51
夜、彩香はぼーっとしていた。
しかし手中にあるボールの中身は無意識にカシャカシャと混ぜていた。
母はそんな彩香に近づき、何度か声をかけた。
「彩香?」
「……」
カショカショカショ…
「彩香〜?」
「……」
カショカショカショ…
「彩香ちゃーん?」
「……」
カショカショカショ…
何度呼んでもこの通りである。
夕飯の時に、蓮二くんがいない事を母に聞けば「幸村くんのお家に泊まると連絡が来たよ」と答えが返ってきた。
その時の彩香はなんだか真っ赤になりながら、急いでご飯を食べていたが……。
その後、国光の誕生日ケーキの練習をすると言って、キッチンへ籠もったけど、さっきから返事をする気配がない。
「ふむ……幸村くんの事でも考えているのかな〜?」
「…っ! な、何言って…」
──ガションっ……
「あらら、大変!」
「え、あっ!」
持っていたボールは物音を立てながら、テーブルへと落ちた。良かった、中身は少ししか零れてないみたい。
しかし──母はニコリと笑みを浮かべた。
「そっか、やっぱり幸村くんの事が……。うふふ、お母さんは賛成よ」
「お、お母さん! 何言って……私は別に何も……!」
真っ赤になって否定する姿は親の欲目からも見て可愛い娘に、母はますますニッコリ笑う。
「隠さなくてもいいわよ。それにお母さん、娘と恋バナするのが夢だったんだから」
「何言ってるのよ! 恥ずかしいから止めて!」
「あら、何が恥ずかしいの? 人を好きになるのはとても素敵な事よ。それにあなたの場合、色々心配だったんだから…」
「……心配?」
「そうよ。いつも国光にくっついていたから、好きな人出来るのか心配だったし……あなた男性が少し苦手でしょう?」
「……っ!」
「だからね。国光は卒業したらドイツに行ってしまうし……いつまでも国光に引っ付いている訳にはいかないもの。だから、彩香に好きな人が出来るのはいいことだわ」
微笑を浮かべ、話す母に彩香はわたわたと慌てていた手を止めた。
「……お母さん」
「国光ももちろん生まれた時から知っているし、いい子だし、私のもう1人の子供のように思ってる。でもね、あなたたちにはもっと色々経験して欲しいのよ。それは勉強でもスポーツでも、無論恋愛や生活においても。だから、私たちはあなた達に押しつけたりはしなかったわ。
手塚のお祖父様は彩香と国光をくっつけたがっていたけど……もちろん、二人がそれでいいなら私たちは構わないし、祝福する。でもね、私と姉さんの直感では違うと思っているわ。彩香は国光が好き?」
「もちろん、好きだよ。……恋愛じゃないけど」
「では、幸村くんは?」
母の言葉に彩香は頬が熱くなるのが分かった。
幸村くんのことを考えると胸が少し苦しくなる、けれど心地が良い。
彩香は恥ずかしくて堪らなく、俯き小さな声で「……好き、かも」と伝えた。
「そう」
「でも…」
「あなたが何を悩んでいるかは分からないけれど、大事なのは好きという想いなのよ。その気持ちを大事になさい」
真っ直ぐな眼差しに彩香は顔を上げた。
「お母さん……」
「青春ねぇ〜」
さっきまでの微笑とは違い、うふふと笑いながらキッチンから出ていく姿を見送りながら、彩香は止まっていた手を動かし始めた。
カショカショカショ…と生地をかき回しながら、幸村について考えては、またため息をついていた。
(好きだけど……怖いんだ…)
幸村くんが優しくて、頼もしくて、モテるから。
(バレンタインのチョコを100個以上貰って、きちんとお返しもする人だって聞いたしな……)
100個以上だなんて、信じられない。国光だってそんなに貰ってなかった……と思う。多分。
ましてやきちんとお返しをするなんて、優しいだよね…きっと、誰にでも。
ハァ、と再びため息を吐いてから彩香は頭を振り、ケーキ作りを再開した。
それでも夜は色々考えてしまって、なかなか眠れなかったのだった。
「あなたが何を悩んでいるかは分からないけれど、大事なのは好きという想いなのよ。その気持ちを大事になさい」
──大事になさい、か。
でも、私は臆病なんだわ。
そう考えると不二くんって、凄かったな…。
前に告白してきた不二を思い出して、彩香はため息を吐く。
どんな気持ちで、怖くなかったのだろうか…?
それとも、男の人は怖くないのだろうか……?
