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試合開始、直ぐにリョーマは必殺技を繰り出したが、それはあまりにも簡単に返された。
だが、リョーマも負けず劣らずに幸村が羽織ったままだったジャージを落とさせたのだった。
「越前らしいな」
戻って来ていた乾くんが話すが、本人はバレてないと思っていたらしい。
後輩たちが乾先輩と名を呼べば驚いていた。周りにはバレバレなのに。
タンタンと階段を降りる足音が聞こえ、振り向くとそこには真田くんの姿があった。
「スマンな、真田……」
国光が声を掛けると彼は立ち止まり「礼には及ばんよ」と告げた。
彩香はそれでもお礼を言いたかったので近寄り、手を取った。
「っ真田くん……ありがとう!」
その光景に楓と紫、他の部員は驚いていた。
「「彩香?」」
「……それはさっきも聞いた」
「でも言いたかったの。本当にありがとう」
「……真っ向勝負で頂点に立つ。それが王者 立海のやり方だ」
その言葉に彩香はポカンとしつつ、クスッと微笑した。
どこまでも真っ直ぐな真田をステキだと思えたから。
もう一度お礼を述べると青学側へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リョーマは『無我の境地』を使い始めていた。だが、次々と出されていく技は呆気ない程、簡単に返されていく。
その圧倒的な強さに誰もが驚きを隠せない。
「……幸村くんって、こんなに強いの…?」
「幸村の成績は公式記録だと全戦全勝。1ゲームすら取られていない。その強さから付いたあだ名は『神の子』だそうだ」
隣の国光に訊けばそのような答えが返ってきた。
「……神の、子…」
なんという異名に彩香はジッと幸村を見つめた。
試合はリョーマが『百錬自得の極み』を使い始めたが、使いこなせないのか、力を持て余しているようにしか見えなかった。
試合は一方的にゲームを取られていく、どんな技も誰の技も幸村くんには通用しないようだった。
ガラス玉のような眸が彼の凄さを現しているかのように、彼は汗をかいていない。
あれが本当に『テニスがもう出来なくなるかもしれない』と言っていた人なんだろうか…。
「これ以上続けても無意味だ。早く負けた方がボウヤの為だよ」
「絶対、アンタをギャフンと言わせてやる」
百錬自得は見切られていても、リョーマはそれを適材適所で使い、ポイントを取っていく。
そして、才気換発さえも使うが、最後の打球をミスし、着地に失敗して転倒した。
それはあまりにも彼らしくない。そして、始まったのだという、幸村くんの本当のテニスが。
「幸村くんの本当のテニス?」
「……あぁ」
「国光?」
疑問を抱きながらも試合を見ていくとリョーマの様子がおかしいことに気がついた。
眼の焦点が合っておらず、それでも眸を閉じて試合をしていたが、それもかなわなくなった。
耳も聞こえてないようで、もぞもぞと動きボールを踏んだりしてしまっている。
「……リョー、くん…? えっ…なんで…」
嘘…と呟くもこんなにも会場は騒めいていて、みんながリョーマの名前を呼んでも反応はなかった。
「どう、して……?」
ギュッと国光の腕を掴むと、引き寄せられていた。グッと肩に力が入った。
「幸村のテニスはイップスのようなモノだ」
「イップス…?」
「精神的な理由によりまともなプレイが出来なくなることだ。五感を奪われたように錯覚する程重度のイップス──それが幸村のテニスなんだ」
国光の言葉を聞きながら、彩香はそんなのってない…と呟いた。
「それがテニスなの? 勝つのが大事なのは分かるけど……それがしたかったテニスなの?」
「……彩香…」
そんな勝ち方……。
幸村くん……あなたがしたがっていたテニスってこういうテニスだったの?
縛られている…『王者 立海』と『全国3連覇』いう言葉ににきっと。
それじゃ、辛くなるよ、苦しくなるよ、きっと。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
試合は一方的になっていく。
もう感触も視覚も聴覚も全て奪われているようだ。
「……っ、リョーくん…」
「もういいっ…もういいよっ! 越前っ!!」
倒れてしまったリョーマに皆が顔を歪ませていた。
彩香は震える手でギュッと手塚のジャージを掴んだ。
「……彩香」
顔を逸らし、ポロポロと涙を零す彩香を手塚は肩を掴み、正面を向かせた。
「……国光…?」
「お前がしっかりしなくてどうする。きちんと見届けろ。全力を出している越前を。姉、なんだろう!」
「っ……、うん!」
グッと口唇を噛みしめ、倒れているリョーマを見つめた。
「……リョーくん…」
とても辛そうに見えるのは、私が見ているのが辛いからだろうか……。
頑張って。ううん、昔みたいに楽しそうにしていたテニスを見せて!
