Prologue
『……お祖母さんが!?』
「うん、どうしよう…国光…」
『落ち着け、彩香。叔母さんたちは?』
「連絡した! 今、こっちに向かっているって………私…」
『今、母さんに話す。すぐにそちらに向かうから、お祖母さんについていろ』
「う、うん! あ、病院は…金井総合病院」
『分かった。……彩香、大丈夫だ。それでは、後でな』
「うん……」
ガチャンと受話器をかけ、彩香は灰色の公衆電話にもたれるように前屈みになった。
(……おばあちゃん…)
遊びに来た祖母宅に入れば、いつものように温かく迎えてくれる姿がなかった。
おかしいな、と思いながら廊下を歩いていると階段下に祖母が倒れていたのだ。
彩香は驚き、慌てながら救急車を呼び、父と母に連絡し、母の姉である伯母さんの家に連絡をした。
そこに出たのは先ほどの電話の相手、従兄である手塚 国光であった。
同じ年でありながら、冷静沈着でとても頼りになる存在の彼は、同じ学校では生徒会長でありながら、伝統ある男子テニス部の部長でもある。
「……国光…」
こんな時にまでついつい頼ってしまった。でも彼が大丈夫だといえば、とても安心するのは長年の付き合いだからだろう。
いい加減、国光離れをしなくてはとは思っているが、つい甘えてしまう。
そう、彩香にとって国光は従兄妹であり、兄のような存在だった。
「あ、おばあちゃん……」
ガバッと顔を上げて、彩香は祖母が運ばれた治療室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
祖母は階段を(三段辺りで)踏み外して転倒したらしい。歳を召していることもあって、半月程入院し、月末には自宅に戻る予定だ。
一人暮らしをする祖母には自分の母とその姉である国光の母しか肉親はいない。
祖父は私たちが小学低学年の時に他界してしまったから、それから一人暮らし。
何度か同居を。ということになったが、祖母は祖父との思い出ある家から離れたくないらしく、父もまた仕事が忙しくてなかなか同居が難しかった。
しかし、流石に今回のことで同居することになり、私は東京から母の実家である祖母宅へ引っ越すことになった。
「そうか、やはり転校か」
「うん……」
「どうした?」
「せめて、卒業までとは言わないけど、今学期まではこっちにいたかったな…」
ぷぅと頬を膨らませれば、ポンと頭に手が乗せられた。
「仕方ないだろう。お祖母さんが今回大事がなかったとはいえ、もう独り暮らしさせる訳にはいかないだろう」
「そうだけど……不安だな…」
「何がだ?」
「新しい学校……うまくやれるかな?」
今までずっと一緒だった国光がいないとなると、不安で仕方ない。
随分と依存していたんだな、と改めて思い知らされる。
「……立海、だったか? 編入するのは」
「うん、ほら、お母さん達の母校だし……」
「そうだったな。元気をだぜ、お前らしくもない。時間がある時にでも訪ねるから」
「本当? 本当に来てね、国光がなかなか遊びに来ないっておばあちゃんも寂しがってたから!」
「ああ、会いに行くから」
「うん……」
またポンポンと頭を撫でられた。
子供扱いして!と思いながら、その心地好い手の平を味わった。
「あっ! 倉橋ちゃーん、みつけたにゃ」
「こんなところにいたんだ」
「菊丸くん、不二くん」
呼び掛けに振り返れば、国光と同じ部の二人がいた。
「倉橋ちゃん、エージでいいってば!」
「ん、うん…」
「こら、英二。倉橋さんが名前で呼ばないのは分かっているだろう。ごめんね、倉橋さん」
首を傾げながら見てくる不二に彩香は手を振った。
「ううん、こっちこそ…ごめんね」
「どうかしたのか? 菊丸、不二」
「ああ、タカさんから聞いたんだけど、倉橋さん転校するって本当?」
タカさんとはこれまた国光と同じテニス部で、私と同じクラスの河村 隆くんだ。
優しそうな外見なのにラケットと持ったら一転する姿は、初めて見た時はかなりびっくりした。
「え……あ、うん。とりあえず、来週いっぱいで転校する予定なんだ」
「そっか、急だね。残念だな、倉橋さんには色々差し入れとかでお世話になったから」
「そんな、大したことしてないし…」
「ううん、倉橋ちゃんの差し入れとても嬉しかったし、残念だにゃー」
ちぇーっ、と菊丸が両手を頭の後ろに組ながら口を尖らせていた。
「そうだ。ねぇ、手塚、英二。日曜に倉橋さんのお別れ会しないかい? テニス部のみんなで」
「えっ?」
「あっ、それナイスアイディア! さっすが不二〜!」
「クスッ、英二は賛成みたいだね。手塚はどうかな?」
「俺は別に構わんが……どうだ? 彩香」
「えっ……だけど、いいの?」
国光を見上げれば、フッと笑い、また頭を撫でてくれた。
「ああ、別にいいだろう」
「……じゃあ、お別れ会じゃなくて遊びに行くことにしない? せっかく仲良くなれたのに、お別れ会じゃ、なんか寂しいし」
くるっと振り向いて言えば、菊丸と不二は笑って答えてくれた。
「もちろん、いいにゃ」
「もちろんだよ」
「よかったな、彩香」
「うんっ! ありがとう、不二くん、菊丸くん!!」
にこっと笑みを浮かべ、彩香は礼を言った。
「いいんだにゃー! 俺、大石に知らせてこよーっと!」
