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テニスの王子様

氷帝戦、第1試合は曲者同士で残念ながら、桃城くんが負傷しながらも負けてしまった。
続く、第2試合は桃城くんのナイスゲームのせいで火のついた海堂くんと乾くんのダブルス。
持久戦型の二人に対して、氷帝側は短期決戦型の二人を当てて来た。マッチポイントを取られてしったが、相手側は海堂くんの術中にハマってかなり体力を奪われてしまったようだった。
乾くんは10km/h近く大会記録を更新した超高速サーブを打ち、海堂くんは新技を繰り出して、逆転勝利を得た。
1勝1敗の互角で続くシングルス2は氷帝の度肝を抜いた。
誰もがシングルス1で出ると思われた国光が出たからだ。相手は樺地くんというかなり大きな2年生。

〈ザ ベスト オブ 1セットマッチ 手塚サービスプレイ!!〉

両者のラリーの応酬に、国光は得意の零式ドロップショットを決めるチャンスはあるのに、決められずにいる。
しかし、それは出さないのではなく出せないらしい。不二くんたちの声が聞こえた。
相手の彼は、相手の技を一度見たら吸収してしまうらしい。
カシャンとフェンス越しに彩香は試合を見つめていた。

「中に入らないのですか?」

不意に声を掛けられ振り向くと、そこにいる人物に彩香は大きく眼を見開いた。

「……大和、先輩…」

「お久しぶりですね、倉橋さん。お元気でしたか?」

そこには、かつての青学男子テニス部部長──大和 祐大先輩の姿があったからだ。
国光が部を辞めようとして止めてくれた人、人柄故に国光が尊敬していた人、国光に青学の柱を託した人、そして──私を助けてくれた人。

「…は、はい……。先輩もお元気そうで…」

「えぇ。それにしても手塚くんは相変わらず凄いですね」

その言葉に、彩香はコートに眼を向ければ『手塚ゾーン』を繰り出していた。

「はい…」

「しかしながら、相手の選手も凄いものですね」

「っな!?」

信じられないことが起きていた。
あの2年生は国光の『手塚ゾーン』までを吸収し、やり合っている。

「彼、あの氷帝の選手は純粋なんでしょうかね。それ故に相手の技を見ればそれを吸収して使い熟す事が出来るのかもしれません」

「……純粋、故に…」

「手塚くんは自分自身と戦うようなものですね」

「自分自身……国光、」

頑張って。と彩香はジッとコートを見つめながら呟いた。
国光の打つ球種は全て彼に吸収されていく、それだけで彼は強くなっていく……恐ろしい。

「このラリーが続いたら体格的に手塚くんの不利ですね」

「……」

「ですが手塚くんは諦めてなどいないようですが」

「零式ドロップショット…」

それまでも吸収されたが、彼はそれを返した。

『お前の能力、充分見させて貰った……だが、それだけでは俺には勝てない! 次はこっちの番だな』

国光はそう言うと、彼の左手に力が集まっていく。

「…百錬自得の極み……」

「手塚くんの反撃開始ですね」

大和先輩が言ったように国光は一気にゲームを取っていく。
その圧倒的な強さに周りのギャラリーがざわざわと騒めく。

『つ、強い。強すぎる!?』

『圧倒的なこの強さ!!』

『これが完治した手塚 国光!!』


「本当に彼は強いですね」

「大和先輩?」

「彼が入部して試合をしましたが、私は負けてしまいました。彼のあの強さには驚きました。それだけに肘の怪我は本当に残念でした」

少し自嘲気味に話すもどこか楽しげに見えてしまうのは、彼が強い人だからだ。

「国光は自分に厳しくて、常に上を見ていましたから。怪我も、周りに知られないよう独りで戦って……真面目に向き合って」

「その一方で誰よりも部の事を考え、チームを導いて来たようですね、彼は」

「はい」

そんな手塚だからこそ、彩香は常に彼を応援していた。
大好きな従兄であり、自慢の従兄でもあった。彼に劣等感を抱いた事がない訳ではない。
それでも嫌いになるということはなかった。幸い両家族、親戚などで二人を比べるということをしなかったからだ。
だからこそ傍にいた、それは一種の愛情。恋人のようで、兄妹のようで、大切な従兄。

「倉橋さんはこの試合どう見ます」

「国光が勝つ──それだけです。例え、あの選手が『百錬自得の極み』までも吸収しようが」

「素晴らしい答えです。そして勝敗はこれから降る雨によって決まるでしょう」

大和先輩はそう言って、折畳傘を取り出した。

「雨……?」

「えぇ、一雨来ますよ。そうですね、10分後くらいでしょう」

とてもそうは思えないいい天気だけに、大和が持っている傘が場違いに見えた。
試合は倍返しを更に倍返しされ、振り出しに戻ってしまった。あの氷帝の部長は何を考えているのだろうか、また国光を潰そうとしている…?
あの時のように不安になってしまう。
ゲームはいつの間にか3‐5と追い上げられていく。
その時、ポツポツと天から雫が落ち、カッ!と稲妻が黒い空を走った。

