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テニスの王子様

夏休みとはいえ9月に海原祭がある為、文化部は今からその準備に大忙しだ。
無論、文武両道を掲げている立海大附属中学は運動部も練習を欠かさない。
彩香は華道部に所属している為、花器などの準備をしていた──といってもそれほど忙しい訳でもないが。

「彩香〜、着付部に行って来てくれないかな?」

「着付部? どうかしたの?」

「一年生で何人かまだ着物きちんと着れないらしくて、着付部部長辺りに着付の練習をと思ってね」

楓に呼ばれ、振り向けば部長らしく色々考えていた。「こんなことなら着付教室に参加させるんだった」などと言っている。

「あ、彩香は着付出来る?」

「うん。一応お正月に着たりすることあるから、なんとか」

「そっか、ならいいけど。ま、着付っていっても9月で暑いから浴衣なんだけどね〜。でもせっかくだから頼むのもいいかと思ってね」

「分かった、頼んでくればいいのね?」

「そう。あ、私も行くよ、業者がお花届けに来るから」

時計を見てから、部員たち数名に「休憩してていいよ」と言付けしてから、和室から出た。
着付部の部長さんは別に構わないよ、とあっさり快諾された。その代わりというか海原祭当日に飾る花を頼まれたが、楓ちゃんは「任せなさい」と胸を叩いた。
業者がやって来て、花を置いていってくれたのはありがたいが、その量は半端ではなかった。

「……楓ちゃん、これはなかなか重いかと……」

「言うな、彩香! ますます重くなる」

甘い香りが漂うが、なかなか重い。隣の楓ちゃんは「くそ、誰か通らないかしら」などと呟いている。
本当に誰か知り合いが通らないかな、と思いながら歩いていると隣を歩いていたはずの楓ちゃんが声を上げていた。

「いいところで会った、赤也」

「ゲェ、楓先輩っ! な、なんか用スか?」

「用があるから声掛けたんだよ。赤也、これを運ぶの手伝いなさい!」

「お、俺、今から部活……」

「今から部活って、とっくに始まってるだろ、何してんのよ! 弦か紫に言い付けるわよ」

「だから用事があって……つか、真田副部長も嫌だけど、姉ちゃんも勘弁して下さいっス!」

振り返れば、髪の毛が柔らかそうなテニス部の男の子がいた。──あれって……切原くんだったっけ?青学戦で不二くんと試合した人だ。
そんなことを考えながら見てると話がまとまったのか、楓の花を持ち二人揃ってこちらへ歩いて来た。

「彩香〜、アンタも持ってもらいな」

「え、で、でも……」

見れば楓は全部持ってもらっている。しかしなんだか悪いような気がして彩香は遠慮した。

「大丈夫だよ。それよりも楓ちゃん、部活なんだし、行かせてあげたら?」

「平気平気、遅れたことは私がきっちり弦に話すってことで了承してもらったから」

「……あれは脅しっスよ」

「なんか言った?」

「い、いえっ! 別に何にも。だけどちゃんと真田副部長に言って下さいよぉ、楓先輩」

「分かったって、ほら彩香の分も持って」

「絶対っスよ! じゃあ、それこっち寄越して下さい」

「でも……あ、じゃあこれだけお願いします」

彩香が切原に渡したのは3分の1の花束だった。

「この位は持つから。ありがとう、切原くん……だよね?」

「おっ、珍しい。赤也の名前は覚えたんだ」

「うん。あんな試合見せられたしね」

「あーっ! アンタあれっスよね? 決勝ン時も青学と氷帝戦の時も青学側にいた……それに真田副部長を長田と呼んでた人」

「彩香は青学から転校して来たんだから、仕方ないでしょ。それに弦のことは長田だろうがいいじゃないか、面白いし。そして彩香を指差すな、バカ也!」

ちなみに草試合の時も会っていたが、負けたショックか覚えてないらしい。
やや敵意むき出しだったが、楓が叩いたりなんだりとする間に庇ったりしてもらい、敵意は消えていった。根が単純だからね〜と楓は笑っていたが。
部活で使わせてもらっている和室に運ぶと、彩香はお礼を言った。

「ありがとう、切原くん。これ良かったら食べて」

昨日作ったクッキーを差し出せば、おぉ!と眼を輝かせていた。
隣で楓がズルいズルいと言っていたが。

「ありがとうございます! 倉橋先輩」

「ううん、こちらこそありがとうございました」

ニコリと笑って二人を見送ろうとしたが、部員の一人が楓に声を掛けた。

「沢渡部長、さっき先生から職員室に来てくれって連絡ありましたよ」

「職員室? 今通って来たのに……分かった、という訳で赤也、一緒に行けなくなった」

「はぁ!? ちょ、そんなの困りますよ、楓先輩いなかったら真田副部長話し聞かないっスよ!」

「うーん……じゃあ行かせたくないけど、彩香〜。赤也と一緒に行って遅れた理由言ってくれない? 私も先生の用事が終わったら行くからさ」

「う、うん……別に構わないけど」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「じゃあ、後で行くから」

「うん」

三人で職員室近くまで行き、そこから分かれて、彩香と赤也はテニスコートへと向かった。

「え、じゃあ、手塚さんの彼女じゃなくて従兄妹なんスか?」

「うん」

切原くんはなんだか苦手な印象だったけど、いい子だった。
きっと国光や青学のことでの発言のせいで、嫌悪感があったのだろうが話してみるとリョーくんみたいで可愛いらしい。
テニスが好きなんだな、と思う。あの残虐めいた感じのは苦手だけれど。
テニスコート近くへと行くとフェンスの辺りには夏休み中だというのに女の子の姿があった。
気にせずに切原くんと歩いていくと、遠くから大きな声で切原くんの呼ぶ声が聞こえた。

「赤也ぁぁ──っ!」

「ゲェ、真田副部長! 倉橋先輩、遅れた理由説明して下さいね!」

「う、うん…」

怯え腰な切原くんに頷くと、その真田くんへと近づいていく。

「あ、あの真田くん」

「む、倉橋? なぜ赤也と一緒にいる。それよりも赤也、何故こんなに遅れてきたのだ、たるんどるぞ!」

「これには理由がっ……」

「言い訳とは見苦しいぞっ!」

その瞬間、真田の鉄槌が振り下ろされた。

バシィィッ! ドサッ!!

