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テニスの王子様

テニス部での出し物は、模擬店と演劇。模擬店の方はなかなかいい売り上げを出している。
そして、演劇がもうすぐ開始となるのだが、未だに紫の機嫌がよくならない。

「あー、もう! 気分乗らない!」

ぷくっと頬を膨らませ、精市に睨む紫の様子に、俺は傍にいた仁王に訊ねた。

「何があったんだ?」

「ちょっとな。紫お気に入りの倉橋さんがデートするらしくて怒っとるんよ」

「倉橋が? 誰とだ?」

「あちらを見れば分かるじゃろ」

クイッと顎で差した方向にはニコニコと笑みを絶やさない精市の姿。
なるほど、機嫌がいいのはそういう事か。あの格好をしていても普通なのには驚いたが、まぁ無事に演劇が終わるのであればそれでいい。
そして、紫のだろうメール着信音がなったかと思えば、一気に彼女も浮上したのだ。

「……っギャー! 今すぐ抱きしめに行きたいっ!! 楓、グッジョブ!!」

「ど、どうしたんじゃ、紫」

「雅治、見なさいよ! この犯罪的に可愛い姿を!! 劇なんてやってる場合じゃないわ…」

ガッと見せるように写し出されているのは、どういう経緯なのかは分からないが、倉橋がうさぎの耳を着けている写メだ。
大方、沢渡に着けさせられたんだろうが。

「こんな彩香を見たら、みんな狼になっちゃうわーっ!」

「……ほぅ、確かに可愛いのぅ」

そんな仁王に『浮気はダメ!』という紫、とりあえず劇を始めてもいいだろうか。
精市が気になれば、勝手に紫の携帯から自分の携帯にその写メを赤外線で送っている。
ふむ、貞治に頼んで青学時代の倉橋の写真を手に入れてみてもいいかもしれん。
俺はそんなことを考えながら、ノートに今あったことをサラサラと書き留めた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


なんだか、不思議な夢を見た気分だった。とても幸せな感じで、彩香は頬に手を当てた。

(誰かに、触れられたような…)

優しく、包み込むように触れられた感触は夢だったのだろうか…。
だからといって、それが夢か現つかは分からず、頻りに頬に擦ってしまっていた。

「……倉橋さん?」

「えっ、な、なに!?」

「どうかした?」

「う、ううん! なんでもないよ、不二くん」

いつの間にか顔を覗き込まれていて、彩香はあわあわと慌ててしまっていた。
その様子に不二はクスッと笑い、彩香は顔を赤くした。

「ごめん、急に慌てるから…」

「ううん、気にしないで」

「でも本当に大丈夫? 歯でも痛いの?」

「ううん! こ、これは…別になんでもないから…」

「……そう…」

まさか、あの不思議な感覚を言えるはずもなく、彩香は手を振りながら答えた。

「国光と楓ちゃん、遅いね」

「そうだね、混んでるのかな」

「中学エリアにも結構人が来るもんなんだね、高校と大学も一緒だからそっちに行く人が多いと思ったのに」

「そうだね(……多分、テニス部の影響が多いかもしれないな)」

「そういえば、もうすぐテニス部の演劇の時間だけど、見にいかない?」

パンフレットをちらりと眺め、不二に提案すれば、少し間を開けて了承を得た。
とりあえず、飲み物を買いに行った二人を待つ間、色々な話をしていたら、二人が戻って来た。

「遅くなってごめんね〜」

「ううん、どうかしたの?」

「途中で乾に会ってな」

「乾くん?」

「乾も来てたんだ。あ、もしかして柳に会いに来たのかな?」

「そのようだ。これからテニス部の演劇を見に行くといっていた」

「もう時間だったんだね。見に行こう、彩香」

「うん、もちろん」

飲み物を片手にテニス部が演劇をする会場へと向かった。
演目は白雪姫。幸村くんは何の役なんだろう?
少し楽しみと思いつつ、先ほどの事を思い出して、少し顔が熱くなる。
まさか、抱きしめられるなんて思ってもみなかったから……男の人に抱きしめられるなんて、初めてだ(パパや国光は除くけど)。
恥ずかしい気もするけど、舞台からは見えないだろうからいっか。
そんな風に考えながら歩いていたら、ちょうど劇が始まるところだった。
舞台に現れた紫ちゃんは美人だったけど、まさか幸村くんが白雪姫だなんて思わなかった。
かなり綺麗で驚いたのは無理なかったけどね。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


幸村の姿を見て少し頬を赤らめる倉橋さんの姿に、なんで彼女は立海生なんだろうか。と小さくため息をついた。
1年前はまだ青学の制服を着ていたというのに……彼女の制服姿が思い出せなくなるのが悔しかった。
こんなことなら早く気付くべきだったのかもしれない。でもあの頃の君は、いつも手塚の傍にいた。
手塚が傍にいる限り、彼女は誰のモノにはならなかった。
手塚という男の存在は、ただ傍にいるだけで牽制になっていたし、なにより手塚は倉橋さんに向ける想いが恋情でないことを知っていたから安心していた。
少しずつでいいから近付けていけたら、と思っていたのに……。

不二はぐっと拳を握ると、隣にいる彩香に声をかけた。

「倉橋さん、ちょっといいかな……」

「不二くん?」

「……あとで話があるんだ」

「うん…?…分かった」

小首を傾げながら、見つめてくる眸にドキドキしながら、今はとりあえず舞台を見た。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


