22
彩香はそのまま席には戻らず不二の隣で、ただ見守るように試合を見ていた。
楓も立海側に紫の隣に立って試合を見ている。
試合は手塚のサーブはもう零式ではない為に返されるが、まだ『手塚ファントム』で迎え撃つ。しかし、真田が真っ向勝負を捨て『雷』ではなく『林』を打ってきた。
「でもあれじゃ真田も『林』で回転を緩らげているだけだし、ポイントは決められないじゃん!?」
「それが狙いだよ。いつあの『雷』が来るか分からない手塚は、ファントムを打ち続けなくてはならない」
「…っ国、光……」
彩香はもう泣きながら試合を見つめるしかなかった。
涙で歪むその向こうに、険しい顔の手塚を見ながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
真っ向勝負を捨てろ、と命令したのは全て立海3連覇の為だった。
3連覇する為ならば、たとえどんなに汚かろうが。
真っ向勝負を捨てた真田を試合を眺めながら(それでいい……)と小さく呟いた。
ふと、青学側を見れば不二の隣に口に手を当て、頬に涙を伝わせている倉橋さんが目に入った。
手塚はもう限界だった──あの『手塚ファントム』は『手塚ゾーン』を超える6割増しの回転が必要だ。
普通ならありえない。手塚ゾーンでさえ不自然にかなりの回転をしているのだから。
その証拠に鬱血し紫色に変色した腕。それでも手塚はファントムを打つ。いつ真田の雷が来るか分からない為に。
(……君は俺を恨むかもしれない…)
手塚の為に頬を濡らす君は。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
試合は真田のマッチポイントになり、手塚は零式サーブを打った。
今まで打たなかったのは、未だ会場に姿を見せぬ越前の為に時間を稼いでいた。
しかし、繰り出された『風林火山』『雷』にまたしてもラケットは弾き飛ばされた。
ボールは高く上がり、ネットの上へとぶつかった。
『雷』を酷使した為に真田は脚が動かないようだ。
「回転は掛かっている。このまま、落ちてくれれば」
「いけぇ──っ、そのまま落ちろ─────っ!!」
そうそのままなら真田のコートに落ちるはず。
国光は飛んだラケットを拾い上げた。
「勝つのは俺達青学だ──っ!! そして青学の時代を再び築き上げる!!」
脚を引き摺りながらもネットに寄る真田が叫んだ。
「向こうに入らんか───っ!!」
〈ゲームセット…ウォンバイ 真田 弦一郎 7‐5!!〉
ボールが落ちたのは手塚側だった。彼は気合いでボールを相手側に入れたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「国光っ!」
不二くんに肩を借りてベンチに戻る国光に声を掛けるが、彼の視線は出入口を見ていた。
その方向を見ると見慣れた姿があった。桃城くんがリョーくんを連れて戻って来たのだ。
だが信じられないことが起きていた。
「…あの、人がいっぱい居るけど、何かやってるんですか?」
「……リョー、くん…?」
そう、記憶喪失になっていた。
いつもの生意気さはなく無邪気にラケットを突くリョーくんに誰もが驚きを隠せない。
「仕方がない! 今はこの試合に集中じゃ!! 試合を観てリョーマも何か思い出すやもしれんしな」
「「おおーっ!!」」
「それと、手塚。早く医務室へ行け。倉橋、手塚を頼んだよ」
竜崎先生に言われ、彩香は返事をすると手塚を連れ医務室へと向かった。
椅子に座らせ、彩香は向かいに座り左腕の鬱血した箇所にコールドスプレーをかける。
「…………」
「……痛む?」
「大丈夫だ…」
「嘘、つき…」
「彩香…」
そっと腕に手を乗せれば、スプレーしたせいもあるが冷たい。
「…嘘つき……不可能だって言ってたじゃない…」
「不可能だと思っていた…が可能でもあった」
「っ、だからって……」
「……すまない」
「プロを目指すんでしょう! プロになるんでしょう! なのに、」
ギュッと眸を閉じれば、ポロポロと熱い滴が手塚の腕に落ちる。
彩香はぐいっと涙を拭うと左手を取った。
「……無茶はしないで、といいたいけど。プロになったらもっと強い選手がいるんだよね…」
「…あぁ」
「だったら願うことは『もう二度と腕が壊れないように』」
彩香はそう言うと掌に口付けをした。
「彩香……」
「掌の上へのキスは『懇願』を表すの」
「グリル・パルツァーの「接吻」か」
「……うん。あと、私が出来るのは頬くらい……国光、頑張ったね。すごい試合だったよ」
そう言うと共に手塚の頬に柔らかいものが当たったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
会場に戻れば、ダブルス2の試合の真っ最中だった。
「……乾くんと海堂くん、そして柳くんに切原くんなの?」
試合は3‐0と押されていた。そして切原くんの打ったボールは乾くんと海堂くんを吹っ飛ばした。
ガッ…と眼鏡が落ち、それをガシャりと踏みつけられた。
赤目モードになっていたが、柳くんが制して、眼鏡は戻ってきた。
