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テニスの王子様

一般客が帰り、後夜祭が始まった。中、高、大と合同文化祭とはいえ後夜祭は各部ごとだ。
グランドにはパチパチとキャンプファイアが焚かれ、後夜祭はイベントで盛り上がっているのを彩香は屋上のフェンスに寄りかかり眺めていた。
初めての海原祭、だがなんだか頭の中がいっぱいすぎて静かになれる場所に来ていた。
そっと指先で頬を撫でると、同時に電話の事を思い出すとカアァァっと顔が熱くなる。
不二が助けてくれた事には感謝している、でも──

(……まさかの告白…)

はぁ…とため息をついてフェンスから離れると屋上に設置されている庭園へと足を向けた。
転校してきてから、ここはお気に入りの場所で、季節の花が植えられているのを見ては和んでいた。

「……大事に育てられているんだね…」

少し寂しげだが、可愛らしい花にチョンと触れ、彩香は微笑んだ。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


少し、というか気分が乗らなくて俺は屋上庭園へと向かった。
女の子たちは一緒に踊って下さいと言って来たが、流石に1人に承諾したら次々来そうで嫌だから真田に任せた。
それに、夕方の事もあるしね。
倉橋さんと不二の様子を思い出し、思わず壁を叩いた。

(一体、何があったんだろう…)

しかも後夜祭始まってすぐに倉橋さんの姿見えなくなるし……。だから驚いた……屋上庭園に彼女がいたことに。

「……幸村くん…」

「参加、しないのかい?」

少し驚いた顔に、会えたことにさっきまでのイライラが消えていくように、俺は笑っていた。
誰にも邪魔はさせない、この2人だけの時間を。

「ちょ、ちょっと疲れちゃって…幸村くんこそ、いいの?」

そういって彼女はフェンスの方を向いた。
どんな声を出しているのか遠くから「幸村くんどこぉぉぉ!?」という声が聞こえてくる。──勘弁して欲しい。

「疲れてない? すごい人気なんだね、幸村くん」

「そんなことないよ」

「そうかな? 幸村くんて格好いいと思うけど。テニスしてる姿とか見て、本気でテニスが好きなんだなって思うし、引退だっていうのに練習もきちんとこなしてる……一生懸命なところとかすごく格好いいよ」

「……あ、ありがとう…」

まさかそんな言葉を言われるなんて思わなかった。
俺の表面的なことじゃなく、テニスをしてる姿勢のことを言われるなんて。
そんな風に見てくれて「格好いい」と言われるのが嬉しくてたまらない。

「ふふっ、どういたしまして」

そう言って顔を綻ばせながら、彼女はフェンスに寄りかかり、下を見つめている。
相変わらず、女子がテニス部員を追いかけ回している。俺じゃなくても構わない連中だ。

「……楽しそう…」

ボソリと呟いた科白に俺は戸惑ってしまった。

「え、」

「女の子たち、好きな人と踊りたいだな〜って思って」

好きな人?いや彼女たちはテニス部レギュラーと踊りたいだけなんだよ、と言いたいが倉橋さんが微笑んでるのを見て、言うのは止めた。
そして──またしても驚いた。

「幸村くんは……好きな人いる?」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


グランドのキャンプファイアの回りでは、それぞれダンスをしている。
カップルがほとんどで、紫ちゃんと仁王くんの姿も見える。
なんだか幸せそうに踊る姿が微笑ましい。
好きな人……それを考えたら、さっきの不二くんの言葉が甦る。

どうして、私、なんだろうか?

ふと目の前にいる幸村くんに聞いてみると、一瞬驚いていた。

「……気になる人、ならいるかな」

「そうなんだ……」

「倉橋さんは? 好きな人いるのかい?」

その言葉にトクンと胸が鳴ったのは聞かれると思わなかったから、だと思う。

「……いない、と思う」

「……」

「ずっと前はいたんだけど……告白する前に失恋しちゃったから」

肩をすくめて苦笑いするしかなかった。
そうだ、大和先輩に恋をしたが先輩には里香子先輩がいて、あまりにもお似合いで泣いて終わった初恋。今となっては懐かしい想い。

「そう、なんだ……」

「あ、でももう吹っ切れてるから大丈夫だよ」

「……そう…」

「うん…」

なんとなく沈黙が屋上に広がる。
グランドではいつの間にか曲が変わっていた。

「幸村くん」

「なんだい」

「まだ、お礼ちゃんと言ってなかったね」

「え?」

「昼間のクラスでのイベント……私が嫌がっていたから参加してくれたんだよね? ありがとうございました」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


以前、好きな人がいたという言葉に一瞬、目の前が真っ暗になった。だけど失恋したと聞いて、悲しくなると同時に喜んだ。
悲しくなったのは倉橋さんが切なそうな顔をしたから。
一体、誰だ。倉橋さんを振るようなヤツは。フフ、許せないな。
まさか、手塚? いや、そうしたら一緒にいるはずがない。
不二? いやこれも違う。
告白する前に失恋、というからには相手には彼女がいたかなんかだ。
まぁ、倉橋さんには悪いけど付き合うとかなくてよかったよ。
そんなことを考えていると、お礼を言われた。ペコリと頭を下げる彼女に慌ててしまう。
違う──そりゃ、倉橋さんが嫌がっていたのは知っていたけど、俺はあわよくば倉橋さんを捕まえて──デートしたかった。
君と一緒にいたかったんだ。

