38

テニスの王子様

あの日から彼女に避けられている。
1人になったのを見つけて話し掛けようと思えば、彼女は常に臨マネの1人――沢渡さんか手塚といる。その2人がいなくなるのを待てば、今度は切原さんか他の臨マネ、または立海の三年と一緒にいる。
なかなかガードが固すぎて、協力すると言った佐藤さんを見れば、困った様な顔をしていた。──役に立たないな、全く。
二日過ぎ、明後日で合宿が終わりという状態になっていた。
だが、今日こそ話せるチャンスがあるだろう、マネージャーは二人一組で各校を回っている。午後の青学担当は倉橋さんたちだ。

桃と試合をしていると、手塚が号令をかけた。

「10分、休憩!」

試合もちょうどキリがいいところで終わり、桃が「うがー、負けた〜」と騒いでいたけど、僕に勝つのはまだ早いよ。
ベンチを見れば、ドリンクとタオルに群がる1、2年生、そして、ドリンクを渡している倉橋さんの姿があった。

「ドリンク貰えるかな、倉橋さん」

近づき、声を掛けるとビクッと反応した肩。

「……ぁ、は、はい」

スッと寄越されたドリンクを受け取ると同時に、グッと細い手首を掴んだ。

「…っ!」

それにびくつかせ、手を引こうとする彼女に訴えた。

「逃げないで」

そう逃げないで欲しい……好きな子に避けられるのはキツいんだ。

「………不二、くん…」

「お願いだから…」

「……」

倉橋さんは戸惑っているように……というか完全に戸惑っているのが分かる。あちこちに眸を泳がせている。
話そうとしたその時、声が掛けられた。

「彩香、こっちへ来てくれ」

見れば、手塚がこちらを見ている。少し怒っている眼差しはきっと倉橋さんを困らせているからだろう。

「あっ、うん! ごめん、不二くん!」

そう言って手を払われた。その時の顔が泣きそうで、本当は引き留めたかったけど、そんな表情をさせているのは僕なんだと思うと、少し伸ばした手を下に下ろした。

(なんで……こうなったんだ…)

手塚の傍に行き、何か話す姿は先ほどと違って安心しきっている。
そして、こちらをチラリと見て目が合うと逸らされてしまった。

「……嫌われ、ちゃった…」

口にしたら、その重みがズンと心に押し掛かる。
それでもまだ君を思うと僕の胸は苦しくなるんだ、切ない程に。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


思わず手を払ってしまい、酷い態度を取ってしまった。
申し訳ない思いでチラリと不二くんを見れば、哀しげな表情をしてこちらを見ていた。
ハッとして目を逸らして、胸を押さえた。

 胸が痛い──……。

あんな表情をさせてしまっているのは、他でもない自分で、不二くんは私を……す、好きだと言ってくれたけど、私にとっては彼は友人に過ぎない。

何故、なんだろう。

決して、不二くんが嫌いという訳でもなく、むしろ好きだと思う。でもその『好き』と不二くんが向けてくる『好き』とは違うと分かってしまう。

 同情は優しさなんかではない

ふと、そんな言葉を思い出した。
それを言ったのは国光だったのを思い出し、顔を上げると視線に気付いたのか顔を向けてきた。

「どうかしたのか?」

「……あ、後は洗濯する物ないかな?」

「いや、大丈夫だ。また後で頼む」

国光はそう言って頭を撫でると「休憩、終了!」と号令をかけ、指示を出していた。

「彩香〜、そっち終わった?」

タオルを集めていた楓に彩香は空になったドリンクボトルを籠にしまいながら、「うん」と答えたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


作業場に戻り、洗濯機にタオル等を放り込んでスイッチを押した。
持ってきた空のボトルを洗っていると、紫が楓に少し手伝ってと連れていくのを見送ってから、彩香は黙々とボトルを洗っていたのだった。
あと少しで終わろうとした時、声を掛けられた。

「……倉橋先輩」

「え、あ、佐藤さん……」

振り向けば、そこにはボトルを籠に入れ持っている佐藤 佳代の姿があった。

「あ、ボトル洗うの? 良かったら手伝うよ」

「……じゃあ、お願いします」

「橘さんは?」

佐藤さんとペアの橘 杏ちゃんの姿が見当たらず、キョロキョロしていると、四天宝寺と不動峰のタオルを回収しに行っているらしい。
とりあえず、水場で2人並んでボトルを洗うことにした。
ジャバジャバと水音を聞きながら、手元を動かしていると「……倉橋先輩」と声を掛けられた。

「どうかした、佐藤さん?」

「先輩、先輩は……不二先輩のことどう思っているんですか?」

その質問にドキンっと胸が鳴る。
そういえば佐藤さんは不二くんが好きだと言っていたんだった。
なんとなく後ろめたい気持ちになるのは、不二くんに告白されたからだろうか。

