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テニスの王子様

「君が幸村くんだね。私は彩香の父の倉橋 雅人だ」

そう言ってにっこり笑ったのは倉橋さんのお父さんだ。

「幸村 精市といいます」

「よかった、前々から一度会ってみたかったんだ」

挨拶をすると、倉橋さんのお父さんは眼を細めて口を開いた。
会ってみたかった。と言われ、俺は少し驚いた。

「……え、は?」

「彩香を何度も助けてくれたと国光くんや柳くん、無論彩香本人からも聞いていてね。お礼を言いたかったんだが、仕事が忙しくてなかなかお礼に行けなかったんだよ。幸村くん、遅くなってしまったが、彩香を助けてくれて本当にありがとう。感謝しているよ」

ゆっくりと頭を下げられ、俺は思わず面食らってしまった。
だって倉橋さんのお父さんに頭を下げられてるんだよ。それに続いて、倉橋さんのお祖母さんとお母さんまで「ありがとうございます」って言ってきた。

「あ、あの、そんな頭を下げないで下さい。当たり前のことをしたまでですから…」

「当たり前であろうと、娘を助けてくれた人に感謝をするのは当然だろう。仕事柄、嫌な犯罪なども知っている分、心配でね」

弁護士をしていると聞いていたのを思い出したが、次に言われたことに驚いた。

「彩香はよくこういったことに巻き込まれたりしてね、ぼーっとしているからかもしれないが……。先月から近所で不審者も目撃されていて、無用心だからと柳くんが毎日一緒帰ってくれたりしてね。本当に助かっているよ」

「いえ、気にしないで下さい」

そんな話聞いてないぞ。と傍らの柳を見れば、いつものように頷いてみせている。

「柳くんとは同じテニス部だとか」

「精市は部長なんです」

「部長、……国光くんと同じだな。国光くんと面識はあるのかい?」

「はい。手塚、くんとは小学生の頃から何度か会ったことがあります」

「そうだった。国光くんもそんなこと言ってたっけな」

ハハハと笑う倉橋さんのお父さんに倉橋さんも俺も苦笑してしまう。

「お父さん。あまり話しかけてばっかりじゃ、幸村くんが食事出来ないわよ」

「ん、ああ。これはすまなかったね、幸村くん」

「いえ、大丈夫です」

「ごめんね、幸村くん」

困ったように見てくる倉橋さんに大丈夫だと首を振った。
そうすると、彼女はホッとしたようににっこり笑ってくれて、安心をした。
隣では蓮二が先ほどから箸をすすめていたので、俺も食事をしながら倉橋さんたちの話を聞いた。
その中でも、一番俺に会いたがっていたのは倉橋さんのお母さんだったらしい……そういえば前に手塚が言っていたような気がするな。

「幸村くん、おかわりは?」

「あ、大丈夫です」

「そう。でも男の子がいると料理も作り甲斐があっていいわね〜」

うふふ、と笑う倉橋さんのお母さんに、俺もついつられて笑ってしまった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


隣に座った精市は先ほどから、倉橋の家族に話しかけられっぱなしだ。
時々、倉橋が止めるが彼女の母である彩音さんはウキウキしている。よほど精市に会いたかったようだ。
しかし、先ほどは怖かったな……。柳は食事の前の事──自分がなぜ、倉橋家にいる事を説明した時のことを思い出した。
手伝ってくるから待っててね。と台所へ行ってしまった倉橋に俺は待ってくれ!と言いたかったのは言うまでもない。
精市は倉橋がいなくなった途端、説明しろよ、とすごい威圧感で訴えてきたのだ。
そして、説明した。簡単に納得出来るように。

倉橋が合同合宿から一足先に帰った辺りまで話は遡る。
その日、合宿から帰宅した俺を待っていたのは、祖父母たちと茶会をしたのか、家の茶室には倉橋の祖母と倉橋本人がいた。
驚いたことに、祖父母と倉橋の祖母は茶飲み友達だったらしく、その日は落ち込み気味の倉橋の心落ち着かせようと茶会をしたらしい。
そこにたまたま俺が帰宅しただけだ。
倉橋は俺の家だと知らなかったらしく、驚いていたが、俺とてまさか祖父母と知り合いの西條さんが倉橋の祖母だとは知らなかった。姓が違うせいもあったかもしれないが。
そこで為された会話は、偶然というべきなんだろうか……。
倉橋の危なかった合宿の話と、回ってきた回覧板に不審者がうろついているという話も相まって……祖父が俺に倉橋のボディーガードをしろと命令が下した。
要は不審者が捕まるまで、登下校を共にする事に。