「「!?」」

しかし、地面に倒れているのは赤也ではなく彩香。
見ていたレギュラーは驚き、そして──

「真田、何を騒いでるんだい?」

聞こえた声は部室から出てきた立海大附属中学男子テニス部部長、重病を克服した幸村 精市だった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「く、倉橋先輩!」

「おい、倉橋!?」

赤也と、彩香の姿に気付いたジャッカルは倒れている彩香に駆け寄り声を掛けた。
『倉橋』という名に反応した幸村はジャッカルに抱きかかえられている彼女を見て、驚愕した。

「な、んで彼女がここに……」

「倉橋を知っているのか、精市?」

参謀である柳に問われるも、幸村は答えなかった。
あれから会うことはなかった。手術を受け、成功したことを伝えたかったが伝えられず、もう会えないのかな、と思っていた相手。
お礼を言いたかった、あの日キミが言ってくれなかったら、怖いままだったと。
でも、なぜここに、しかも倒れている?
横を見れば、真田が驚いているのが分かる。彼女の頬が赤いのは──お前の仕業か、真田。
柳は幸村を気にしながらも、頬を赤くし気を失っている倉橋を医務室へ運ぶように指示を出した。

「ジャッカル、早く医務室へ運ぶんだ!」

「あ、あぁ…」

ジャッカルが抱き上げた時、声が聞こえた。

「なんの騒ぎよ、これ────彩香っ!? ちょ、どうしたのよ? な、なにがあったの?」

駆け寄ってきた楓にジャッカルが説明しようとしたが、真っ赤になってしまっている頬を見て、何かを悟ったようだ。
ギンッ!と真田を睨みつけると、さすがの真田も動揺した。

「弦一郎……アンタの仕業ね、これ」

「お、俺は倉橋を殴った訳ではない。赤也を叱ろうとしたのを、倉橋が割り込んで来たのだ」

「はぁ?……アンタ、さてはまた理由も聞かずに鉄拳をかまそうとした訳!?」

赤也はそれどころではないらしく、彩香が気になって仕方ないらしい。

「ジャッカル先輩、早く倉橋先輩を運びましょう!」

「あ、ああ」

二人はそうやってその場を離れた。その後何があったのかは知らないでいた。

「……真田…」

「幸村?」

今まで黙っていた幸村の声に振り返れば、真田はゾクッと背筋が冷えた。

「せ、精市?」

「ゆ、幸村くん?」

「あら、幸村。部活復帰してたのね」

「楓、そんなことより真田を貸してもらえるかな」

「ゆゆゆ幸村?」

「コートに入ろうか、真田。久しぶりに肩慣らしをしたいんだ」

フフフ、と不敵に笑うと真田は顔を青くしながらコートに入った。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


白い医務室のベッドにて彩香は横になっていた。
頬には湿布を貼られ、未だ眼は閉じたままだ。
あの後、医務室には楓と楓に耳を引っ張られ連れて来られた弦一郎、部長の幸村、参謀の柳がやって来た。

「ジャッカル、彩香の様子は?」

「とりあえずもうすぐ眼を覚ますだろうってさ。……ところで真田は大丈夫なのか?」

ボロボロになっている『皇帝』の姿にジャッカルはやや顔を青ざめた。

「ジャッカル、気にしない方が身の為だ。部活に戻っていいぞ」

柳にそう言われ、ジャッカルはそれを受け入れ、部活へと戻っていった。

「彩香、彩香、大丈夫?」

楓は彩香の肩を少し揺らすと『んっ』という言葉とともに、ゆっくりと瞼を開いた。

「……楓、ちゃん…?」

若干ボーッとしているが、大丈夫な様子にホッとするも痛々しいくらいに腫れた頬が目に入る。
湿布は貼ってあるが、あの強烈なビンタを食らったのだ。

「すまなかった! 倉橋!!」

土下座する勢いで謝る真田に彩香はポケッとしている。

「え? あ、……い、いいよ。私も悪かったんだし…」

先ほどの事を思い出して、苦笑してしまう。
切原くん殴ろうとしたのでとっさに庇ったのだった。
切原くんが遅くなったのは私たちが雑用を頼んだからだ。

「楓から聞いたけど、倉橋さんは悪くないよ」

なんとなく聞き覚えのある声に、柳の隣にいる人に、彩香は驚いた。

「……幸村くん…」

「フフ、久しぶりだね。倉橋さん」

そこにいたのは、先月手術をすると決意した幸村 精市だと分かった。



あとがき

はい、最後の最後にて幸村とヒロインを再会してみました。
ちょっと真田には可哀想な感じですが、予定していたシーンだったんです。
無論、真田にキレる幸村も予定です(苦笑)
紫(ゆかり)とは赤也の姉でテニス部のマネージャーです。



2009/07/11


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