02

テニスの王子様

(桑原くん、桑原くんね!)

名前を復唱しながら彩香は図書室へと入って行った。

(今日は何を読もうかな……)

ズラリと並ぶ書棚を見上げながら、歩いていると見覚えのある本を見つけた。

「これって……確か…」

国光が読んでたっけ、と背伸びをし、本を開けば、英字だらけ。

「うっわ……こんなのよく読める……」

流石、国光……。と呟きながら、この2ヶ月、傍らにいない彼を思うと我ながら頑張ってるな〜なんて思う。

(いつも頼ってばかりだもんな、国光がいないんだから……ちゃんと人の名前と顔を覚えないとね!)

転入して2ヶ月に入ったというのに、きちんと名前を覚えられないなんて……つくづく自分の記憶力に悲しくなってしまう。

(なんで間違えちゃうのかな〜)

それでも勉強面では暗記物などはきちんと記憶しているのに……。

「……はぁ…」

ため息をついてから、よし!と引き締めると、本を戻そうと背伸びをした。

「さっ、きは……取れたのにぃ〜」

戻そうとするが下からではうまく入らなくて、爪先立ちもキツくなってくる。
しばらくの間、頑張っているとフルフルと震えてきた。
う〜…と唸っていると、フッという笑い声と共に背後から伸ばされた手がグイッと本を押し入れた。

「へっ?」

驚いて後ろを振り返れば、そこには背の高い、目を閉じている(…?)男子生徒がいた。

「驚かせてしまったか? すまない」

「い、いえっ……こちらこそすみません……ありがとうございます」

彩香がニコッと笑い、丁寧に頭を下げると、男は「……気にするな」と言って行ってしまった。

(なんだか、優しそうな人だったな……背も高いし、国光かと思ったな…)

クスッと微笑すると、彩香は(…名前聞けばよかったかな)と思いながら違う本を探しに行った。
彩香がその場から離れた後、先程の男がジッと彩香を見ていた。

(……あれが2月に転入してきた倉橋 彩香か……)

ちらり、と先程彩香が持っていた本を手に取ると、洋書を読むのか……データだな。と呟いてその本を戻し、図書室を後にした。

(確か、青学からの転入だったな……貞治にでも聞いてみるか…)

先程、自分を見る目は明らかに他の女子とは違ってみえた。
そう“柳 蓮二”という俺自身を見てくれたような気がした。
生徒会室へと向かいながら、ノートへと書き込んだ。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「好きです。付き合って下さい」

「…………はぃ?」

いきなりの言葉に彩香はそれしか言えなかった。

「転校して来た時から気になっていたんだ。可愛いし、花を生けてる姿はとても綺麗だと思って、もしよかったら付き合って欲しいんだ」

目の前にいるのは、同じ3年の……ほにゃにゃら君。すみません、名前が分からないです。

「……え、えと…気持ちは嬉しいのですが……私、あなたの事知らないし。その、付き合うとかってのは無理です。ごめんなさい」

ガバッと頭を下げれば、微かだけれどブツブツと言っている。

「……んだよ………だけ……だと思って……」

(──まずい)

本能的に何かが告げている。
この場にいては危ない予感がヒシヒシと伝わってくる。

「……あ、あの…私は、これで……」

逃げ、いやその場から立ち退こうとすれば、ガシッと腕を掴まれた。──ゾワリと悪寒がする。

「……お前は、俺の女になるんだよ!」

「……っひ…や、やめ…」

「るせぇっ! 黙って言うこと聞けっ!!」

「きゃっ……」

殴られそうになり、身を強張らせるが一向に痛みが訪れない。
恐々と眼を開けると、私を掴んでいた腕は誰かの手により捻り上げられていた。
思わず地面に座り込んでしまう。

「女子に手をあげるとは男の風上にもおけん、たるんどる!」

「さっ、真田!」

「………(誰?)」

横を見れば、背の高い帽子を被った男子がいた。呆然としていると、似たようなジャージを着た人たちの1人が声を上げた。

「倉橋っ!」

「く、桑原くんっ?」

「大丈夫か?」

「う、うん……」

グイッと腕を引っ張ってもらいながらも、心臓はバックンバックンと音を速めている。
さっきの人はというと、帽子を被った人の迫力に負けたのか走っていってしまった。

「あ、あの……ありがとうございました!」

早まる鼓動を押さえ、彩香は深々と頭を下げているとさっきまで離れた場所にいた後二人が近寄ってきた。

「怪我はないか?」

「大丈夫でしたか? 全く女性に手をあげるなんて信じられませんね」

「あいつは確か、D組の田代だな」

「あぁ、去年同じクラスだった奴だ。な、倉橋」

見上げるような方々に囲まれ、彩香はまたドクドクと心臓が速くなる。
はっきり言って――怖い。
彼らが、という訳ではなくこんな風に囲まれることが昔の嫌な記憶を呼び覚ます。
思わず、近くにいた桑原のジャージの裾を握った。

