18

テニスの王子様

翌朝、お弁当を作り、時間を気にしながら家を出たのにも関わらず、未だに試合会場にたどり着けずにいた。
もう試合会場では、一時停止試合されていた青学vs氷帝の準々決勝が行われているというのに。

「かーのじょ、可愛いよね。どここ行くの?」

「美味しそうな匂いするよねぇ、それ弁当だろ?」

「それ持って俺らとどっか行かない?」

「だ、だから…これは…」

もういい加減にして欲しい。

「なになに? 聞こえないな〜」

「ですから、行く場所があるのでそこをどいて下さいっ!」

「えー、いーじゃん。俺らと遊ぼうってばよぉ」

ガシッと腕を掴まれ、嫌悪する。
触らないで欲しい、気持ち悪い。嫌だ、助けて、国光っ!

「その手、離してくれないかな」

不意に聞こえた声に、彩香も男たちも振り向いた。
そこには芥子色のジャージを羽織っている幸村の姿があった。

「…幸、村くん…」

「あぁ? なんだ、テメェ。この子は俺たちが先に目をつけたんだよ!」

「彼女は俺と待ち合わせしていたんだよ。だから、その手を離してもらえるよね」

スッと幸村の眼が細められる。そのただらなぬ雰囲気に、男たちは少したじろぎ、彩香の手を離した。

「……ケッ、行こうぜ」

「ああ……」

なぜか彼らがダッシュしていなくなってから、彩香はハァっと息をついた。

「大丈夫だった? 倉橋さん」

「あ、ありがとう……幸村くん」

「ケガしてない? 本当に大丈夫?」

「う、うん……大丈夫。本当にありがとう」

彩香はそう言って、困ったように、ホッとしたようにへにゃりと笑った。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


昨日のうちにベスト4を決めたのは立海大(うち)だけで、他の試合は昨日の雨で一時停止試合になったようだった。
いずれ決勝で対決するのは今日再試合をしている学校のうちどれかだ。
今日は試合は午後からだから、各校の偵察へと繰り出した。
気になるのはやはり手塚のいる青学。真田に勝った1年生ルーキーも気になるし。
真田と一緒に試合を見に行こうとした(まぁ、真田は手塚が気になるのだろうけど)
コートへ向かう途中で聞こえた声があった。女の子と数人の男の声。
こんなところでナンパか、と思えばその声は聞いたことのある声。
見れば、長めの髪を高い位置で結び、チラチラと白い項が見えた。
そしてその姿は彼女だと分かると、歩いていた真田に何も言わず駆け寄っていた。

「その手、離してくれないかな」

そう声を掛ければ、男たちも、そして倉橋さんもこちらを向いた。
その眸はやや涙ぐんでいて、薄紅の可愛い口唇からは頼りなさげな声で「…幸、村くん…」と呼ばれた。

「あぁ? なんだ、テメェ。この子は俺たちが先に目をつけたんだよ!」

未だに彼女に触れている奴らに腹が立ちながらも、もう一度言ってみた。

「彼女は俺と待ち合わせしていたんだよ。だから、その手を離してもらえるよね」

早く離しやがれ、と思いながら口調を少し重くした。
それが効いたのか男たちは彼女から手を離し、よくある台詞をいいながら駆け足で去っていった。
それを見つめたままでいれば、大きな吐息が聞こえた。