「……いつにしようか?」

「え?」

胸のポケットから委員長に渡された1日デート券の遊園地のペアフリーパスポートを出した。

「期限は来月末までみたいだ」

「あの……行くの?」

「え」

倉橋さんは驚いた顔をしている。『行くの?』って俺とはデートしたくないってことなんだろうか。
少し、いやかなり胸が苦しくなる。
顔が歪んだのが分かった。それに気づいたのか、彼女は慌てたように手を振った。

「ち、違くて! 幸村くん、迷惑でしょう!?」

「どうして?」

「どうして、って、さっき気「これは倉橋さんとの1日デート券だよ? 君と行かないで誰と行くんだい?」……」

尚を言おうとする彼女の口唇に人差し指を押し当てて、遮った。
君と行きたいから、誰かと行かせたくないから俺は君を探したんだ。

「……私、なんかでいいの?」

上目遣いで訊いてくる姿に眩暈がしそうになる。
なんて可愛いんだろうか、ヤバい……。抱きしめてしまいたい衝動を抑えて、見つめてくる彼女に答えた。

「倉橋さんと出掛けたいんだ」

そう、君じゃないとダメなんだ。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


幸村くんの言葉に顔が熱くなるのを感じる。
そんな言われ慣れてない台詞、免疫なんてないのに。
ただでさえライトアップされた屋上で、そんな台詞は恥ずかしすぎると思う。
本当に私と一緒でいいんだろうか?
つい先ほど、あの口から『気になる人がいる』と言ったのに。
でも1日デート券の遊園地は行ってみたかった場所。
差し出されたチケットを受け取り、キュッと胸に抱きしめて笑った。

「ここ、いってみたかったの。ありがとう」

「……倉橋さん」

笑っていると、そっと幸村くんの手が頬に触れた。

「ゆき、むら、くん……?」

「お「幸村はいるかっ!?」…………真田?」

バーン!という音と共に屋上の出入口の扉が開いた。
そこにいたのは黒帽子を被った真田くん。なんだけど、顔を真っ赤にしたと思えば、今度は青くなっている。

「ど、どうかしたの? 真田くん? 顔色が…」

そういって近づけば、冷や汗をだらだらと流している。
具合でも悪いのかな?とハンカチを出して手を伸ばせば

「ちちち近寄るな! 倉橋っ!!」

「えっ、あ、ごめんなさい…」

激しく拒否されてしまいました。
やはり嫌われているんだろうか?
ショボンとしていると、肩をポンと叩かれた。

「大丈夫、真田が何を言っても気にしなくていいんだよ。倉橋さんは何も悪いことはしていないんだから──ね、真田?」

「ももも勿論だ! べ、別に倉橋が悪い訳ではないっ!」

「で、でも…」

「気にするな!」

「は、はい…」

「(ゆゆゆ幸村が睨んでいる…)」

「(…邪魔した挙句、倉橋さんを恐がらせるなんていい度胸だね、真田)」

真田くんは一般投票などの結果発表があるらしく、幸村くんを探していたらしい。
聞けば楓ちゃんも探していたと聞いて、彩香は二人に手を振って屋上を後にした。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


せっかくいい雰囲気だったのに……。
幸村はそう思いながら手を振って、彩香が屋上から出て行くのを見送った。

「ゆ、幸村……す、すまん」

「……本当だよ、真田のくせに」

屋上から紐無しバンジージャンプでもしてもらいたいくらいだよ。
はぁ、とため息をついていると相変わらず暑苦しい動きをする真田に目を向けた。

「す、すまなかった。幸村……そ、それでなんだが……詫びという訳ではないが思い出したことがあってな」

真田の手には一枚の写真があった。

「なんだい、それ?」

すかさず奪えば、小さな子供三人が写っている。
真ん中に女の子と両端に男の子、一人は真田だとして……これ、手塚? じゃあ、真ん中って……。

「……なんでお前がこんな写真を持っているんだ?」

「い、いや今日祖父が来ていて、楓のところに行った際倉橋を見て、思い出したとかで写真を渡されたのだ」

つまり小さな頃に会ったことがあるんだな、お前は。
裏を返せば、【手塚孫、西條孫、弦一郎、三歳】と書いてある。どういう書き方だ。
西條は確か、倉橋さんのお祖母さんの姓だと言っていたから、やはりこれは倉橋さん。やや手塚寄りなのは真田が初対面だからなんだろうか?
正月なんだろうか、可愛らしい着物をきている。
いや着物だけでなく、このちっちゃな倉橋さんが可愛くてたまらない。
プニプニの頬っぺに屈託のない、まさに天使の笑顔!

「……まぁ、今回はグランド200周で許してあげるよ、真田」

「に、2ひゃ………………う、うむ。分かった…」

そうして二人も屋上を後にしたのだった。
幸村は1日デート権を口実に彩香の携帯番号とメアドをゲットしたのだった。






To be Continued



あとがき

文化祭篇終了〜。
次はデートか、学校生活か、合宿ネタも使いたいですが…思案中。
ご意見、感想ありましたらよろしくお願いします。


2009/11/08


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