替えの眼鏡を付け再び試合続行、海堂くんの新技ジャイロレーザーで1‐4へとゲームを返していく。
興奮したのか、キレたのか切原くんは膚が赤くなり、試合は切原くんによってボールを当てられ血だらけになった乾くんが倒れ、負けた。
「早く病院にっ!」
「担架だっ!」
試合は一時中断され、乾くんが病院へと運ばれていった。
グッと拳を握る不二くんの姿を眺め、彼が怒っていることを察した。
「不二くん、」
「大丈夫、頑張るよ」
いつものように微笑むが、その微笑みがほんの少し怖いと思えた。
客席に胡坐をかき、座るリョーマの隣に彩香は腰を下ろした。
「……どう? 試合は?」
「皆さん、あんなに小さいボールを打ち合いするなんて本当にお上手で驚いてしまいました」
「そうだよね、凄いよね」
「でも、さっきの試合……少し怖かったです…」
多分、赤くなった切原くんの事を言っているのだろう。
「そうだね、私もちょっとびっくりしたよ」
「あ、お姉さんの名前はなんて言うんですか?」
「私? 私は倉橋 彩香っていうの。小さい頃、君に会ったことあるんだよ」
「そうなんですか……すみません。ボク……」
記憶がなくなっていることが申し訳ないのかショボンとしている。
不二の試合が始まり、最初から本気モードなのかあっという間に2ゲーム先取している。
「リョーくんもね、小さな頃からテニスしてたんだよ」
視線は不二くんの試合を見ながら、彩香は隣にいるリョーマに語りかけていた。
「私が会った時には本当に上手で、お父さんに負けたくないって頑張ってた。とても楽しそうにいつもテニスしていたよ」
「……」
「リョーくん、テニス好き?」
「……すみません、よく分からないです」
「そっか。ごめんね、リョーくんも辛いのに」
「い、いえ」
「でも、何をするにしても楽しんでやりたいよね」
そう笑いかけると「そうですね」と無邪気に笑われた。
ポンっと肩を叩いてから、彩香は席を立つと手塚の隣に並んだ。
試合は3‐0とまた1ゲーム取っていたが、仁王くんが国光に見えた。
「て、手塚……?」
彼のプレイはイリュージョンだと楓が言っていたのを彩香は思い出した。
彼は誰にでもなれる――コート上の詐欺師だと。
手塚となった仁王vs不二の試合はまるで手塚vs不二だった。
3‐0だったのが、3‐1へとゲームを取られていく。
「手塚部長と不二先輩ってどっちが強いんだろう」
誰かがポソリと呟き、部員たちが騒めき始めた。
「校内ランキング戦でも一度もないよ」
「いや、一度だけ戦ったらしい」
大石くんが結果を聞かれたが詳しい事は知らないようだ。
「それが……聞いた話じゃ、2年前の試合は──手塚の惨敗だったらしい」
その言葉を耳にしながら、彩香はあの時の事を思い出した。
目の前の試合はどんどんゲームを取られ、追いつかれてしまっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
たまたまだった。試合をしてるのを見たのは。
委員会での用事を済ませ、帰ろうとした時テニスコートが目に入った。
そこにいたのは国光と誰かだった。近づいていくと、試合をしていたのが分かった。
(……1年生同士で勝手に試合はダメだったんじゃ…)
試合を見ていて気付いたのは国光の様子がおかしいことだった。
「どう思います、手塚くんの様子は?」
「えっ! あ、大和先輩……」
危うく悲鳴をあげるところを、しーっと口元に人差し指を当てていた。「驚かせてしまいましたね」と彼はにこりと笑った。
試合は一方的にだった。調子がおかしい国光に彼は責めていた。
「もっと自分を大事にしないの?」
「約束だからな。それに言っただろ、俺も君とは試合してみたかった」
国光は左腕を押さえながら答えるが、彼はカッとなったのか胸ぐらを掴んでいた。
「っ、手塚! こんな風に約束を守って貰ってもボクは少しも嬉しくない!!」
「すまない、不二くん」
腕が治ったらもう一度試合をしようと、二人は約束をしていた。
私が青学にいる間はそれは実現しなかった。そして、今に至る。
彩香は傍らにいる手塚を仰ぎ訊いた。
「ねぇ、どうして不二くんと試合しなかったの?」
「……何故だろうな。俺はアイツの正体を暴きたいと思っていた。実力を。だが不二には闘争心というものがなかった。アイツは俺と張り合う事を避けようと無意識に自分の力をセーブしていたから。本当はどちらの力が上なのかはっきりさせる機会がないまま今日まで来てしまった」
「……国光から言えばよかったのに。ライバルでいいじゃない。そうやって切磋琢磨していくものでしょう」
「そうだな」
もう後がないとされていたが仁王くんは零式サーブではなく『才気換発の極み』絶対予告をしてきたが、不二くんは瞳を閉じて打ち破った。心の瞳で。
〈ゲーム 不二 6‐5!!〉
To be Continued
あとがき
とりあえず、すみません。
グリル・パルツァーのキスでヒロインには手塚への恋情はないです。手塚も同じですが。
なんかぐだぐだと申し訳ありません。
2009/09/16