そう言うと菊丸はダーッと廊下を走っていった。
「いいのか?」
「うん、もうすぐだし。仲良くしてもらったから」
「そうか」
「不二くんも、ありがとう」
チラッと残された不二を見れば、クスッと笑っていた。
「ううん、気にしないで」
「……ありがとう、あ、そろそろ予鈴鳴るね。じゃあ、先に戻るね、国光」
「ああ」
彩香は手塚と不二に手を振ると教室へと向かっていった。
その後ろ姿を見て、不二が手塚に問い掛けた。
「フフッ、可愛いよね。倉橋さんて」
「……」
「さ、僕たちも教室へ戻ろうか」
「ああ、俺は職員室に寄って行くからここで」
「……そう」
そう言って、職員室へと向かう手塚の後ろ姿を眺めながら、不二はボソッと呟いた。
「……本当、君が羨ましいよ───」
────彼女に頼られていて。
不二はカタカタと風で鳴る窓を見れば、どんよりとした冬の灰色の雲が窓の向こうに見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日曜日、一月半ば過ぎというのもあり、ふわふわと粉雪が舞い、薄らと街が雪化粧されていた。
テニス部現レギュラー2年の6名と1年生の2人が参加してくれた。
国光とカラオケは初めてで、戸惑っている国光を見て、少し笑ってしまったら小突かれた。
「……あの2人って付き合ってるって訳じゃないんスよね?」
「ああ、桃と海堂はあまり面識ないのか。彼女は手塚の従兄妹で、名は倉橋 彩香。前に部活後にレモンのハチミツ漬け等を何度か差し入れてくれただろう」
「それは覚えてますが、従兄妹だったんスか? てっきり手塚部長の彼女かと思ってました……」
「まあ、結構誤解されそうだよね。あの手塚が女の子を呼び捨てだしね」
「そうっスよね、初めて見た時はビビりました……」
「倉橋は人見知りなどがあるからな、あまり手塚とテニス部以外の男子とも話さないらしい」
「へぇ〜」
「倉橋はテニス部には多少は慣れているからな」
「まあ、従兄妹というか兄と妹みたいだよね」
「あ、なるほど!」
桃たちの会話を聞きながら、二人を見ると確かに一見甘い雰囲気に見えてしまう。
しかし血縁関係だと分かるとどちらかと言えば、兄と妹のような雰囲気に見える。
というか、そういう風にみたいと思う自分は多少なりと倉橋が気になるのかもしれない。
二月からいない彼女と思うと寂しく思うのは何故だろう。不二はそんなことを思いながら、二人を見ていた。
「倉橋ちゃーん! 引っ越しっていつなのにゃ?」
「え、あ、来週の土曜なの。色々大変なんだ」
「ほえ〜、大変なんだにゃー。手塚は行ったことあるのかにゃ?」
「お祖母さんの家だからな、何度かお邪魔している」
「そっか、二人は従兄妹だっけ。いいにゃ〜、手塚は倉橋ちゃんにいつでも会えて」
「いつでもって……そんなには無理だろう」
「うん、東京と神奈川だし……ちょっと寂しいな、会えなくなるの」
ショボンとする彩香に菊丸はハッとして、声をかけた。
「倉橋ちゃん、携帯貸して!」
「えっ? なん「いいから早く!」……は、はい」
サッと渡すと菊丸はポチポチと携帯を弄って、ホイっと寄越された。
「寂しくなったらいつでもメールしてにゃ」
「…………」
彩香は自分の携帯と菊丸を交互に見て、小さく笑うと
「……ありがとう! とても嬉しい!!」
「あ、だったら俺も教えます! 倉橋先輩!!」
「じゃあ、僕も」
こうしてみんなとメアド交換をした。
青学からは離れるけれど、なんだか嬉しくて仕方なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
引っ越し当日、手塚家総出で手伝いに来てくれた。
手塚家のお祖父さんは厳しいけれど、血の繋がらない私を結構可愛がってくれている。
だから、ちょくちょく遊びに来なさいと笑顔で言われた時、伯父さんがブッと笑っていたのは見なかったことにしようと思う。
「片付いたか?」
「あ、国光。それは?」
大方、部屋を片付ければ、国光が手にサボテンを持って入って来た。
「不二からだ。頼まれてな」
「へぇ〜、可愛いね! 後でお礼言わなくちゃ」
「ああ、そうしてくれ。片付けが終わったら、買い物に行くぞ」
ピラリとメモを見せられた。
「へ?」
「叔母さんに頼まれてな」
「もう、お母さんたら〜」
「お祖母さんは足の事があるし、お祖父さんが相手している、両親(おや)たちはまだ片付けが終わらないみたいだしな」
む〜とすれば、国光は苦笑しながら説明をした。
「分かった。準備するから階下で待ってて!」
「ああ」
パタンと扉を閉め、国光は彩香の事を考えた。
今度は穏やかに過ごせるようにと。そして、明日から傍らに彩香がいないのかと思うと寂しく思うのだった。
To be Continued
あとがき
始めてしまいました。
曖昧な予定ですが、頑張ります。
逆ハーの予定ではないですが、なりそうで怖い……気をつけます。
この状態で不二はヒロインにやや好意的ではあります。
手塚にとっては守らなくてはならない[妹]なような存在です。
落ちは決まってますがまだまだ出てきません(苦笑)
お付き合い下さいませ。
2009/04/08