「……ど、どうって……友達だけど……」

「っ、だ、だったら!……だったらいい加減にはっきり返事して下さい! 不二先輩が可哀相です!」

キッと睨んでくる視線に思わず一歩後退りした。

「いつまでも返事しないで、避けたり、手塚先輩と仲良いのを見せ付けたり、ズルいです! 不二先輩を可哀相です!」

「っ、……私、そんなつもりは…」

「……先輩って、ズルい」

ぐっ、と下唇を噛み、泣きそうになるのを耐える佳代の姿に彩香は胸を痛めた。
彼女はそこから走って行ってしまった。ガコ、カコン、と空のボトルが落ちたのを彩香はしゃがんで拾った。
不意に、在りし日の事を思い出しす。

──彩香ちゃんばっかり、ズルい

過った言葉に胸が痛くなる。
どうして……そんな風に言われてしまうんだろうか……。彩香はそう思いながらボトルを掻き集め、また洗い始めた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ズルい、ズルい、ズルい!
佳代は走ってコートまでやって来ると練習をしている不二を見つめた。
ずっと、ずっと好きだった不二先輩。
入学したての頃、友達もまだいなくて、校章を落として困惑していたら一緒に探してくた優しさに胸が鷲掴みされた。
綺麗な顔立ちに優しそうな雰囲気、まさに王子様という感じにドキドキした。
名前は知らなかったけど、分かったのは初夏。友達がテニス部の手塚先輩に惚れていて一緒にテニスコートへ行った時。
友達は手塚先輩〜!と声をあげている傍ら、私はただただ不二先輩を見つめていた。
男子テニス部はモテる。非公式でファンクラブもあって、その中でも有名だったのは倉橋先輩。
ファンクラブの間で、男子テニス部に近づくのは暗黙のルールで、ダメだった。でもテニス部に差し入れをする倉橋先輩を見て不思議に思った。
不二先輩とも楽しげに笑っているのが気になって、友達に聞いたら

『倉橋先輩は手塚先輩の彼女なんだって』

その言葉に友達にいいの?と聞けば『お似合いだし、倉橋先輩には適わないよ。私は見てるだけで満足だもん』それを聞いて複雑な気持ちになったけど、良かったと思った。
手塚先輩の彼女なら、不二先輩と話していても不思議はなかった。
だって倉橋先輩以外に不二先輩の周りにはあまり仲がいい女の人がいなかったから。手塚先輩の彼女だから大丈夫。だと思ってた。
彼女じゃないって知るまでは。

桃に頼んで、今回の合宿の臨時マネージャーにしてもらったのは不二先輩と仲良くなりたいと思ったから。桃に教えられた時間に集合場所へ行けば誰もいなくて、電話をすればもう出発したと聞いて焦って、急いで合流すれば、思いがけなかった。倉橋先輩がいるなんて。
しかも不二先輩がやって来て、その雰囲気に心が騒ついた。
だからお風呂で倉橋先輩に言った。不二先輩が好きだから、協力して欲しいと。
知っていたから、2人が非常階段で会うことを。聞いていたから。
先回りして隠れていれば不二先輩が倉橋先輩に告白するシーン。
無理矢理キスをして、拒絶された先輩に悔しくなった。そして、隠れているのが──バレた。
初めて見る不二先輩の睨む眸にドキッとした。いつも優しそうに微笑んでいるのとは全く違う。
綺麗な眸が私を真っ直ぐ見ている。顔が熱くなるのが分かった。
でもそれだけじゃ、不二先輩は私を視界には入れてくれない。なら、先輩の役に立てば、私を見てくれる?

「あ、あの……私でよかったら協力します!」

幸い、倉橋先輩は不二先輩と付き合う気はないみたいだし、なら協力するフリをして傍にいよう。
倉橋先輩には私の気持ちは伝えてあるし、私が傍にいるのを見れば協力しようとして不二先輩には近寄らないだろうから。

「ありがとう」

そう微笑んだ不二先輩と握手を交わした。初めて触れた先輩の手に私はドキドキするしかなかった。
でも傍にいればいるほど分かったのは、彩香にどんなに避けられていても、彼女を見つめる不二の姿。
彩香が笑っているのを見つめては、切なげな顔をしてるのに、でも愛おしいそうに見つめている。
傍にいる佳代には決して向けてはくれない眼差し。

だから、ズルいと思った。

すみません、先輩。
協力すると言ってもあなたの恋は応援出来ないのです。
だって、私はあなたが好きだから……。
佳代はフェンス越しに不二をただただ見つめていた。




To be Continued



あとがき

Act.38でございます。前に書いたヤツはこの後、Act.39になる予定です。
えーと……とりあえず、どう収集しようかと思ってます。
未だに伸ばし伸ばしの返事(苦笑)


2010/04/24


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