Interval

テニスの王子様

その人に会ったのはおばあちゃんが入院して、退院間近な時。
おばあちゃんに頼まれて、売店に買い物しに行った時に、その人が小銭を落としたのがきっかけだった。

「あの、落としましたよ?」

拾った小銭を持ち、声をかけるとその人は振り返った。

「え? あ、ありがとう」

にっこりと笑みを溢すその姿は[綺麗]と[儚い]いう言葉がぴったりなような気がする。
緩いウェーブ掛かった柔らかそうな藍色の髪に穏やかな眸。

「(……不二くん以来かも、男の人で綺麗だなんて思ったの)いえ、」

はい、と拾った小銭を手渡すと会釈して、そこから去ろうとしたが何故か手を取られた。

「? あの……?」

「あ、いや……本当にありがとう」

「あぁ、気にしないで下さい」

なんだろう?と首を傾げると、そっと髪に手が触れた。

「……あ、の…?」

「ちょっと髪にゴミがついていたみたいだよ」

「えっ、あ、ありがとうございます。すみません」

慌て、頭を下げると「フフッ」と笑われてしまった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


落としましたよ。と声をかけられ、振り向けば同年代の女の子が微笑して手を差し出していた。
なんとなく女の子というので、煩わしいな、なんて思ったのも束の間、その子は自分を見て、違う誰かを考えているように感じた。

「いえ、」

はい。と手渡された小銭を受け取った瞬間に、微かに薫る香りに去ろうとする彼女の手を思わずとってしまった。

「? あの……?」

キョトンと首を傾げて見上げてくる眼差しに、真っ向から見られているのに気付いた。
久しぶりに媚びているような眼差しではなく、ただ見つめてくる眸。

(この子、前に──お婆さんに付き添っていた……)

見覚えがあった、お婆さんに付き添って歩いているのを何度か見たことがあった。
それに、この香り……。

「あ、の……?」

「あ、いや……本当にありがとう」

「あぁ、気にしないで下さい」

ニコッと笑う笑顔に思わず髪に触れてしまった。
触れてしまった髪の毛は焦げ茶の艶やかな髪で、やはりとてもいい香りがする。

「……あ、の…?」

心配そうに見てくる眸に思わず口から出任せが出た。

「ちょっと髪にゴミがついていたみたいだよ」

「えっ、あ、ありがとうございます。すみません」

そんなモノついてはいなかったけど、ツンツンと髪の毛を引っ張って、ゴミを取るふりをした。
シャンプーでも香水って訳でもない……でも微かに甘いような香りがする。

「いいよ、気にしないで」

なんとなく話しをしたかったが、看護師が探しに来たのか声をかけられた。

「いたいた、西條さん」

「えっ…あ、看護師さん」

「おばあちゃんが心配してたわよ」

「あ、すぐ戻るって言ってたから」

やや慌てる姿を見て、残念だなと思いながらも看護師が探しに来たのだから仕方ないと[西條]さんを見た。

「ごめんね、引き止めちゃって」

「いいえ、こちらこそありがとう。じゃあ」

「うん────また、会えたらいいね。西條さん」

後ろ姿を眺めながら、ボソリと呟いた。
なんとなく、君にまた逢いたいと思ったよ。なんだろうね、この気持ちは。

そう思いながら、彼──幸村 精市は自分の病室へと向かった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ざわざわと賑やかな病院のホールに彼女はいた。待ち合い室の片隅に静かに本を読んで。
あれから何度か彼女の姿を探したが見つからず、おばあさんが退院したのだと、あの時に会った看護師さんに聞いた。
残念だな、と思っていた土曜の午前中。売店に用事があって降りてくれば、併設されていた総合待ち合い室に彼女の姿を見つけた。
つい嬉しくて、ペタペタと歩いていき、彼女の前まで行くと、気配を感じたのか顔を上げた。

「…………」

「こんにちは」

声をかけるとキョトンとした顔で見上げてきた。
忘れられてしまったのだろうか?