「倉橋?」

「く、桑原くん……彼らは?」

「ん、ああ。俺と同じ部のヤツラだ」

「そ、そう。……えっと、初めまして倉橋と言います。助けて下さってありがとうございました」

「気にするな」

「あ、あの今度お礼しますので……お名前を聞いてもよろしいですか?」

その言葉に思わず真田と柳生は顔には出さずだが驚いた。
自負していたとはいえ、自分たちを知らない人がいたとは。

「あ、えーとな、倉橋は2月に転校して来たんだよ。それで、なんつーか……」

桑原は苦笑いし、彩香は恥ずかしそうに俯いた。

「「人の顔と名前を覚えるのが苦手」とジャッカルが言う、違うか?」……当たりだ」

「ジャッカルでさえ、名前を覚えてもらえるのに3ヶ月近くかかっている。しかし、苦手なのは名前と顔の一致のみで暗記物などによる成績は悪くはない、違うか、倉橋」

「あ、あの……?」

「ふむ、やはり俺の事も覚えていないか。俺は柳 蓮二だ」

「は、はぁ……すみません。会ったことがあるのでしたら」

ペコペコと彩香は頭を下げるしかなかった。
見ていた真田ともう一人は顔を見合わせると自己紹介をした。

「私は柳生 比呂士と言います。倉橋さん、でしたか、以後お見知りおきを」

「真田 弦一郎だ。倉橋、人の名前と顔くらいすぐに覚えんか、たるんどるぞ!」

「……す、すみません…」

厳しく言われ、恐縮してしまう。

「弦一郎、そんなに強く言わなくてもいいと思うぞ。倉橋が怯えている」

「……む。すまなかったな」

「い、いえっ! その間違ってはいないですから……。すみません」

それでもシュンとしていると、足音が聞こえてきた。

「彩香ーっ!…って、なんでアンタらがいるのよ」

「楓ちゃん」

振り向けば、楓が手を振りながら走ってきた。

「沢渡か」

「ちょっと、なーに? よってたかって彩香を苛めてたんじゃないでしょうね?」

「誰がそんなことをするか、バカモノ」

「なによ、弦一郎のくせに」

「か、楓ちゃん! 違うの、さ、真田くん?たちは私を助けてくれただけだから…」

知り合いなのか、喧嘩腰な楓を彩香は止めた。

「D組の田代に迫られていたからな」

「田代ですって? だからアイツ、やけに彩香のこと聞きまくっていたのね! 大丈夫? 彩香」

ギュッと抱き締めてくる楓で、彩香は「平気」と微笑した。
その微笑を目の当たりにした見慣れていない真田、柳、柳生は驚いた。──なんて優しく笑うのだろう。

「あの、本当にありがとうございました。桑原くんもありがとうね」

「あぁ」

「ほら、部活遅れるよ。じゃーね」

楓は礼を言う彩香の腕を掴むと、真田たちに手を振って連れて行ってしまった。
後日、廊下で名前を間違えられながらもお礼のクッキーをもらった四人だったが、ジャッカルのは他の部員に食べられてしまったらしい。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「今日の試合、どうだった?」

『あぁ、優勝した』

「優勝!? 本当に? やった、おめでとう!!」

『次は関東大会だ』

「そっかぁ〜、もう関東大会なんだ。応援行けなくてごめんね」

ずっと部活とかおばあちゃんの世話で、いつも行っていた応援に行けずにいた。
気付けば、7月になろうとしていた。

『気にするな』

「む〜、あ、そういえばうちの学校も関東大会出るとか」

楓ちゃんや桑原くんがそんなこと言っていたような……なんて考えていると、電話の向こうでため息をつかれた。

『……彩香…』

「な、なに?」

『お前は相変わらずなんだな』

「なにが?」

『立海は全国常連校なんだぞ、関東大会は15年連続優勝だしな』

「えぇっ!? そうなのっ?……知らなかった…」

『…………』

驚いているとまたもや電話の向こうで大きなため息が聞こえた。

『お前は、そんな調子で学校は大丈夫なのか?』

「だ、大丈夫だよ!」

『……ならいいが。彩香、お前がいる立海には悪いが勝たせてもらうぞ』

電話の向こうではっきり言う国光に、彩香は苦笑する。
そりゃ今の彩香は立海大附属の生徒だが、ずっと国光が青学の全国制覇を夢見ていたのは知っている。
だから、本当は青学で応援をしていたかった。

「うん、分かってる。私はいつだって国光を応援しているよ……だから無理したりしないでね」

『あぁ、分かっている。お前も頑張れよ』

「ありがとう、またね」

『あぁ』

ピッと電話を切り、ベッドに仰向けになる。

(うちの男子テニス部って、そんなに強いんだ……知らなかったなー…)

楓ちゃんが男子テニス部はホストクラブのようにイケメンばっかりだ、と言っていたっけな……。
桑原くんたちもテニス部だっけ……確かに背も高いし、格好いいかもね。
そういえば……隣の席の、なんとか君ってのもテニス部だったっけ?
入院中とか聞いたけど、怪我とかなのかな?

「彩香ー、お風呂入ってしまいなさーい」

「はーい」

彩香は考えるのをやめて、身体を反転させると、着替えとパジャマを持ち、部屋を後にした。



To be Continued



あとがき

とりあえず、テニス部員少しと会わせてみました。


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