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テニスの王子様

新学期、まだまだ暑い陽射しに楓は手をかざした。
昇降口で久々に会うクラスメイトに挨拶をして、教室に入れば、見つけた親友に声をかけた。

「おっはよ、彩香」

「おはよう、楓ちゃん」

机に座っていたのを立ち上がり、なにやら紙袋を抱えてこちらへ寄って来た親友、倉橋 彩香。
天然なのかは分からないが、見かけとは別に結構なボケボケさんだ。
まぁそんなところが可愛いのだが、本人は気づいていない。天然だな。

「楓ちゃん、はい」

「どしたの? これ」

手渡されたのは美味しそうなアイスボックスクッキー。丸井が見たら全部奪っていきそうだ。
首を傾げていると、彩香は苦笑しつつ答えた。

「先日はご心配をおかけしました。お詫びのクッキーです、どうぞお納めを」

奏上するかのようにクッキーを上げ、頭を下げれば「うむ、許して遣わそう」と手からクッキーを受け取った。
その様子にクスクス笑っているので、デコピンしてしまった。

「全く、心配かけないでよ。手塚くんもかなり焦ってたんだから〜」

「国光は過保護だからな〜。あの後、家でお説教されちゃったし…」

たはは〜、とごまかす彩香にハアとため息をついてしまう。
でも手塚くんが注意したのなら大丈夫だろう……たぶん。
見れば紙袋には手にあるクッキーがまだ入っているのに気づいた。

「あれ? 他にもあるのは?」

「え、あぁ。テニス部の皆さんに……せっかくのお祭りなのに迷惑かけちゃったから…」

「迷惑と心配は違うんだから、気にしなくてもいいのに」

「でも、お礼はしなくちゃいけないでしょ?」

首を傾げ、ね。と話す姿は可愛すぎる。
そんな時、廊下から「「きゃああぁぁぁ」」と悲鳴めいた声がした。
「な、なに?」と驚く彩香を見ながら、そういえば奴が教室に来るのが初めてなんだと気づいた。
夏休みの間、来てはいたみたいだが(補習とかで)。
ガラッとドアが開き、そこにいたのはやはり幸村だった。

「おはよう。みんな、久し振りだね」

笑顔と共にクラスの女子が一瞬にして真っ赤になって倒れそうになっている。
幸村はこっちに気づいたのか笑顔で近寄って来た。

「おはよう。倉橋さん、楓」

「おはよう、幸村くん」

ニコッと笑う彩香に内心「おぉ、幸村スマイルにやられていない」と感心してしまった。

「俺の席ってどこかな?」

ちらりと彩香を見て、訊いて来る幸村に楓はまさか!と感付いた。

「(……わざと訊いてやがる…)」

「あ、後ろだよ。楓ちゃんの後ろの席」

「そうなんだ。ありがとう、倉橋さん」

「ううん。私、隣なの。よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」

2人は互いに笑いあっていた。
そういえば、この2人いつの間に知り合っていたんだろう。
楓はそんなことを考えながら、椅子に腰掛けた。
やがて担任がやって来て、始業式の前に幸村を教壇へと呼んだ。

「まぁ、知らないヤツはいないと思うが一応な」

女子はきゃあ、きゃあと浮かれている。
当たり前といえば当たり前かも。なんたって校内の王子様のご帰還な訳なんだし。

「はい。皆のお陰で無事に学校復帰出来ました。しかし、全国大会で優勝する事が出来なく、申し訳ないと思いましたが、力を出し切ったので悔いはないです。応援してくれた皆、本当にありがとう。これからもよろしくお願いします」

その言葉に教室は静かになる。
誰もが疑わなかった立海の3連覇、幸村がいれば勝てるはずだと思っていたが、準優勝。
だが誰もが試合を見ていたのだ、彼らがどんなに頑張っていたかを知っているからなんだかジーンとしてしまう。

パチパチパチ…

拍手に眼を向ければ彩香が微笑して手を叩いていた。
それに続くようにワッとなり、拍手が教室に鳴り響く。

「幸村くん、復帰おめでとう!」

「同じクラス、よろしくな!」

「試合見てた、感動したよ!」

色々言葉が告げられ、おめでとうとよろしくが沸き上がったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


始業式も滞りなく行われ、表彰も終わり、ホームルームは海原祭での出し物の話し合いになった。
委員長が前に出て、話を進めていく。海原祭クラスでの出し物はコスプレ喫茶。

「フフッ、なんだかすごいことになりそうだね」

ホームルームが終わると横から幸村くんに話し掛けられ彩香は頷いた。

「でも、楽しみだね」

「そういや、テニス部は今年は何するの?」

「今年は演劇と模擬店をする予定だよ」

楓が話し掛けると幸村が答えた。
立海も青学同様部活単位でのエントリーがあるようで、なんだか楽しそうと彩香は微笑んだ。

「そうなんだ、楽しそうだね」

「…うん。ありがとう、良かったら見に来てね」

「うん」

綺麗に笑う幸村に彩香も笑顔で返したのだった。

「そうだ、幸村くん」

「なんだい?」

彩香は横に掛けていた紙袋からラッピングされた袋を取り出すと幸村に渡した。

「これは?」

「先日、迷惑をかけたからお礼にと思って……本当にありがとうございました」

頭を下げていると、カサカサと音がした。見れば、幸村くんがクッキーを手にしている。

「……これ、倉橋さんが作ったのかい?」

「うん、一応甘さ控えめにはしてるけど」

「……っ、美味しい…」

「本当? 良かった…」

彩香はその言葉にホッとして、両手を合わせた。

「そうだ、幸村くん。皆さんの分もあるんだけ「精市」…柳くん」

「……蓮二、どうかしたのかい?」

言葉を遮られ、振り向けばそこには柳くんの姿があった。

「すまない、話の途中だったみたいだな」

「そうだ「大丈夫だよ、柳くん」……」

「…………本当にすまなかった、精市」

「それで何かあったのか?」

「あぁ、今日の部活の──」

二人の会話の邪魔をしてはいけないと思い、彩香はそこから移動した。紙袋を持ったまま。

「どしたの? 彩香」

「楓ちゃん。紫ちゃんって何組なの?」

「紫? 隣のクラス、B組だよ。あ、クッキー?」

「うん」

頷いくと「私も行く」と行って楓ちゃんは付き合ってくれた。
その様子を幸村が見てるとは気づかずに。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