ふにっと口唇に触れる。許せることではないけれど、そこまでさせたのは彩香だ。
男女の人を思う気持ちはどんな風に違うのかな…そう考えながらいつしか眠りについたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
学校へ昨夜作ったケーキを持って行くことにした。丸井くんが食べたいって言ってたし、うん。
準備をして、おばあちゃんに挨拶をしてから家を出た。お父さんとお母さんは先に仕事へ行ったようだ。
少し怠かったけど、時計を見ながら、歩いて行くと曲がり角で人とぶつかってしまった。
「きゃっ…」
「あ、すみません」
「こ、こちらこそ! よそ見しちゃって…」
ケーキは大丈夫だったけど、通学バッグを落としてしまった。
「こちらこそすみません。はい、鞄」
「す、すみません! 拾って下さってありがとうございました」
「大丈夫です。じゃあ、また」
「ありがとうございました……え?」
礼を言ってから何か違和感を感じた。
『また』ってなんだろう。聞きたかったけど、既に歩いていってしまった。
ただなんとなくだったのかも、と思いながら彩香はまた学校への道を歩いて行ったのだった。
学校へ着いて、上履きへと履き替えようと靴箱を覗くと白い封筒が置いてあった。
疑問を抱きながら、封を切ると彩香は眼を見張った。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
心臓が早くなる。
途端に荷物を持ち、教室へと逃げるように慌ててその場を離れた。
ストン、と机に鞄とケーキの入った紙袋を置き、白い封筒へと目をやる。
青学の時にも何度か経験したことを思い出し、トイレへと向かった。
手紙以外入っていないことを確認してから、もう一度紙を広げた。
『幸村くんに近づくな』
やはりという思いが込み上げてくる。と同時に指先の感覚がなくなる気がした。
──怖い…
震える指先に息を吹き掛けながら、彩香は少しだけ俯いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはよう」
教室へ入るとクラスメイトたちが返してくれるなか、俺の視線はいつもある一点を見た。
だが、そこにはいつも机で本を読んでいる倉橋さんの姿はなかった。
まだ来ていないのだろうか…と思いながらも、よく見ると机には鞄と紙袋がかかっている。
どうしたんだろうと考えながら、机に荷物を置いた。
ガヤガヤと騒がしくなる教室で、次は楓の姿を探す。楓も既に来ているようだが姿はない。
「幸村くーん、おはよう」
「おはよう、幸村くん」
「ああ、おはよう」
話し掛けてくる女子に返事を返すと、出入口から視線を感じてそちらを見た。
そこには昨日の女子がチラチラとこちらを眺めている。
そういえば、昨日は彼女のせいで倉橋さんが誤解をしていたんだっけ。
まぁ、迷惑だったけど、違う意味では役に立ったかもね等とそんなことを考えた。
彼女を“彼女”と勘違いした倉橋さんは違うと知った時、ホッとしてくれたみたいだし……意識はされている。
蓮二の話では、倉橋さんのお母さんの俺の評判はすこぶる良いと言っていた。
お父さんにも感謝されていたし、お祖母さんも良い人だったし、良かった。
「おはよう、幸村。昨日アンタ……なに、ニヤニヤしてんのよ。キモいわね」
「キモいのは真田だけで十分だろ」
「……あんまり弦一郎苛めるなよ。落ち込むと鬱陶しいんだから」
「何げに楓も酷いよね。それでも真田の幼なじみなの」
いつの間にか楓がいた。
弦一郎も可哀相だな、片思いの相手に全然相手にされない上に、手塚に片思い中だと言われて。
確かに楓は楓で顔は整っているし、綺麗な方だよな。
「まぁ、そんなことより、彩香知らない? 来てるみたいなんだけど姿見えなくて」
「え、楓もまだ会ってないの?」
「うん、どこ行ったんだろう──って彩香!」
楓が教室の出入口を見た時、倉橋さんの姿が見えた。
「楓ちゃん!、幸村くんもおはよう」
ニコッと笑ってくれる顔に、なんだかアレ?って違和感を感じた。
「おはよう、どこに行ってたの?」
「……え、あ、職員室。ほら、日直だから」
日誌をヒョイッと見せる倉橋さんに、ようやく今日の日直が倉橋さんだという事を知った。
「今日、日直だったんだ」
「うん。そうだ、楓ちゃん。昨日ケーキ焼いたんだけど食べる?」
「ケーキ! 食べる食べる! 彩香のケーキって美味しんだよね」
倉橋さんはこちらをチラりと見てから「幸村くんも良かったら食べる?」と聞いてきたから、頷いた。
でもなんだろう、この妙な違和感は。
昨日までなかった、見えない壁が見えるような気がした。
「く『キーンコーンカーンコーン』……」
なんだか、焦ってしまい声をかけようとしたがチャイムに遮られてしまった。
「……じゃあ、また後でね」
「あ〜、一時間目は数学か」
楓が愚痴りながら席へ戻る二人を、というか倉橋さんをただジッと見ていた。
(……なんだろう、この感じは…)
To be Continued
あとがき
焦心は私だって!
なんだかあまりにも分からない展開へ!
次は柳が出張る……かもしれない(笑)
2010/10/31