『もういい手塚ッ!! この試合は捨てるんだぁーっ!!』

「……大石くん…」

『手塚ぁ―っ!!』

心配しているからだろう、彼からそんな言葉が出たのは。
でもそんなことで、国光は逃げたりはしない。絶対に。

「手塚くんはどうすると思いますか」

大石くんの言葉を聞いて、傘を差した大和先輩が訊いてきた。分かっているだろうに。

「国光は逃げません。たとえ……たとえ──もう一度腕を痛めようとしても。彼の願いは青学の全国制覇だから」

その時、審判のコールが聞こえた。

〈アウトッ!!〉

何度も何度も。

「ふむ。やはりこの雨が勝敗を分けるようですね」

「経験の差、ですね」

「えぇ、手塚くんはどんな悪条件でも練習を積み重ね、実戦を積んできましたからね」

〈ゲームセット ウォンバイ 手塚 7‐6!!〉

そうして、シングルス2の試合は終わった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


雨は激しさを増していき、結局試合は一時停止試合となり、続きは翌日へと持ち越しになった。
氷帝の人たちは納得いかないようだが、流石にこの雨では無理があった。

「…国光……」

コートから出てきた国光たちに声を掛ければ、隣にいた大和先輩に驚いていた。

「彩香──それに大和部長」

「やぁ、手塚くん。それに皆さんも久しぶりですね」

雨を回避しようと急ぎ足を止めるつもりはなかった。
だが、大和先輩の姿に3年生たちはやはり驚いていた。

「「「大和部長っ! お久しぶりです!!」」」

「挨拶はいいです。まずは雨の凌げる場所へ避難して下さい」

1、2年生たちは見知らぬ人の登場に不思議がっているのは当たり前だった。
しかしまずは身体を冷やすべきではないので移動を促した。
屋根のある場所に来てから、手塚は改めて大和に挨拶をした。

「お久しぶりです、大和部長」

「はい、久しぶりですね。ですが面白い事を言いますね、手塚くん。私はもう部長ではないですよ」

「見に来ておったのか、大和」

「竜崎先生もご無沙汰しております。えぇ、後輩の活躍を聞いてましたのでね」

竜崎先生が大和先輩と話し始めたので、彩香は手塚に近寄った。

「お疲れ様、国光」

「あぁ……大和先輩といたのか」

「…うん。たまたま、なんだけどね」

「……」

苦笑気味にしていると頭にポンと手を乗せられた。

「あっ、身体拭いた? 肩を冷やしたらダメだよ」

「大丈夫だ」

「そう。ならいいけど」

雨で濡れた前髪に触れれば、指先に雫がついた。

「お前も少し濡れている。風邪をひかないように気をつけろよ」

「うん、大丈夫だよ。明日、続きなんだね」

「あぁ」

「お弁当、作るね」

「分かった。すまないな」

明日、お弁当を作ることを約束してから、リョーマと不二たちと少し会話してから、学校に一度戻るという彼らと別れた。
駅まで竜崎先生が車で送ってくれるというので甘える事にした。そこには大和先輩も乗っていたけれど。

「そうでしたか。倉橋さんは立海へ転入していたのですか」

「はい」

「では来年、君は高等部へ進学ではないのですか。残念です」

「……」

「里香子も会いたがっていましたよ」

「そう、ですか……。里香子先輩によろしくお伝えください」

二人の会話に竜崎は苦笑してしまうしかなかった。
駅で二人と別れてから、彩香は自宅へ帰る為に電車に乗り込んだのだった。
懐かしい思い出を思い出しながら。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


二年前、初夏。
図書室へ行こうとした時、知らない人から声を掛けられた。上履きを見れば、それが二年の先輩だと分かった。
そしてその笑みが、どこか下品なところが気にかかったから断ろうとしたが、無理矢理腕を捕まれた。

「いいから来いよっ!」

「……っ!?」

連れて行かれたのはテニス部の部室の裏だった。

「こいつが手塚の女ねぇ……可愛いじゃん。ムカつくな、アイツ」

「っな、何の話でしょうか」

「んー? 手塚にムカついてよぉ、ちょーっとお前に手伝って貰おうかと思ってよぉ」

ゾクッと悪寒がした。何か分からないけど彼らは勘違いをしている。

「わ、私は国光の彼女じゃ「黙れよ」……ぐっ」

反論しようとしたら口を塞がれた。

(怖い、怖い、怖い、怖い……誰か…)

「君たち、そこで何をしているんです?」

「や、大和部長っ!」

見ればそこには三年の学年章を着けた眼鏡を掛けた人が立っていた。
彼はふむ、と私の状況と彼らを見て、パンッと手を叩いた。

「君たちはグランド100周して来て下さい。分かりましたね」

「「「ひゃっ……っは、はい!!」」」

彼らがバッと走りだした時、その先輩は「ああ、そうそう」と付け加えた。

「今後このような事をしましたら、テニス部を退部して頂きますから分かりましたね」

「「「っ、す、すみませんでした!!」」」

バタバタと走り去った姿をみて、彩香はストンと座り込んだ。
そこに手を差し出された。

「大丈夫ですか?」

その言葉を聞いた瞬間、ツゥーっと生温いものが頬に伝った。
彼はポンポンと手を頭に乗せると泣き出した彩香を落ち着くまで撫でた。
それから国光を呼んで来て、彩香を送るようにと帰らせた。
後に理由を聞いた国光は大和先輩に礼を述べ、彩香に謝罪をしたのだった。
それが出会いだった。
そして、彩香は淡い恋心を大和先輩に抱いたが彼には既に彼女がいたことにポロポロと泣いたのを手塚は見ていたのだった。

電車の窓に映る景色を眺めながら、彩香は静かに笑ったのだった。
懐かしいな、と思いながら。




To be Continued


あとがき

えーっと…出してしまいました大和部長。
あれです、ヒロインの初恋は手塚ではなく大和部長です。
なんか分からない方向へ話がいってしまいましたね。
氷帝戦後半は多分適当に書きます(苦笑)


2009/08/18


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