「大丈夫だった? 倉橋さん」

声を掛ければ、やはり涙目で不安だったのだろう、安堵したような顔を向けられた。

「あ、ありがとう……幸村くん」

「ケガしてない? 本当に大丈夫?」

「う、うん……大丈夫。本当にありがとう」

へにゃりと笑う顔を直視出来なくなりそうな程、可愛い顔だった。
それでも少し動揺しているだろうと思って、自販機の近くのベンチまで誘導した。

「はい、お茶でいいかな」

「あ、ありがとう。ごめんなさい」

「フフ……どうして謝るんだい?」

「えっ…あ、なんでだろう……迷惑かけて、かな?」

「迷惑なんかじゃないよ。でも良かったよ、あのままだったら連れて行かれてたかもね」

そんなことさせやしないけどね。
それより気になるのは彼女が持っている大きな包み。
この場にいるのは手塚の応援だろうな、仲がいいと聞いていたし。

「青学の応援に来たんだろう? 俺も見に行くところだから、一緒に行こうか」

そう言って手を差し伸べてみた。
先ほどの恐怖を少しでも取り除いてあげたいという気持ちと、あわよくば彼女に触れて見たかったという気持ちもあった。
しかし、流石に馴れ馴れしかったかな、と思えば、俺よりも小さな手が触れた。

「……ありがとう。幸村くん」

その白い肌に微かに染まる桃色の頬にドキンと胸が鳴った。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


幸村くんに助けてもらった時、昨日会ったせいだろうか大和先輩を思い出した。
二人は全く似ていないし、断然、幸村くんの方が格好良いと思う。
ただ共通するといえば、ジャージを羽織っているというだけ。
そして気遣ってくれているのがなんとなく分かった。

(怖かったことに気付いてくれているんだろうか……?)

繋いだ手を見ながら、隣を歩く幸村くんを眺める。微笑されて、顔が赤くなった。

(国光以外の男の人と手を繋ぐなんて……って、前にリョーくんと繋いだっけ…)

でもリョーくんはまだまだ男の子って感じだけど。
そんなことを思えば、前方から歩いてくる人がいた。

「幸村っ!」

「真田?」

「どこに行っていたのだ。……倉橋ではないか……っ!」

現れたのは黒い帽子を被ったのは真田くんだった。が何故か顔が赤い……なぜ?

〈ゲームセット ウォンバイ…氷帝7‐6〉

疑問に思えたものの、聞こえたコールに彩香はコートの方を向いた。

「えっ……?」

「これで2勝2敗か」

真田くんの声を遠くに聞きながら、コートにいる黄金ペアの姿を見た。

(……負けた? 黄金ペアが…?)

「これで試合はシングルス1に委ねられたな」

そうシングルス・ダブルス共に2試合ずつ終わり、2勝2敗。
コートをぐるりと氷帝テニス部部員で囲まれている為、近寄れずにいたが、シングルス1の試合が始まろうとしていた。
国光の試合の時同様、氷帝コールがなり、相手が指を鳴らすもそれをリョーくんが遮った。
二人はなんだか対すると互いに笑い始めた。その異様な光景に唖然とする。

「フフ……跡部も相変わらずなんだね」

幸村くんは楽しそうに笑い、真田くんは頭痛がするのがこめかみに手を当てていた。
試合は始まるも相手は国光といい勝負をした人物、やはり強い。
イレギュラーバウンドのサーブを打ったからだろうか、リョーくんが『無我の境地』を出した。