耐えるように立ち上がり、見えないにも関わらずテニスを続けようとしている。
「な、何でアイツあそこまで…」
「もう何も見えなく聞こえなく感じてないんだろ……まだ続けようと」
誰もが悲観にくれているように感じた。哀れ、憐れむ、そんな雰囲気が漂う。
「…………」
それでも続けようとしているのは、彼がテニスを好きだからだ。
どんなに辛くとも止めれるはずがないのだ。
それは隣にいる国光にもいえる……そして、幸村くんにも。
「……ねぇ、国光。テニスは楽しい?」
「……何を言って…」
「倉橋さん?」
「テニス、楽しい?」
不思議がっている不二くんにも訊いてみる。
「「ああ/うん」」
その言葉と共に、リョーマも答えた。偶然にも同じ答えを。
「テニスって楽しいじゃん」
「リョーくん!?」
そう言った瞬間、リョーマの雰囲気がガラリと変わった。
もうすっかり汗が引き、眼も見えているようだった。
「あ、あれが……天衣無縫の極み!?」
試合は一気に逆転し、圧倒的な強さに皆が驚いていた。
「こ、これが無我の奥の最後の開かずの扉『天衣無縫の極み』なのか──」
「限界を越えやがった…あの王子様はよ」
〈ゲーム 越前 4‐4!!〉
「テニス、楽しんでる?」
そう言ったリョーマの姿は、誰よりも楽しそうだった。
歴史が変わろうとしている。
青学が王者 立海の3連覇を阻もうとしている。
歓声が沸き上がるなか、乾くんが天衣無縫について無理矢理解説していると、知っている声がした。
「よう…バアさん」
「南次郎……息子がお前と同じ所に辿り着きおった…」
レギュラーたちはリョーマの父、越前 南次郎──サムライ南次郎の登場に驚いている中、天衣無縫について聞いたが返ってきた答えにも驚いていた。
「『天衣無縫の極み』なんてもんは最初っから無ーよ」
天衣無縫は誰もが持っているものらしい。
誰もが最初にテニスに出会った時の気持ち……テニスを楽しむテニス。
「……倉橋さんは知っていたんだね」
不二は先ほど訊いて来た彩香を見たが、彼女はリョーマの試合を微笑んで見ていた。
本質を知っていた彩香に手塚も小さく笑った。こんなだから手塚は時折彩香にはかなわないのだ。
試合は幸村が盛り返し始めていく。さっきまで涼しげな顔でいたのが嘘のようだった。
見たことのない構え、それは新技だった。
「今こそ、青学の柱になれ! 越前っ!!」
「サムライドライブ!!」
ボールはネットのワイヤーにぶつかりながら2つに割れた。
「我が立海の3連覇に……死角はない!!」
「……幸村くん…」
半分に裂けたボールを2つとも同時に幸村は返したが、ボールは引き寄せられるようにリョーマが打ち返した。
〈ゲームセット ウォンバイ……越前 リョーマ 6‐4!〉
歓声と共にコールが告げられた。
青学部員が喜び、コートへと降りていく。
「さぁ行こう、手塚……日本一だよ」
「国光っ! おめでとうっ!」
「……ああ」
嬉しそうに笑う国光に彩香も笑うが、珍しいという感じに不二も笑った。
「クスッ…手塚でもそんな風に笑うんだね」
「………! 見なかった事にしてくれ不二」
ゴホンと咳払いをし、誤魔化しながら手塚は彩香の方を向いた。
「彩香も行くか」
「……ううん。私はここでいいよ」
チラリと立海側を見れば、涙ぐむ楓たちの姿が目に入る。
青学が優勝して嬉しいが、通い慣れ始めた立海が負けたのも淋しいのだ。
「……そうか。後で越前に声を掛けてやれ」
「うん」
見ればコートの真ん中ではリョーマが皆に胴上げされていた。最初は照れていたリョーマも嬉しさに笑っている。
「おめでとう、越前くん。機会があればまた対戦しよう。……そうだな、今度は楽しむテニスで」
「ウィッス」
2人はそう言って握手をしていた。
その様子を見ているとポンっと肩を叩かれた。振り向くとそこには楓の姿があった。
「やったね、青学」
「楓ちゃん……」
「すごいね、彩香の弟くん」
「そうだね……でも、みんな格好良かったよね」
笑う彩香に楓も笑った。なんだかこの子には青学とか立海とか関係ないように感じたからだ。
閉会式も済み、みんながこちらに歩いてくるのが分かった時、横から声を掛けられた。
「ラッキー、可愛い子発見! ねぇねぇ君たち、名前なんて──…」
彼が何かをいい終わる前にテニスボールが2つ飛んで来た。
「彩姉、大丈夫?」
「大丈夫かい、2人とも」
振り向けば、先ほど試合をしていた2人と青学、立海のメンバーが立っていた。
「彩姉って……君、越前クンのお姉さんなの?」
「違うぞ、千石」
「あれれ、手塚クンまでどうしたの?」
「馴々しく彩香に触るな」
「大丈夫? 倉橋さんたち」
見れば、不二くんも近くに来ていて彩香と楓は千石から少し離された。
手塚の横には真田も来ていて「ナンパなどたるんどる!」と言っていた。
威圧的な雰囲気に千石は逃げて行き、青学と立海メンバーは各々話していた。
「倉橋さん、楓、大丈夫だったかい?」
近寄って来た幸村に楓は平気平気と答え、お祝いをと手塚へと近寄っていった。
「……幸村くん、」
「なんだい…」
「……お疲れさま、」
他に出てくる言葉がなくて、彩香は困ったが彼はそれを察したようだった。
「……次は楽しむテニスをやれたらいいな、と思ってるよ」
「うん、そうだね。「その時は…」」
声が重なり、互いに顔を見合わせてなんとなく笑った。
「その時は、テニス見せてもらってもいいかな?」
「もちろんだよ」
「ありがとう!」
その笑みを見て、幸村は胸奥が熱くなったのを感じた。
今度は、君が泣いてしまわないテニスを見せたい。
To be Continued
あとがき
やっと全国終わった……。
次からは恋愛モードに。邪魔されたり、邪魔されたり……色々あるかもしれない。
2009/09/21