舞台から倉橋さんの姿を見つけて、見に来てくれたんだと思いながらも(こんな格好見られたくなかったな)と少し苦笑した。
クジで決めたとはいえ、白雪姫はないだろう。まぁ、紫が白雪姫よりは似合うだろうけど。
紫は女王様、うん。ピッタリの役だよ、王子役が柳生なのはまだいいかな、これが真田だったら……投げ飛ばすね。

舞台が終わりに近づくにつれ、ベッドの上で横になるだけで暇だったから、ちらりと横目で観客を見た。
一番に目に入るのは倉橋さん。だが、横にいる不二になにか耳打ちされて頷いている。

──ザワリ。

なんなんだろう、なんだか胸が騒めいた。
さっきのこともある、不二は要注意人物だ……もしかしたら手塚よりも…。
そんなことを考えながら、劇をこなし、幕が降りた。

「やっほー、お疲れ〜」

「楓〜、素敵な写メありがとねー!」

着替えていると、楓が手塚と不二を連れてやって来た。……倉橋さんはどうしたんだろう。
手塚や不二は真田と仁王たちと話している。
楓は紫とあのうさ耳倉橋さんのことで盛り上がっている。確かにアレは破壊力がありすぎたよ。
そんなことを考えていると、ドアが開いた、そこにはおずおずといった風に入ってくる倉橋さんの姿。

「あれ、倉橋先輩どうしたんスか?」

「あ、切原くん。これ差し入れ」

「えっ、マジっスか? ありがとうございまっス!」

がさがさとビニール袋を差出し、微笑する彼女をみていると、こちらまで微笑してしまう。
ジッと見ていたせいか、こちらに気付くと笑ってこちらに来てくれた。

「幸村くん」

「やぁ、差し入れしてくれてありがとう」

「ううん。それよりも舞台見たよ。とても綺麗だった」

「……フフ、ありがとう。でも少し複雑かな…」

「え、あ……ごめんなさい。男の人に綺麗はないか……でも似合ってるよ」

私も幸村くんみたいに綺麗だったらなぁ…そんなことを呟くけど、君は充分綺麗で可愛いよ。
むしろ、この衣装を着せたいくらいだ。そしたら俺は柳生の衣装をぶん取るけどね。

「彩香ーっ!」

会話をしていると邪魔が入った……。フフ…紫、いい度胸だね。

「紫ちゃん! 紫ちゃん綺麗だったよー」

「女王役ってのがあまり気に入らないけどね」

「フフ、紫には白雪姫の衣装は似合わないだろう」

「うるさいわね! どうせこういうのは似合わないわよ! こういうの似合うのは彩香みたいな……」

いきなり紫は黙ると、倉橋さんをガン見していた。「紫ちゃん?」疑問をもちながら小首を傾げる姿に、紫がガシッと肩に手を置いた。

「……彩香、お願いっ! 白雪姫の衣装着てみて!」

「へ?」

「絶対、ぜーったい、幸村より彩香の方が似合うと思うの! それで彩香と写真撮りたい!!」

そんなことを言いだすなんて……紫にしてはナイスだよ!
そこに楓たちもやって来て、なんだかんだと倉橋さんは白雪姫の衣装を着るハメになっていた。
うん、可愛すぎる!
手塚と何か話しているのが目に入り、嬉しそうにはにかむ姿にドキリとした。
それを見た手塚は彼女の頭を撫でると、倉橋さんは一層嬉しそうに笑っていた。

本当にただの従兄妹なんだよな、あの二人。

幸村と、違う場所で不二は同じ思いを抱きながら二人を見ていた。
邪魔をすることが出来ないような二人の雰囲気に。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


彩香の学校──立海の文化祭に来て、彩香の生活が垣間見れてよかったと思う。
一番は沢渡という友人が出来たことがなにより良かったと、感謝しているくらいだ。
沢渡が真田と幼なじみというのもあってか、テニス部とも知り合いになれたようだ。

青学にいた時より学校生活を楽しんでいるような姿を見れて、ホッとしてしまう。
彩香とは従兄妹同士で、家も近所だったせいで、幼い頃から何をするのも一緒で傍にいるのが当たり前だった。
俺は彩香を好きだし、彩香も俺を好きだった。それは家族愛に過ぎないが。
だが周りはそれを許さないのか、彩香は学校で孤立していく。俺と一緒にいることのせいなのは、後々判明した。
そして、彩香は中1の時、またしても俺が原因で男が苦手になってしまった。
俺や家族以外に怯える姿に守らなければならないと思った。
俺の傍にいることにより、テニス部の奴らには徐々に慣れていったが、怖い経験で数人の男たちを怖がっている。
それでも大和先輩に片思いをしていたが、先輩には彼女がいた。
『……知ってたんだ…』と困ったように笑いながら泣く彩香を俺は抱き締めるしか出来なかった。
いつか、お前を守る男が現れるまでは全力で守ろうと誓ったのは中1の夏。
もう2年が経つ……そろそろ現れるだろう。
彩香は蕾が花開くように綺麗になっていく。本人は気付いていないが、かなりモテていた。青学では俺がいるせいか向かって来るヤツはいなかった。
俺がいるからと、立ち向かうことをしないヤツなど話にはならない。そう易々と可愛い『妹』を渡す訳にはいかないからな。

手塚は白雪姫の衣装を着せられて苦笑している彩香を見た。

「似合っているぞ」

「ありがとう」

ポンと頭に手を乗せ撫でれば、くすぐったそうに笑う彩香。
それに対して、ジッと送られてくるふたつの視線。

(……お前らの本気、見せてもらうぞ)

中途半端な想いで彩香を手に出来ると思うなよ、不二、幸村。



To be Continued


あとがき

ごちゃごちゃした話で申し訳ないです。
次で学祭編終わり…かな?
不二の話は次回!


2009/10/26


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