「……という訳だ」

「…………へぇ」

「…………」

「…………」

沈黙がやや怖いのだが。

「それで、ずっと登下校を一緒にしていたのか…」

「あ、あぁ……」

「その不審者はまだ捕まらないのかい?」

「そのようだ」

「じゃあ、それまでずっと一緒に帰ったりするわけだ」

「いやっ、別に毎日という訳では……。最近は……ふむ」

「どうかしたのかい、蓮二」

「精市、俺の代わりに倉橋を送ってもらえないか? 実は生徒会の仕事が沢山でな、帰宅時間が遅くなるんだ。今の時期、日暮れも少し早くなりつつあるので、倉橋を待たせるのも申し訳なくては」

これは本当だ。
生徒会の役員の引き継ぎやら、体育祭の準備、その他諸々と仕事がある。
それにわざわざ倉橋を待たせるのも問題であった。

「…………まぁ、そうだね。暗くなってから帰るよりは、早めの方がいいからね」

うん。と納得したように1人で頷く精市を見て、少しホッとしたのは言うまでもない。

「で、今日、倉橋さんの家にいる理由、は?」

ニコニコと学校の女生徒たちが見たら、喜声を上げるのではないかという笑みを見せたが……眼が笑っていないぞ、精市。

「……あ、あぁ。実はな──」

俺は倉橋の家にお世話になる理由を簡単に説明した。
本当に簡単な話だ。
たまたま祖父母が町内会の旅行、父母が事務所の慰安旅行が重なり、これ幸いだと姉は恋人宅へと泊まりに行ったのだ(サークルの合宿だとかぬかして)
この年で1人で大丈夫だと言ったのだが、良かったらと西條さん(倉橋の祖母)が自宅に招いたのだ。

「……そういうわけだ」

「……ふ―ん」

「……」

「……」

また、沈黙が怖いのだが…。

「まぁ、蓮二ならいいか。でも泊まるのは今日だけね。明日は真田の家にでも泊まらせてもらいなよ」

「そうしよう」

勝手に決められた弦一郎には、精市からの勅命だとか言って諦めてもらおう。
そんなことを思いながら、倉橋家の晩ご飯を頂いたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「今日はご馳走様」

「ううん、こちらこそ色々とお世話になっちゃって……ごめんね。買い物に付き合ってもらったのに、うちにまで上がらせちゃって」

本当にお母さんたちには参ってしまう。あまりにも強引なんだから。
そんな風に思っていると、目の前の幸村くんはにっこり笑ってくれた。

「そんなことないよ。色々楽しませてもらったし、ご飯も美味しかったよ。こちらこそありがとう」

「そういってもらえると嬉しいな。あ、そういえば、さっき柳くんに聞いたんだけど」

「あぁ、明日から俺が倉橋さんを送っていくから安心して」

「ち、違くて、幸村くんの家だと遠回りになるし、大丈夫だから」

そんなことさせるのは申し訳なくて手を振ると、その手を掴まれた。

「ゆき、むら…くん?」

「さっきも言っただろう。心配しながら帰すより、送って行って安心して帰る方がよっぽどいいって。だから遠慮しないで」

真っ直ぐ見てくる真剣な眼差しにドキドキと胸の鼓動が速くなるのが分かった。
頬が熱くなる……。

「…あ、ありが、とう……」

恥ずかしくて、眼を逸らしてしまうと指に柔らかい感触があたる。
顔を上げると幸村くんが手を持ち上げて口唇にあてていた。

「っ……、えっ、はっ!?」

「フフ、じゃあ、おやすみ」

手を離すと幸村くんは軽く手を振って、歩いていってしまった。
私といえば、あまりの出来事にへなへなとしゃがみこんでしまうしかない。
真っ赤になる頬を押さえながら、ふと右手をみて、さっきの感触を思い出して、バクバクと心臓がさっきよりも速くなる。

「……な、なん……え? えぇ!?」

混乱するなか、暫くしてから柳くんが玄関前へと現れ、しゃがみこんでいる私に色々聞いてきた。
冷静に訊いてくる柳くんとは裏腹に、私はアワアワと訳の分からない混乱した状態だったのは言うまでもない。
はっきりいって何を訊かれ、何と答えたのかさえ、落ち着いた頃にはあやふやになっていた。

柳くんに聞こうとすれば、フッとただ涼やかに笑うだけで答えてもらえなかった。
一体、なんて答えてたんだろう。
でも、また右手をみてから、なんとなく私はそこへ口唇を寄せたのだった……。

「……明日から、幸村くんと帰るんだ…」

呟いたのち、眼を閉じた。
心地よい鼓動とともに、私は眠りについたのだった。



To be Continued


あとがき

まぁ、こんな感じでした。
なんてどうでもいい関係なんだろう(笑)


2010/08/20


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