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テニスの王子様

合同合宿から数日経ったある日の放課後。
図書館の扉が開き、入って来た男子生徒は中にいる誰かを探した。
見つけたのは女生徒だったようで、テーブルの上に本を枕代わりのように置いて眠っていた。
彼はフッと微笑すると、彼女の元へ歩き、肩を揺らし声をかけた。

「起きろ、もう下校の時間だ」

「……ん、…あ、寝ちゃってた…?」

「まだ暑いとはいえ空調の当たる場所で寝ていたら、風邪をひく」

「ん、ごめんなさい…」

「いや、俺も待たせてしまったようだな。すまない」

「ううん、大丈夫だよ」

そういって彼女は枕代わりにしていた本をカバンへとしまい、二人はその場から離れていってしまった。
その姿はまるで恋人同士のようだった。
図書委員をしていた男子生徒はその光景を見て、なぜか真っ赤になっていたらしい。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


衣替えを終えた10月、とある噂が水面下にて囁かれていた。
男子テニス部3年の参謀である柳に恋人がいるという噂──。その相手が同じく3年の倉橋 彩香という噂。
主に噂は下級生より広まったのは目撃したのが図書委員の男子であったからだ。女子特有の凄まじい早さで広まることもなかったのは、男子の間で起きた噂だったからかもしれない。

その日、幸村はムッとした顔をして朝練に参加していた。
偶然とはいえ1年が噂をしているのを聞いたからだ。

『ゆ、幸村部長、どうしたんスか?』

『わっかんねぇよ、朝来たら既にああだったんだよ。ここは聞くしかないよな……ジャッカルが』

『俺かよっ!?』

『いいから行けよ! ジャッカル!』

部員たちがこそこそ話しているのも幸村は腹立たしかったのか、機嫌の悪さを問うてこようとする仲間を無言で見つめると、ジャッカルはズコズコ引き返していった。

『……こ、怖くて聞けねぇ…』

『怖ぇ…』

『お、俺……泣きそうっス…』

ジャッカル、丸井、赤也が泣きそうになっていると、風紀委員に属する2人が遅れてやって来た。
ちなみに仁王は幸村の機嫌の悪さに素早くマネージャーである紫の元へ逃げていた。

「遅れてすまなかった、幸村」

「…………」

「む、どうかしたのか? 幸村」

「朝からその暑苦しい顔を見せないでくれないかな、真田」

「なっ…」

「今日の朝練はこれまでとする。1年はネット片付けて。解散!」

そう宣言すると幸村は羽織ったジャージを翻し、さっさと着替え行ってしまった。
ガラリと教室のドアを開けるとすぐにクラスメイトの朝の挨拶をかわす。

「おはよう! 幸村くん」

「幸村くん、おはよう」

騒めく女子たちに「おはよう」と返しながら、自分の席からかなり離れた場所にいる彼女を見やった。
少し厚めの本を机に置き、読む姿は少し苛立っていた幸村の心を和ませた。
頬にかかる髪を耳にかけ、本が面白いのかほんの少し微笑した。

「おはよう、倉橋さん」

近寄って声を掛けると、顔を上げ微笑と共に口を開いてくれた。

「幸村くん、おは「おっはよ! 彩香、幸村!」」

ドンッ!という衝撃を食らい、後ろを見れば、楓が立っていた。
せっかくの倉橋さんとの時間を邪魔しないでくれないかな。

「……楓、人に挨拶するのに何故ぶつかってくるんだい?」

「あらあら、今日は一段と不機嫌だこと」

「答えになってないよ、楓」

「そんな弦一郎みたいに眉間に皺を寄せないでよ」

「真田となんかと一緒にしないでくれないか」

「ダメだ。今日の幸村、機嫌悪すぎ。彩香ー、幸村機嫌悪いから頼むの止めた方いいよー」

やれやれと手を挙げて首を振ると、楓は倉橋さんの方に向かって声を上げた。
見れば、倉橋さんは困ったように口元に左手をあて、こちらを見ていた。

「……え、あ、そう……」

「どうする? 弦一郎じゃ、なんか役に立たなそうだし……柳か柳生辺りに頼もうか?」

え、ちょっと待て。いきなり何の話だ?

「放課後、時間空いてるか聞いてみるよ」

「でも、やっぱり迷惑だろうし、私たちだけでもいいんじゃないかな?」

「んー、でもこういうのは男子に聞いてみるのもいいだろうし…」

「楓? 一体、何の話だい?」

2人がどんどん話を進めていくのに思わず、声をかけた。

「その、買い物に付き合って貰えたらな、って思ってて」

「買い物?」

「そう。今月、手塚くんの誕生日があるんでプレゼントを選ぼうかなって思ったの。で、来年ドイツに行ってしまうし、テニス用品がいいかなって思って、幸村に一緒に行ってもらおうと思ったんだけど…」

「けど?」

「機嫌悪いみたいだから、柳か柳生当たりに頼もうかって話よ」

蓮二に頼む? 蓮二は信頼する親友の一人でもある。
だけど今朝の話のせいか、今はその名を聞きたくないんだけど。
そんなことを思っていると、楓は誰かに呼ばれたらしく、この場から離れていった。

