してるなぁ──って、1年生相手にもうアレを出すなんて」
見れば、眼にも止まらぬ一撃がリョーマの横を抜けて、コートに弾けとんだ。
「……凄い…」
見たことがない、パワーとスピードに彩香は何が起きたのか分からなかった。
『疾きこと風の如し──』
表情を一つ変えずに真田が言った。
「楓ちゃん、今のって……」
「弦一郎の究極奥義みたいよ『風林火山』」
「風林火山って、武田信玄、だよね?」
「そ。信玄が用いた旗印と同じ、疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し…」
「…………」
「私も本当はよく知らないんだけど、真っ向勝負が弦のテニス哲学、らしいのよ」
「でも詳しいね」
「事ある毎に呼ばれては練習見せられるしね、詳しいことは柳に訊くといいよ」
「ううん、悪いからいいよ」
彩香は立海側ベンチを見た後、コートに眼を移した。
「……気にしなくても、柳やジャッカルは怒ったりしないよ」
「……うん…」
それでも親切にして貰ったのに、テニスの応援をしてあげられないのは申し訳なかった。
相手が青学でなければ、ここにいる立海勢と共に応援出来るのに。
『きゃーっ! リョーマ様ーっ!』
そんな声援が耳に入り、コートを見つめた。
リョーマが真田の「風」に喰らいつき応戦していた。と、その時、真田がミスショットした。
それに隣の楓も「えっ…」と驚き、会場は地鳴りのように鳴動した。
リョーマに対する声援は、俄然熱を帯びていく。
「あの子いったい……」
楓と同じに彩香も驚いていた。
リョーマが、真田の「風」を繰り出したのだ。
『疾きこと風の如く──だっけ?』
その言い方には、ふてぶてしさと横柄さがあった。
「ちょっと生意気ね!」
「前はあんなんじゃなかったんだけど……」
前に会って遊んでいた時は、『彩姉ちゃん』といって生意気なんてことはなかった。
国光が居なくて寂しがっていた私の手を握ってくれたことは、今考えるとかなり恥ずかしい。
(自分よりも小さい子に慰められるなんて)
それでもリョーマは彩香にとって、可愛くて、格好良い『弟』だ。
「甘いのね、彩香」
「姉は『弟』というものに甘いもんですよ」
「本当の姉弟じゃないでしょうが」
クスクスと笑いながらも二人はコートにを見つめていた。
チェンジコートをしてからも、リョーマは不規則なプレイをしつつ、真田と互角、いや逆に押し始めているリョーマに会場は沸いていたが、彩香は異変に気付いた。
「……リョーくん…?」
「どうかしたの、彩香?」
「リョーくんの汗が尋常じゃない気がする……」
それに楓はリョーマを見た。
確かにリョーマは全身から異常な程の汗を滴らせていた。
「リョーくんっ!」
声を上げたと同時に青学ベンチでもみんなが叫んでいた。
真田の打球に追いつこうと走りだしたリョーマの足がもつれ、前のめりに崩れ落ちた。
そこから、真田が本当の『風』を繰り出した。先ほどまで見せたよりも三倍疾いらしい。
<ゲーム真田! 2‐1!>
リョーマは崩れるように両膝をつく。先日の右膝が赤黒く充血していた。
「リョーくん……」
心配そうに見つめる先には両膝に手をあて、肩で荒い息をつく姿があった。
あちこちからは『皇帝コール』が上がっていた。
試合はだんだんと差がついていく。
<ゲーム真田! 3‐1!>
ふらつきながらも立ち上がる姿に彩香は祈るかのように見守っている。
勝つ、と信じているものの、フラフラとしている姿を見るのは心配だった。
増して、あの右膝の赤黒くなっているのが心配でならない。
『まだまだっ! 諦めない」
リョーマの執念に、会場はざわめき始めるが、誰もが負けると思っていたそのとき、前に出て『風』を封じた。しかし──
『侵掠すること火の如く』
先ほど、切原くんが見せた技を彼がした。いや、元々は彼の技を切原が真似したのだ。
その一撃の衝撃に、ラケットが飛び、リョーマの身体はコートに沈んだ。
<ゲーム真田! 4‐1!>
不敵な笑い声が響く。
試合は真田が圧倒し、リョーマは痛々しい程になっていた。
『立て! 小僧! 最後までゲームをやりぬけ! 今のおまえの姿を手塚が見たらどう思うかな』
挑発なのか、リョーマはキッと顔をあげ立ち上がった。
『そう。それでいい。倒れたら、何度でも立ち上がってこい』
『ま……、まだまだだよ……』
「リョーくん、負けないで」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全く容赦はしない。手加減もしない。それが王者の誇りなんだよ。と楓は話しだした。
「あいつらはね、全国三連覇を無敗で成し遂げようとしているのは、さっきも話したけど幸村が倒れて、それを待つまで決して敗けないと誓ったの。
だからだと思う。まさかの二敗で王者を名乗る以上、あってはならないことだから。…例え、この試合で越前くんの選手生命が断たれようと、弦は王者としての誇りが大切なんだ」
<ゲーム真田! 5‐1!>
気付けば絶体絶命のピンチに追い込まれていた。それでも信じてる彩香に楓は不思議そうになった。
笑っているのだ、彩香が。越前を見て。
「彩香?」
「大丈夫、私は信じてるから」
不安になりつつも信じてしまうのは、きっとリョーマが笑みを浮かべているからだ。
あの姿は見たことがあった、リョーマの父とテニスをして負けていた時と同じ。でも彼は決して諦めてはいなかった。
『風林火山』の弱点を見つけたと真田を挑発し、『火』を受け、弾き飛ばされた。しかし、返されたボールは打った真田の足元に返った。
マグレだと思いながらも、次もまた返された。
リョーマは真田の『風林火山』を同じ『風林火山』でぶつけていた。
彩香は青学のベンチへ戻り、近くで可愛くて格好良い『弟』の雄姿を見た。
携帯を手にしながらも、かけることはなく。そっと伝えた。
(国光……すごいよ、リョーくん)
「手塚……。お前の見込んだ男は……あんなチビのくせに──いつの間にか青学を支えてたよ」
ボソリと呟かれた言葉に、彩香は微笑った。
『俺は──アンタを倒して全国へ行く!』
試合はまだまだ続いていた。一瞬でも手を休めたら、試合は決められてしまう。
それでもリョーマは攻めつづけた。
結果――リョーマの新技『COOLドライブ』を繰り出して試合は終わった。
<ゲームセット! ウォンバイ――青学、越前! 7‐5!>
青春学園中等部 関東大会初優勝!
それを決めたのは、1年生の越前 リョーマ。
「彩香……優勝おめでとう…」
「楓ちゃん…」
負けたことを信じられずも、呆然とそう伝える楓に彩香は苦笑しながらも「ありがとう」と答えた。
蒼い空の下、九州にいる国光に伝えたらどんなに喜ぶだろうと思うと、頬が緩んだ。
(──早く、戻って来てね)
To be Continued
あとがき
前回に引き続きグダグダと夢主が出ない話で申し訳ないです。
次はインターバルでございます。
不二との約束をようやく出せそうでございます。
夏休み中、ですよね。
2009/07/05