「……あの?」

「いきなりごめんね。前にお金を拾ってもらったんだけど、覚えてるかな?」

「えっ……え? あ、その…」

やはり忘れられているらしい。なんだか、悔しいな。俺は覚えていたのに。
でも仕方ないかもしれない、今はもう4月だし。

「覚えてないのも無理ないかな。前に会ったのは1月だったから」

そう伝えると申し訳なさそうにシュンとした。

「そ、そうなんですか!? すみません。私、人の顔を覚えるの苦手で……」

「……そうなんだ…」

「ご、ごめんなさい! 気を悪くさせてしまったのなら…」

「ううん、気にしないで。あんなほんのちょっとのことだけだったし、仕方ないよ」

「いえ、でもあなたは覚えててくれたし…」

「じゃあ、俺の事覚えてくれるかな?」

フフッと笑いながら、訊くと、彼女は「はい、頑張ります」と優しく笑ってくれた。

「あ、名前まだでしたね。私は「西條さん、だっけ?」……え?」

名前を告げれば、キョトンとした顔をされた。あれ、間違ったかな?

「あれ、違ってた?」

「……はい。西條はおばあちゃ…祖母の苗字なんです。私は倉橋と言います」

クスクスと笑う姿に、そっか、と自分も笑った。

「ごめん、前に会った時看護師さんが西條って呼んでたからてっきり。倉橋さんだね、俺は幸村 精市」

「幸村くん、ですね。……もし次会った時、間違えたらすみません」

「え、どうして?」

訊くと恥ずかしそうに少し頬を赤く染めた。

「えと、顔を覚えるの苦手って言いましたよね。それプラス名前も覚えるの苦手で……いつも必ず間違えちゃうんです」

「そうなんだ、じゃあ次会った時楽しみだね」

「そんな……う、ちゃんと覚えておくようにします。幸村くんですね、幸村くん……」

ぶつぶつと何度も名前を呼ばれ、というか唱える姿に笑みが零れた。
なんだか、可愛いな……とそこにふわり、と前と同じように甘い薫りが漂った。

「……? どうかしました?」

「え、あ、ああ……なんかいい薫りがして……香水じゃないよね?」

「?……ああ、これですか?」

バックからごそごそと出したそれは小さな巾着袋みたいなものだった。
どこかで見覚えがあると思ったのは、部員の一人が同じような物を持っていたから。

「……匂袋?」

「よく分かりましたね。はい、匂袋です」

手渡され、くんっと嗅いでみると花のように甘い薫りが漂った。

「いい薫りだね、なんだか安らぐよ」

「ありがとうございます。よろしかったら差し上げます」

「え……」

「あ、すみません。イヤですよね、他人の物なんて…」

「そんなこと……本当にもらってもいいのかい?」

「はい、構いません」

ニコッと笑う姿に、トクンと小さく胸が鳴ったのは気のせいだろうか。

「ありがとう……。えと、そういえば今日はなんでここに?」

「え、ああ、おばあちゃんの検診に付き添って来たんです」

「そうなんだ。また、来るのかな?」

「うーん、二週間に一度って言ってたから……次は再来週中かも」

「そうか、じゃあ、またその時会えたらいいね」

「そうですね。あ、そろそろ時間なのでこれで」

壁に掛かっている時計を見て、彼女は立ち上がった。

「こっちこそごめんね。じゃあ、また」

「はい」

にこりと笑って、本をしまうと彼女は待ち合い室から出て行ってしまった。
手にある匂袋を持ち、幸村は売店で飲み物を買うと自分の病室へと戻った。

(そういえば、名前の方を聞かなかったな……)

倉橋さん、か。と呟きながら、もう一度匂袋に手を当てて匂いを嗅いだのだった。
微かに薫るのは彼女と同じ香り。




END



あとがき

本来ならメインでありながら、短いのでインターバル扱いで。
秘かに会ってしまっているのであります。

2009/05/08


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