精市の視線を辿れば、教室を出ていく倉橋と沢渡の姿。
気を遣ってこの場から離れたようだ。

「……せっかく話していた所を邪魔してしまったな」

そう口にすれば、こちらを向いて微笑した。男とは思えない程の容貌を持つが、今は怖いな。

「本当だよ、全く」

ズバズバ結構言う男だ。
しかし、病院で会ったという経緯は聞いていたが、精市が倉橋に惚れるとは思わなかった。
手塚の従妹だけあり、顔立ちも悪くはない(寧ろ綺麗な部類だと思う)。成績もなかなかだし、料理も上手く、評判はかなりいい。

「倉橋は鈍い。しかも貞治が言うには青学の時、告白されそうだがされない数は果てしないと言っていた」

「告白されそうだがされない?」

「手塚がいつも傍にいるらしく、あの手塚が基準であれば適わないという輩が多かったらしい」

「……なるほど」

そう頷く精市を眺めながら、柳は乾の言葉を思い出していた。

『倉橋が男の集団を苦手とする理由?』

『あぁ、前に手塚も言っていたのでな』

『うーん、どうだろうな。倉橋に近寄る男、まして男の集団は青学では見ない光景だな。倉橋の傍にはいつも手塚がいてね、仲の良い恋人同士にしか見えないから、倉橋に片思いしても告白する前に玉砕が多かったな』

『そうか』


青学ではそうであっても、立海では手塚はいない。だからこそ倉橋は今モテている、本人の気づかないところで。
しかも精市までも、ときた。
面倒なことにならなければいいが……柳はそう思うしかなかった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


彩香に付き合って、B組へ行くと紫と仁王、丸井それにジャッカルと柳生もいた。

「紫ちゃん」

彩香がドアから声を掛けると紫はこちらを向いて嬉しそうにした。

「彩香、楓! おはよう」

「紫ちゃん、これ…」

ガサガサと紙袋から取り出したのは私も幸村も貰ったクッキー。
「先日のお詫び」と言って渡したクッキーにすぐに反応したのは丸井。

「うぉっ! なんだよ、このクッキー」

「あ…先日のお礼なんです。せっかくのお祭りなのにすみませんでした」

「いや、気にすんなって。倉橋」

「ご無事でなりよりでした」

「……プリッ」

色々雑談をしていると、幸村と柳がやって来た。

「あ、柳くん。これお礼です、良かったら」

「あぁ、ありがとう」

「いえ」

楓はその様子を眺めながら、なんだか彩香が柳に懐いているように感じた。
その後、残りのクッキー……真田と赤也の分は柳生と紫が頼まれていた。
自身で渡すと言った彩香だったが、幸村が気にしなくていいよ。とことなげに言い切っていた。

((……あまり会わせたくないんだな…))

楓と柳が密かに同じ事を考えていたなんて、互いに思いもしないことだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


放課後の部活は海原祭の準備に入るというのを蓮二と相談した後、仁王たちに話に行くというのでついて行けば、丸井にぶんぶんと手を握られている倉橋さんが目に入った。

「……大方、倉橋の作ったクッキーを気に入ったところだろう」

「ふふっ…きっとそうだね。あのクッキー美味しかったから……でもいつまで握ってるのかな…」

「(……早く離せ、丸井)」

近づくと最初に気付いたのはジャッカルと柳生だった。がジャッカルがやや呆れ、楓と柳生は苦笑している。
紫も笑いつつ、仁王も苦笑していた。

「丸田ってなんだよ! 俺は丸井ブン太だっつーの!」

「ご、ごめんなさい!」

「ちゃんと覚えろよな!」

話を聞けば、倉橋さんのいつもの名前間違いらしい。
丸井を丸田、仁王を仁志だなんて、本当に面白いな。
まぁ、俺も木村くんとか言われちゃったけどね。

「すみませんでした、丸井くん、仁王くん」

「気にせんでよか」

「あ、俺はブン太でいいぜぃ!」

「そ、それは……ダメです」

意外な拒否にやや驚いた。
だが楓が「彩香が名前で呼ぶ男は特別な人だけなんだから、ブン太じゃダメなのよ」と言っていた。

(……特別な、人…か…)

いつか、名前で呼ばれたいなんて思った。
その後、真田や赤也にもクッキーを手渡しに行くとか言う倉橋さんを止めた。
わざわざ他の男に会いに行かせなくても、届けてくれるヤツがいるしね。
理由を色々つければ、「ありがとう」とお礼を言われた。
うん、そんな笑顔を向けてクッキーなんて渡したら、真田はともかく赤也が何するか分からないからね。
予防は早めにね。



To be Continued



あとがき

おかしい。ヒロイン視点が書けなくなってきた…。
とりあえず、2学期始まりました。


2009/09/26


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