「跡部め、早くも引きずり出したか」

幸村の隣に立つ真田がそんな事を呟いていたのを聞きながら、彩香はコートを、リョーマを見ていた。

『You still have lots more work on…』

途端にリョーマのプレイスタイルが様々に変化していく。
だが、リョーマが放ったスマッシュを跡部は『羆落とし』で返した。

「跡部には通用しないだろうね『無我の境地』は」

「彼が、強いから?」

「あぁ、跡部は強い。無我の境地を使ったところでことごとく返されるだれう」

それは先ほど見た。リョーマが繰り出した技を同じ技で返していたくらいだから。

「……だけど、あのボウヤ……辿り着くのが早すぎるかもしれないな…」

「幸村くん?」

「なんでもないよ。あの1年生、強いようだね。真田を倒しただけあるかもしれない」

先ほどの呟きは彩香には聞こえなかったようだった。
リョーマは跡部のタンホイザーサーブを打つも呆気なく返された。

『もう止めだ! そんなテニスだから、テメーは手塚の域に達っせねーんだよ』

そう言って返した打球にリョーマは全く反応しなかった。

「……リョーくん…?」

「あの時と同じだ」

そう呟いた真田に幸村も彩香もそちらを向いた。
幸村には心当たりがあるのか、こちらを向いた。

「少し前に立海(ウチ)に跡部が乗り込んで来てね、あの技をみた事があったんだよ」

「今の?」

「ああ、跡部にはあのルーキーの死角が全て見えているんだろう」

「死角が?」

「彼は相手の弱点を見抜く、凄い眼力を持っているからね。相手の死角を見つけることが出来たのだろう」

「……」

でもリョーマなら、と彩香はジッと試合を眺めた。
一方的な試合になりながらも、体力が落ちてもリョーマは『無我の境地』で立ち向かった。
そして目を閉じて、『氷の世界』を打ち返した──『手塚ゾーン』で。

「あれは……」

会場の試合を見ている誰もが驚いていた。

「『手塚ゾーン』はボールに回転を掛けて、相手の打球をコントロールし、自分の打ちやすい方へ導く高等技術」

「脳裏に焼き付けたイメージだけで打てるものとは違う」

「あの微妙な回転を操るには……手塚の様にかなりの経験が必要だ」

幸村と真田も驚いているのを見て、彩香は口を開いた。

「……リョーくんは国光の技をコピーしてなんかいないよ」

「倉橋さん?」

「リョーくんはね、小さい頃から毎日のように物凄く強い相手と戦っているの。積み重ねられた経験で、あの技を使えるんだよ…」

そう出会った時も試合をしていた。悔しそうにしているリョーマを彩香は滞在中にいつも見ていた。
「どうしても倒したい」そう言っていたのを思い出す。それからずっと毎日戦っていたのなら、リョーマの練習量は国光以上かもしれない。
試合は4‐4と追いつき、まだまだこれからだった。両者、一歩も譲らずの攻防が続いている。
また跡部は押し始め、ゲームは6‐5となる。

「さすが跡部だね。氷帝200人の部員を束ねるだけあるよ」

彼もまた部長としての選択で、氷帝の勝利の為に、戦っている。

『手塚ぁ――っ!! 青学の敗因はテメーが青学の柱を一年坊主に譲った事だぁ!!』

彼がそう叫んだ時、ギギギギギ…という軋む音と共に、照明が落ちてきた。

『危ないっ! 照明が…!!』

「リョーくんっ!!」

『まだ譲ってはいない』

『……そう、今から奪うんだけどね!』


落ちてくるにも関わらず、リョーマはそれでもボールを打った。
落ちた照明によっと死角を突かれた。
落下した照明の撤去中、彩香は幸村たちにお礼を言って人混みを掻き分けて、青学ベンチ側へいった。

「国光っ…」

「彩香」

フェンス越しに話し掛ければ、ベンチにはリョーマが寝転んでいた。

「リョーくん……」

声が聞こえたのかリョーマはゆっくりと起き上がった。

「彩姉……」

「頑張ってね、応援してるから」

「……ウィーッス!」

リョーマの好きな炭酸飲料を渡した。撤去作業が終わり、再び激闘が繰り広げられていく。
いつまでも続いたタイブレークは手塚vs跡部戦の再現のように。
そして──二人はコート上に倒れてしまった。スコアは同点。
起き上がった者が勝利する。先に立ち上がったのは跡部。

「リョーくん、負けないで!」

やがてリョーマは起き上がりツイストサーブを打つも、彼は気を失ったまま立っていた。

「跡部よ、気を失って尚君臨するのか」

「…………すごい…」

ゲームはリョーマが7‐6で勝ち、青学の準決勝進出が決まったのだった。




To be Continued


あとがき

とりあえず幸村と前半絡ませてみました。
試合を書くのはなかなかキツいですね、だってテニスそんなに詳しくないし(笑)
どうなるんですかね、この話。相変わらず夢じゃないね(苦笑)



2009/08/19


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