「あっ、と……俺は大丈夫だけど?」

「本当!?」

呟けば、パッと顔を輝かせてこちらを向いた倉橋さん。うわ、その顔反則。

「うん。俺で良かったら付き合うよ」

だって一緒買い物って事は、放課後デートみたいになるし。
例え、それが手塚の誕生日プレゼントを探すものだとしても。

「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいな……」

両手を合わせ、ニコニコと笑う彼女に“噂”の事を聞きたくなった。

「く『キーンコーンカーンコーン……』……」

噂話は好きではないが、聞こうとした時、予鈴が鳴ってしまった。
ガタガタと周りが騒がしくなり、「幸村くん?」と小首を傾げる彼女に、聞けなくなってしまった。

「……えと、じゃ、また後でね」

「え、あ……うん…」

小首を傾げたままの彼女に手を振って、離れた自分の席へと向かったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


朝、図書館で借りた本を読んでいると声を掛けられて顔を上げた。

「おはよう、倉橋さん」

近づいてくる幸村くんの姿にドキッとしながら、挨拶を返そうとしたら彼の背後に人影があった。

「幸村くん、おは「おっはよ! 彩香、幸村!」」

ドンッ!という音と共に楓ちゃんが幸村くんに体当たりをしている。

「……楓、人に挨拶するのに何故ぶつかってくるんだい?」

「あらあら、今日は一段と不機嫌だこと」

わざと自分からぶつかった楓ちゃんは悪気なんてなさそうで、ひらひらと手を振っている。

「答えになってないよ、楓」

「そんな弦一郎みたいに眉間に皺を寄せないでよ」

「真田となんかと一緒にしないでくれないか」

なんだか、ポンポンと言い合えて仲が良いなぁ…なんて思うとほんの少し胸が苦しくなった気がした。
だが、次の瞬間にはそれは忘れてしまった。

「ダメだ。今日の幸村、機嫌悪すぎ。彩香ー、幸村機嫌悪いから頼むの止めた方いいよー」

やれやれと手を挙げて首を振りながら、言ってくる楓ちゃんに、私は幸村くんを見上げた。
もうすぐ国光の誕生日があるから、たまには男の人の意見を聞こうと思ったけど、なんだか幸村くんは機嫌が悪いらしい。
少し残念だな、と思った。……一緒に行きたかったかも。

「……え、あ、そう……」

「どうする? 弦一郎じゃ、なんか役に立たなそうだし……柳か柳生辺りに頼もうか?」

楓ちゃんの提案に柳くんにはこれ以上迷惑をかけられなくて、困ってしまった。
楓ちゃんも事情は知ってるはずなのに……。

「放課後、時間空いてるか聞いてみるよ」

「でも、やっぱり迷惑だろうし、私たちだけでもいいんじゃないかな?」

「んー、でもこういうのは男子に聞いてみるのもいいだろうし…」

確かに男の人へのプレゼントの意見は男の人の意見が貴重になる。
まして、楓ちゃんは今回プレゼントの他に頑張ることがあるみたいだし……やっぱり、誰か一緒行って意見聞いたらいいかな……。
二人で会話をしていると、困ったような、不思議そうな顔をして幸村くんが聞いて来た。

「楓? 一体、何の話だい?」

私は少し申し訳ない気がしながら、幸村くんに説明をした。

「その、買い物に付き合って貰えたらな、って思ってて」

なんだか分からないけど、また胸がドキドキしてきた。

「買い物?」

「そう。今月、手塚くんの誕生日があるんでプレゼントを選ぼうかなって思ったの。で、来年ドイツに行ってしまうし、テニス用品がいいかなって思って、幸村に一緒に行ってもらおうと思ったんだけど…」

幸村くんの疑問に楓ちゃんはが答えていく。

「けど?」

「機嫌悪いみたいだから、柳か柳生当たりに頼もうかって話よ」

なんで機嫌が悪いのか分からないけど、そんな時にこちらの事情で振り回す訳にはいかない。
考えていたら、楓ちゃんは誰かに呼ばれて廊下へと行ってしまった。
見送っていると、幸村くんがこちらを見て言った。

「あっ、と……俺は大丈夫だけど?」

「本当!?」

なんだか嬉しくて、思わず声を上げてしまった。

「うん。俺で良かったら付き合うよ」

ニコッと笑って頷いてくれる幸村くんに、少し顔が熱くなる。

「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいな……」

お礼を言えば、何か言いたげな顔をしていたのに気づき、顔を見上げた。

「く『キーンコーンカーンコーン……』……」

口が開こうとしたと同時に予鈴のチャイムが鳴る。
ガタガタと周りが騒がしくなり、先ほど何を言おうとしたのか「幸村くん?」と訊ねたが彼は続きを言ってくれなかった。

「……えと、じゃ、また後でね」

「え、あ……うん…」

手を振って、自分の席へと歩いていく幸村くんの姿をただジッと見つめることしか出来なかった。

(……席、離れちゃったから、少し残念だな…)

そう思いながら、彩香は自分の椅子に腰を下ろしたのだった。

(……この間から、なんだかおかしいかも…)

「……秋だから、かな…」

トクトクと静かに打つ鼓動を胸に、彩香はポツリと呟いたのだった。





To be Continued


後書き

いきなり、話が変わってすいません。
彩香さんのプチ男性恐怖症は大分よくなってます。


2010/07/09


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